CASE3-5 「……スマラクトさん、何をしてるんだろう?」
通り過ぎた通行人が、怪訝な顔をしながら、或いは、にやつく口元を押さえながら、また或いは、興味津々と言った表情で振り返る。
「やっぱり……失敗ですよ、この格好……」
行き交う人々から様々な視線を浴びまくりながら、オールバックでちょび髭のチンピラ風の男が、困り顔でぼやく。
「確かに……ちょっと恥ずかしいですね……」
そう言って、フードの下の顔を赤くするのは、小柄で眼鏡をかけた童顔の魔女だ。
「そう? ふたりとも、よく似合ってるわよ?」
先頭を歩きながら、キョトンとした表情を浮かべて振り返ったのは、修道服に身を包んだ清楚な修道女。
魔女は、苦笑いを浮かべながら言う。
「……いえ、似合ってるのはいいんですけど……衣装のチョイスが……」
「というか、チンピラに魔女に修道女……どういう関係で一緒に歩いてるのかって、誰でも不審に思いますよ……」
通行人の奇異に満ちた視線から逃れるように、恥ずかしそうに身を屈めながら、魔女の言葉を引き継ぐチンピラ。
修道女は、彼の言葉に頬を膨らませる。
「そうかなぁ……。街を歩く人たちなんて、そんなに他人の事なんか見てないわよ、きっと」
「……いや、現在進行形で、メチャクチャ通行人の皆さんの視線が刺さりまくってますけど……」
「――あ、ふたりとも! スマ先輩が角を曲がりましたよ!」
チンピラと修道女の会話を、魔女が遮った。
その言葉にふたりはハッとして、早足で“標的”の後を追う。
角を曲がる前に急停止し、首を伸ばして、様子を窺った。
「……居ました!」
魔女が目敏く、ヒョコヒョコ歩く標的の背中を見付けて指を差す。
修道女が魔女の肩越しに覗き込み、頷いた。
「良かった。まだ気付かれてないみたいね……」
「……結構歩いてますけど、どこまで行くんですかね、スマラクトさん……?」
チンピラが、若干ウンザリした様子で首を傾げる。
と、魔女が眼鏡の奥の蒼い瞳を見開いて、小声で叫んだ。
「あ、マイスさん、イクサ先輩! スマ先輩が、あのお店に入りました!」
「あれって……花屋さんね。――ええと、エンマーヤ生花店……」
修道女――マイスが、看板に書かれた店名を読む。
すると、魔女がビックリした表情を浮かべた。
「え……? エンマーヤ生花店って! あのエンマーヤですかっ?」
「え? 知ってるの、シーリカちゃん?」
「も――もちろん知ってますよ! ていうか、寧ろ知らないんですか、イクサ先輩っ?」
チンピラ――イクサの問いに、信じられないという顔をする魔女――シーリカ。
彼女は、目をまん丸にして、イクサに詰め寄る。
「エンマーヤ生花店のフラワーギフトって、超有名ですよ! 今年の『ハルマイラランキング・女の子が貰って嬉しいプレゼント部門』の第四位なのに! 男の方が意中の女の子へのラブレターに添えて、エンマーヤ生花店の特製フラワーギフトセットを贈るの、流行ってるじゃないですかぁ!」
「え……、そ、そうなの?」
シーリカの剣幕に辟易しながら、イクサは首を傾げる。
「い、いやぁ……。俺って、そういう事に疎いから……良く分からないけど……」
「へえ~、私も初めて聞いたわ、そんな話」
頭に「?」を浮かべるイクサの横で、興味薄そうに言ったのは、マイスだった。
「……あの~。――男のイクサ先輩が知らないのはまだしも、マイスさんまで知らないのは、年頃の女性としていかがなモノかと思いますよ……」
「そう……かしら? 別に……ねえ」
「そうっすよねぇ」
釈然としない、という顔のマイスとイクサを見て、シーリカは思わず頭を抱える。
(ふたりとも、もういい年齢なのに、こんなに色恋に鈍くて大丈夫なのかなぁ……)
彼女は、やにわにふたりに対して、不安と――何故か、少しの安堵を感じた。
と、マイスは何かに気付いたように、ハッとした表情を浮かべて、ポンと手を叩く。
「あ~。そういえば、伯爵からやたらお花が贈られてきてたっけ。確か、その配送元がエンマーヤ生花店だったわ」
