CASE3-12 「だって、会いたかったんですもの――スマスマに♪」
カウンターの前に立つ女性は、イクサとシーリカの方に目を向けると柔らかな微笑を浮かべ、ゆっくりとした所作で被っていたブルネットを脱ぎ、静かに一礼した。
慌てて、イクサとシーリカも頭を下げる。
女性は、顔を上げると、穏やかで上品そうな微笑みを浮かべた。
――あの日、スマラクトと会う彼女を見た時は、尾行中という事もあって、かなりの距離を隔てていた。その上、夜の薄暗い街灯の下という事もあったので、詳しく彼女の貌を観察出来てはいなかったのだが、今改めて、昼間の明るい光の中で彼女の貌を見たイクサの印象は、
(……意外と化粧が濃いな、この人……)
という、些か失礼なものだった。
それに――あの日、遠目で彼女を見た時は、その格好も相俟ってかなり若い女性だと思い込んでいたのだが、よく見たら、アラサー位の年齢のようだった。
その事実を確認したイクサの心中は――何故か、些か晴れた。
そんな彼の、かなり失礼な胸中を知ってか知らずか――彼女はハスキーな声で言う。
「あの……初めまして。――私は、カルナ・ゲイマーニと申します。……ええと、実は――」
「いや、そのですね……」
カルナと名乗った女性の言葉を遮って、スマラクトが会話に割り込んできた。困り顔を装ってはいるが、その口元はだらしなく緩み、湧き上がる喜びを隠し切れていない。
「いい年をして、お恥ずかしい話かもしれませんが……。実は、ワタクシとカルちゃ……カルナさんは、その……お付き合いをさせて頂いておりまして……。あ、多分、主任は既にご存知の事かと思いますが」
「……あ、ああ、は、はい……。こ、この前、街角でぐ、偶然見かけて……」
目をパチクリとしきりに泳がせながら、イクサはしどろもどろになりながら答えた。――さすがに、「尾行して、逢い引きの現場を目撃しました」とは言えない。
彼の横で、シーリカも引き攣った愛想笑いを浮かべている。
――幸い、スマラクトは彼らの不審な様子には全く気付かず、目尻を限界まで下げた、絵に描いた様なデレデレ顔で、薄い頭を掻きながら口を開く。
「いや~、仕事に支障を来すといけないからと、職場までは来ないで欲しいと言っていたのですが、ワタクシにどうしても会いたくなってしまったようでして。――まったく……困った子猫ちゃんだっ♪」
――ゾゾゾゾ~ッ!
スマラクトの最後の一言を耳にしたシーリカとイクサの背筋に、凄まじい怖気が走った。
が、その言葉を投げかけられた当人は、たじろぐ様子も見せず、口に手を当てて静かに笑って答える。
「え~、だって、会いたかったんですもの――スマスマに♪」
――ゾゾゾゾゾゾッ!
先程に倍する怖気が、ふたりの全身を走る。
「す――スマスマ? す、スマスマ……ぁ?」
イクサは、譫言のように二回繰り返す。――決して、大事な事だからという訳ではない。
一方のシーリカは、顔を真っ赤にして俯き、
「……スマスマ……スマスマて……。スマ先輩が……スマスマ……」
――必死に笑いを堪えている。
しかし、“スマスマ”と呼びかけられた本人は、たじろぐ様子も恥ずかしがる様子も無く、
「も~。人前でその呼び方は止めてよ~って言ったじゃないか、カルちゃ~ん!」
その言葉とは裏腹に、下がりきった目尻と口の端を更にだらしなく弛緩させ、溶けたような気色の悪い笑みを浮かべた。
イクサは、クラクラする頭を押さえながらも、社会人としてのマナーに則り、カルナと名乗った女性に自己紹介する。
「あ……あの、初めまして。俺――私は、スマラクトさんと一緒にお仕事をさせて頂いている……イクサ・ストラウストと申します」
「あ……同じく、カウンター担当のシーリカです! よ、宜しくお願いします、カ……ゲイマーニさん」
「――ああ、あなたたちが……」
カルナは、ふたりの自己紹介を聞くと、ニタリと微笑みを浮かべた。
(……あれ?)
その微笑みを目にしたイクサは、ふと違和感を感じた。一瞬だったが、その薄笑みが、これまでの彼女の印象とズレたものに見えた――。
いや……違う、逆だ。
それまで浮かべていた穏やかな微笑よりも、一瞬だけ浮かべた薄笑みの方が自然なものに見えたのだ。
だが、彼の心の中に一瞬だけ沸いた違和感は、カルナの放った次の一言で、雲散霧消した。
「――スマスマの部下の、イクサさんとシーリカちゃんですわね」
「「は――?」」
彼女の言葉に、イクサとシーリカは、思わず狐に抓まれた様な顔になった。呆気に取られ、口から漏れた声が、見事にハモる。
「ぶ、部下ぁ?」
「あの――あたしはともかく……イクサ先輩は――」
「か――カルちゃん! ちょ、ちょっと、場所を変えて話そうか、うん!」
スマラクトが、慌てた様子で彼女の背中を押す。が、彼女は頬を膨らませて頭を振った。
「えー? せっかく来たのにぃ。私、スマスマが働くカッコイイところをもっと見てみたいのにぃ!」
「うぇ……うぇへへへへ……そんな我が儘を言ってぇ~。困った娘だなぁ、カルちゃんはぁ~」
困り顔をしながら、デレデレと身体を揺らすスマラクト。――と、背後に立つイクサの刺すような視線を感じた彼は、顔を青ざめさせて、ピンと背筋を伸ばす。
「と――とにかく、ココはお店の中だからね! あんまり店に迷惑をかける訳にもいかないから……ね?」
「えー……つまらないのぉ~」
と、カルナは不満そうに口を尖らせるが、一転して顔を輝かせた。
そして、するりと身を翻し、不躾にバックヤードの扉を開ける。
「あ――!」
「――じゃ、裏の方を見せてちょうだい! それなら、お客さんに見えないからいいでしょ?」
そう言って、ズカズカとバックヤードの中へ入っていくカルナに、思わず呆気に取られてしまったイクサだったが、我に返ると、慌ててスマラクトに叫んだ。
「ちょっと、スマラクトさん! 彼女止めて!」
「へ――? な、なぜでありますか?」
イクサの叫び声に、キョトンとした顔を見せるスマラクトに、思わず舌打ちしながら怒鳴りつける。
「バックヤードは部外者立ち入り禁止っ! ――とにかくやめさせてッ!」
「――! アッ! 了解でありますっ!」
ようやく彼の言葉が含む、言外の意味を理解したスマラクトが、慌てて彼女の後を追いかけていく。
イクサも、後を追いかけようとしたが、ちょうどその時、入り口の扉の鈴が鳴り、ふたりの客が入ってきてしまった。
「あ、スミマセン。預けてた兜を取りに来たんすけど……」
「私は、この細剣の研ぎをお願いしたいのだが……」
「あ――い、いらっしゃいませ!」
「ど――どうぞ、こちらへ!」
イクサとシーリカは、バックヤードへと消えたスマラクトと彼の彼女の事が気になりつつも、来店した客達への対応に移らざるを得なかった。




