CASE3-6 「……黙って聞いていてやれば、好き勝手な事をベラベラと……!」
マイス達が、スマラクトの後を尾けて、妙齢の美女と待ち合わせしている場を目撃した翌日の昼下がり――。
「あの~、恐れ入ります、主任。この申請書の確認をお願いします」
「…………」
「あ……あの~……き、聞こえておりますか、主に――」
「ああぁっ?」
「ひ、ひ――ッ!」
振り返ったイクサの鬼神の如き剣幕に、スマラクトは思わず悲鳴を上げる。
その悲鳴に、イクサは我に返った。
「――あ……す、すみません、スマラクトさん。つい、考え事をしていて……」
慌ててスマラクトに謝りながら、彼の手にあった書類を受け取る。
「えーと……あ、申請書の確認ですね。――すぐ確認します」
「あ……は、はい……お願いしますです」
イクサを前に、萎縮しながらペコペコと頭を下げるスマラクト。実は、その仕草にも若干イラッとしたのだが、イクサは懸命に表面に出す事を堪えながら、申請書に目を通す。客のいない店の中を、イクサが紙をめくる音だけが、イヤに大きく響き渡る。
「あ……あの~、主任?」
「……あ、はい……何ですか?」
オズオズとかけられたスマラクトの声に、申請書に目を落としたまま返事をするイクサ。
「ええと、その……何かあったんですか?」
「――へ? な……何でですか……?」
スマラクトに尋ねられ、思わず目を上げるイクサ。
問い返されたスマラクトは、オドオドした顔で目を泳がせながら言う。
「いや、その……。何だか、今日は朝から妙にご機嫌が宜しくないような感じだったので……」
「いや! 機嫌宜しく無くないからぁ!」
「ひ――ひぃ~!」
「……あ、ゴメンなさい……」
怯えて身を縮こまらせるスマラクトを見て、慌てて詫びるイクサ。気を落ち着かせようと、大きく深呼吸をしてから、引きつり笑いを浮かべながら、穏やかに言葉を継ぐ。
「い……いや、本当にいつも通りですよ、俺は。スマラクトさんの気のせいですよ、ハハハ……」
「そ……そうでありますかぁ……?」
懐疑的な目でイクサを見ながらも、スマラクトの顔には安堵の表情が浮かぶ。
と、彼は、にんまりと笑いを浮かべながら、口を開いた。
「いやいや、ワタクシの気のせいならば良いのですが、やはり、少々気を張り詰めすぎなのでは無いですかな、主任は」
「……気を張り詰めすぎ?」
「左様でありますよ。まあ、致し方ありませんな。タダでさえ、ストレスが溜まりやすい、修理窓口のカウンター責任者でいらっしゃいますからな! ワタクシのような下っ端などより、ずっとご苦労が絶えない事でありましょう!」
「……はい?」
イクサは、引き攣った微笑みを浮かべたまま、小首を傾げた。――そのこめかみには、うっすらと青筋が浮かんでいる。
「訳の分からない事を言ってくる客や、無理難題を押し付けてくる客! 何故かいつも上から視線の工房連中! 何より、厳しい上に性格のキツい上司! いやはや、気苦労の絶えない事でありましょう~!」
「……」
無言でニコニコと微笑うイクサ。――その口元は、ピクピクとひくついている。
だが、上機嫌で捲し立てるスマラクトは、それにも気付かず、更に話を続ける。
「ところで、これは、上から目線に聞こえるかもしれませんが……」
スマラクトは、そう言うと、満面の笑みを浮かべて言った。
「――これは、年長者からのアドバイスですが……。主任、そういう時には、隣にいてくれる女性を得る事が良いですゾ! どんなに心が荒んでいても、傍らで微笑んでくれる女性がいれば、たちまち多幸感に浸れます。――ああ、もちろん、誰でもという訳ではありませんぞ」
「……」
「一言で言えば、清楚可憐……それに尽きますな。そう……ボスのような、美人だけど気の強い女性や、シーリカちゃんのような、キャピキャピはしゃぐばかりのお子様ではなくてですな」
そう言いながら、彼は視線を天井に向けて、うっとりと何かを思い返すような顔をしながら、話を続けた。
「そう……控えめな微笑みが似合う、大人らしく落ち着いた、優しい女性が一番です。ワタクシの事を、常に一番に考えてくれて、励ましてくれる――」
「――栗色の髪の毛の女性、ってかっ!」
「――!」
遂に、イクサの堪忍袋の緒が切れた。彼は、突然大声を出されて怯え竦むスマラクトを前に、眦を吊り上げて怒鳴り散らす。
「黙って聞いていてやれば、好き勝手な事をベラベラと……! 何が『隣にいてくれる女性を得る事が良いですゾ』だ! 余計なお世話だっつーの! 第一、清楚可憐がいいとか、完全にアンタの趣味じゃねーか! シーリカちゃんにもマイスさんにも、良いところはいっぱいあるんだ! 勝手にアンタの趣味を押し付けるんじゃねえよ!」
「……あ、……す、すみません……」
青ざめた顔で、スマラクトが頭を下げるが、彼の怒りは収まらない。
「第一さあ、俺がストレスを貯め込んでいる一番の原因は……アンタだよっ!」
「……!」
「今の会話もそう! 人の神経を逆撫でしている事にも全然気付かないで、ベラベラと好き勝手に! もう、アンタのそういう無神経で気の回らないところが原因で、どれだけ面倒くさいクレームが発生したと――て、あ……」
そこまで言って、イクサはようやく我に返った。同時に、自分がどれだけ酷い言葉を目の前の部下に投げつけてしまったのかも自覚する。
――だが、もう遅かった。
「わ……ワタクシが……ストレス……」
「あ……あの……! すみません……。さ、さすがに……言い過ぎました。――でも……」
「……」
「あの……でもさ! この際だからハッキリと言うけど――!」
と、彼が言葉を発しようとした瞬間――、
カラン カラン……
と、入り口の鈴が鳴り、長柄の槍を抱えた男が店に入ってきた為に、二人の会話は中断した。
「お……おーい! オレの槍が長すぎて、引っかかっちまったぁ! 兄ちゃん、ちょいと手ぇ貸してくれい!」
「あ……はい! 畏まりました! ……ゴメン、スマラクトさんも手を貸して下さい!」
入り口の方へ振り返ったイクサは、客に返事をすると、背中越しにスマラクトに声をかけた。
――が、返事が無い。
「……スマラクトさん? い、今の話は、また後で話しましょう。今はお客様対応に……って――」
振り返ったイクサの、スマラクトにかけた言葉は中途で途切れた。
「あれ……スマラクト……さん?」
――先程までそこにいた筈のスマラクトの姿が、影も形も無くなっていた……。