「え! マジですか?」
「わぁっ、素敵!」
マイスの言葉に、驚愕で目を見開くイクサと、顔を赤らめて、両手で頬を押さえるシーリカ。
「そ、それで! その花をどうされたんですか、マイスさんは!」
イクサは、泡を食った様子で、彼女に詰め寄る。
マイスは、そんな彼の剣幕に、キョトンとした表情で答えた。
「どうした……って、そのまま返品したわよ。私はそんなに花が好きな訳じゃ無いし、花粉が散ったら掃除が大変だし……て、どうしたの、ふたりとも……?」
マイスは、キョトンとした表情を浮かべ、首を傾げた。今度はイクサとシーリカが、共に両手で頭を抱えてしまったからだ。
「もう……。いくら何でも、それはさすがに容赦がなさ過ぎますよ、マイスさん……」
「マイスさんらしいと言えばらしいけど……伯爵、可哀そう……」
◆ ◆ ◆ ◆
スマラクトが、大きな花束を両手に抱えて出てきたのは、それから十五分ほど経ってからだった。奇妙な格好の三人は、彼に気付かれないよう適度な距離を保ちながら、彼を尾行し――小さな公園へと辿り着いた。
スマラクトは、公園内の粗末なベンチに腰を掛け、緊張した面持ちで何かを待つ。
「……スマラクトさん、何をしてるんだろう?」
芝生の植え込みの中から、ジッとスマラクトを観察しながら、イクサは呟いた。
「そりゃ、人を待ってるんでしょ」
彼の左隣で、マイスがあっさりと彼の疑問に答える。
「ま、まあ、そうだとは思いますけど……一体、誰を……?」
「イクサ先輩、あんなに大きな花束を抱えて待ってるんですもの。――そんなの、女の人に決まってるじゃないですか。……多分、彼女さんですよ、きっと!」
イクサの右隣で、前髪に葉っぱをくっつけたシーリカが目をキラキラと輝かせて言った。
その言葉を聞いたイクサは、激しく頭を振る。
「そ――そんな馬鹿な! す……スマラクトさんに、彼女ぉ? あ、あはははは! そ、そんなことある訳無いじゃないか! ……俺にも出来た事ないのに」
「あら、そうとも限らないんじゃない? よく言うじゃない。『蓼食う虫も好き好き』って」
「……ふたりとも、さり気に失礼すぎません?」
ふたりの発言を、ジト目で窘めるシーリカ。彼女は目をキラキラさせながら、ウットリとした顔で言葉を続ける。
「ほら、スマ先輩は人柄だけは良いですから、そっち方面で好かれるって可能性はあると思いますよ。――どこかの未亡人と運命的な出会いを果たして、徐々にお互いが惹かれあって――とか!」
「うーん……ダメ。まっっっったく想像できない」
「……右に同じ」
すっかり自分の妄想に酔っている体のシーリカを冷ややかな目で見ながら、マイスとイクサは引き攣った笑みを浮かべる。
――と、
「――あ! ふたりとも静かに! 誰か来ます!」
シーリカの緊張に満ちた声に、二人も慌てて身を乗り出す。
確かに、公園の歩道の石畳を打つリズミカルな音が、だんだんとこちらへ近付いてくる。
「……ヒールの音よね」
マイスの呟きに、シーリカは小さく頷く。一方のイクサは、
「……いやいや、まだそうと決まった訳では……」
頑として、マイスの言葉を認めない。
と、ベンチに座っていたスマラクトの顔が、緊張で強張り、ぎこちない動きでベンチから腰を上げた。そして、ゆっくりと歩き出そうとするが、緊張のあまりに足を縺れさせて、盛大に転倒した。
「あ――!」
「……鼻からいったけど……大丈夫か……?」
イクサとシーリカは、彼の事を助け起こそうと、潜んでいた植え込みの中から飛び出そうとしたが、マイスに止められる。
思わず、咎めるような目で振り返るイクサだったが、マイスは真っ直ぐに指を伸ばしてヒソヒソ声で言った。
「――大丈夫よ、もう来たわ」
「え――?」
マイスの言葉に、イクサは我に返って、転倒したスマラクトの方へ視線を戻し、その目を零れ落ちんが程に見開いた。
倒れたスマラクトを助け起こし、取り出したレースのハンカチを彼の鼻に当てていたのは、優しい表情で微笑む、栗色の髪をした妙齢の女性だった……!




