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CASE3-13 「それって、本当に大丈夫だったんですか……?」

 「スマラクトさん、あの――か、彼女さんって、どうしました?」


 二十分後、客対応を終えたイクサは、ひとりカウンターに戻ってきたスマラクトに厳しい目を向けながら尋ねた。

 スマラクトは、落ち着かない様子で手を前に組み、神妙な表情を浮かべながら答える。


「あ……カルちゃ……カルナさんには、先ほど帰ってもらいましたです、ハイ……」

「そう……」


 イクサは、溜息を吐くと、スマラクトの顔をじろりと睨んだ。


「……まさかとは思いますけど、中のものには手を付けられていないですよね?」

「あ……ハイ! それは大丈夫であります! あの後、すぐに追いついて、止めましたから……」

「……なら、いいんですけど……」


 スマラクトの言葉に、イクサはもう一度溜息を吐き、言葉を継いだ。


「――スマラクトさん、どうして、バックヤードが部外者立ち入り禁止なのかはお分かりですよね?」


 イクサの問いかけに、「あ、ハイ!」と即答したスマラクトだったが、その後は、「えー……と」と呟きながら、目を上下に泳がせる。

 その様子を白け顔で黙って見ていたイクサだったが、一際大きな溜息を吐くと、口を開いた。


「……バックヤードには、修理品や修理控えやカルテがあるでしょう? 全部、お客様からお預かりした大切なものなんです。万が一、それらが無くなったり……いえ、情報を盗み見られるだけでもメチャクチャ危険な事なんだって事は、当然理解できてますよね?」

「は、はいぃ……。で……でも……」

「……でも?」


 口ごもるスマラクトに、首を傾げるイクサ。――と、スマラクトは意を決した様子で捲し立てる。


「そ、それは当然分かっておりますが――! カルちゃんに限って、そんな心配は、ふ……不要であります! 彼女はとっても気立てのいい娘(こ)ですし、そ――それに、ゆくゆくは、“部外者”ではなく……じゅ、従業員かぞ……家族……になるかも――しれませんし……キャッ!」


 ――イラァッ!

 イクサのこめかみに青筋が浮かぶ。


「――『心配は不要』って、そう断言できるものでも無いでしょう! 第一、アンタ、あの女性と付き合って、まだ日が浅いでしょう? ――い、いや、期間だ何だって問題じゃなくって……!」

「イクサ先輩! また、怒ってます……!」


 思わず頭に血が上って、言葉を荒げるイクサの後ろから、シーリカが小声で囁いた。


「あ――……!」


 イクサは、彼女の一言で我に返る。同時に、彼の脳内で、つい先日のマイスとのやり取りが鮮やかに蘇った。

 イクサはコホンと咳払いをすると、その表情を和らげて、諭すようにスマラクトに言う。


「ええと……。だからですね、どんな近しい人であったとしても、ウチの従業員でもない人を、易々とバックヤードの中に入れてはいけないんですよ。この扉の奥には、万が一にでも紛失してしまうと、この店が間違いなく傾くモノがたくさんありますし……」

「……ハイ……そうですな……」

「それに、そんな事態になった時には、人柄だ何だとか関係無く、一番最初に疑われてしまうんですよ。――今回のカルナさんのように、勝手に立ち入った人が」

「……」

「だからこそ、興味本位で本人が見たいと言ったとしても、『決まりなんで』と、キッパリと断る事が大事なんですよ。その人の事が大切なら大切なほど、尚更。……ほら、諺でも良く言うでしょう? 『麦畑の中で靴紐を結ぶな』……って。疑われそうな事からはなるべく引き離してあげる事が、結果、その人の為になるんですよ」

「は……はい。主任の仰る通りですね、ハイ」


 そう言うと、スマラクトは素直に頭を下げた。


(――良かった、今回の言葉は、スマラクトさんの心に届いたみたいだ)


 イクサは、スマラクトの従順な態度を見てホッと息を吐くと、念の為に、もう一度スマラクトに確認する。


「一応、もう一回確認しますけど。カルナさんは、修理品とか、書類とかには一切手を触れてないんですよね?」

「あ――あ、ハイ! バックヤードを真っ直ぐに抜けて、奥の廊下を歩いているところを引き止めたんで……」

「――て、そんな奥まで行っちゃってたんですか?」


 シーリカは、スマラクトの言葉に目を丸くした。てっきり、バックヤードの中で彼女を確保しているものと思っていたのだ。

 イクサも、それを聞くと眉間に皺を寄せた。


「それって、本当に大丈夫だったんですか……?」

「そ、そうですよ! 廊下の途中には、ボス(マイス)の取締室もあるし、それに……突き当たりの収納庫には、例の……!」


 シーリカとイクサは、顔を見合わせると、同時に呟いた。


「「ガルムの爪――!」」

「あ――だ、大丈夫! 大丈夫ですぞ!」


 青ざめるふたりに、慌ててブンブンと首を横に振るスマラクト。


「廊下……と言いましても、出てすぐにワタクシが追いつきまして、それ以上は行かせませんでしたから! 全然大丈夫です、ハイ!」

「……それならいいんだけど……」


 と、スマラクトの言葉に頷くイクサだったが――自分でもよく分からない、モヤモヤした気持ちが心の中を澱のように溜まっていくのを感じていた。

 (何故だろう?)と、彼は首を傾げる。

 スマラクトの言う通り、修理品や備品には目もくれずに廊下に出たというのなら、彼女が何かをしたり、手に取ったりしたという可能性は低いだろう。

 単に、バックヤードと廊下を見られたというだけなら、そんなに心配する必要もない。――そう、自分でも思うのだが……。


「……イクサ先輩。心配だったら、あたしがバックヤードの修理品と備品のチェックをしましょうか?」


 シーリカが、心配げな顔をして、イクサの顔を覗き込みながら申し出る。


「いや……ああ、そうだね。まあ、大丈夫だと思うけど――念の為に、お願いしても良いかな?」


 イクサは、少し迷ったが、彼女の提案を受ける事にした。シーリカは、「分かりました!」と、元気よく答えると、小走りでバックヤードの中に入っていった。


「……あの、主任。スミマセンでした。ワタクシの彼女が、とんだご迷惑を――」

「――あ、大丈夫ですよ。……今後は気をつけて下さいね」


 しょげ返った様子のスマラクトが頭を下げてきたので、穏やかな微笑を浮かべて答えながらも――彼の心のモヤモヤは晴れなかった。


(何でだろう……?)


 彼は、手を首に当てると、コキコキと鳴らして、頭の中の不穏な影を追い払おうとした。


(……あの女性(ひと)が、スマラクトさんの彼(・)女(・)だっていう事に……やっかんでるのかなぁ、俺……?)


 とも考えたが、そうでもない気がする。

 ただ――カルナという女性(スマラクトの彼女)が一瞬だけ浮かべた、粘(・)つ(・)く(・)よ(・)う(・)な(・)微(・)笑(・)が、何故か彼の脳裏に、いつまでも強く残っていた。

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