CASE3-7 「その『すみません』は、言う相手が違うわよね」
「ふうん……。それで、スマラクトさんが居なくなっちゃったのね……?」
「……はい。すみません……」
その日の夕方。締め作業を終えてから、昼間の顛末の詳しい報告を受けたマイスは、目の前で肩を落として項垂れるイクサをジロリと見た。
「その『すみません』は、言う相手が違うわよね」
「……はい、そうです……」
マイスの言葉に、イクサはますます身体を縮こまらせながら頷く。
「……本当に、どうかしてました。いくら頭に血が上ったからと言って、決して言って良い言葉ではありませんでした。今は、反省してます……」
「す……すみません! あたしがその場にいたら、イクサ先輩を止める事も出来たのに……」
「いやいや、シーリカちゃん、何であなたまで一緒に謝るのよ? シーリカちゃんが謝る事なんて、全然無いわよ」
マイスは困り顔で、イクサの横で頭を下げるシーリカの肩を叩く。
「それに、そんな事言い始めたら、私も同罪じゃない。――いや、イクサくんが抱いていた不満を爆発させちゃったのは、上司である私にこそ、責任があるのかもしれないわね」
「い……いえ! 決して、そんな事はありません! 結局は、俺が全部悪いんです……。俺は、責任者失格ですよ……」
そう言うと、また力無く項垂れるイクサ。シーリカは、眼鏡の奥の大きな瞳を更に大きく見開いて、言葉を上げる。
「せ……責任者失格だなんて、とんでもないです! イクサ先輩は、とってもいい責任者さんですよ! ま……まあ、今回の事は……アレですけど!」
「――そうね。今までの事はともかく、今回の件は、百パーセントあなたが悪いわよ、イクサくん」
「……はい」
「……正直ね」
マイスは溜息を吐くと、イクサの顔を真っ直ぐに見て、ゆっくりと話し始めた。
「そりゃ、人と人の関係だから、好悪の感情っていうのはどうしても出ちゃうわよ。もちろん、『全部嫌い』とか『全部好き』とかだけじゃ無くて、『この人のこういう所は好きだけど、ココは嫌だ』とか『全体的にいけ好かないけど、こういう所は尊敬できる』っていう、長所と短所が混ざった評価になる事もある……いえ、多分、そういう事の方が多いと思うけどね……」
そう言うと、マイスは苦笑を浮かべて、言葉を継ぐ。
「私は、そういう感情を持つ事自体を否定している訳じゃ無いわ。むしろ、人間なんだから、そういう感情を抱いて当たり前。それは、その人の自由よ。――でもね」
そう言うと、やにわにマイスの目は厳しさを増した。
「それを、仕事の場にまで持ち込んじゃいけないわ。何でだか解るかしら?」
「え……と」
「……仕事の中に『相手が嫌い』という感情を入れてしまうと、連携が出来なくなったり、逆に足を引っ張る要因になったりするから……ですか?」
「そうね」
イクサの答えに微笑みを浮かべて、小さく頷く。
「好悪の感情の“悪”の方の答えとしては、正解のひとつよ。でも、“好”の方にもデメリットがあるのよ。それはね……」
マイスは、そこで一息吐いてから、その答えを口にした。
「馴れ合いや依怙贔屓が発生して、仕事の精度が甘くなるのよ」
「ああ……」
「……なるほど」
マイスの答えに、得心した顔で頷くイクサとシーリカ。
そんなふたりの反応を見たマイスは、少し得意げな顔をしてみせてから話を続ける。
「――ちょっと話が逸れちゃったわね。……ええと、だからね、相手の性格や趣味嗜好の批判や意見に対して、仕事の話や内容を絡めちゃダメっていう話なのね。――その逆もね」
「……」
「それを口に出した瞬間、言われた側の心に、『あ、結局、コイツは自分の事が嫌いだから、こんな事を言って自分を詰ってきているのか』っていう、認識の膜が張っちゃうの。そうなったらもう、何を言っても相手に響かなくなるわ。例え、本当に相手の事を思った忠告やアドバイスであってもね」
マイスはそう言うと、イクサの顔を厳しい顔で見た。その視線の鋭さに耐えられず、思わず目を伏せてしまうイクサ。
「今日の昼間に、イクサくんがスマラクトさんにぶつけちゃったっていう話が、正にそれね。特に、あなたはスマラクトさんの直属の上司なんだから、尚更言ってはいけない立場なのよ。パワハラだ何だって言う以前にね……」
「……すみません」
「だから、その言葉を言う相手は、私じゃ無いわよ」
「はい……。解ってます」
マイスの言葉に、大きく頷いたイクサ。彼の返事を聞いたマイスは、僅かに微笑みを浮かべた。
「――じゃあ、イクサくん。明日、スマラクトさんが出勤してきたらどうすれば良いか……分かるわね」
「はい。まずは……キチンと謝ります。それから――」
「……でも、そもそも、明日……来るでしょうか……スマラクトさん?」
「あ……!」
シーリカの呟きに、顔を青ざめさせるイクサ。
だが、マイスは苦笑しながら、首を横に振った。
「いえ。それは無いと思うわよ。さすがのあの人も、そういう筋は通すでしょ。……何てったって、この“ダイサリィ・アームズ&アーマー”の従業員ですもの、彼も」




