CASE3-4 「忍んでないし、潜んでないよなぁ……」
その翌日――、
「ではでは、それでは失礼致しますゾ! ちゃお♪」
「ちゃ、ちゃお……? あ、お疲れ様です、スマ先輩!」
「スマラクトさん、お疲れ様~」
今日も、閉店後からのスマラクトの行動は早い。迅速に締め作業と後片付けを行い、いそいそと更衣室に籠もって、十分ほどで例のチャラついた格好に着替えると、ニヒルな笑みを浮かべながら颯爽と出ていく。
イクサとシーリカは、微かに顔を引き攣らせて、彼を見送りながら密かに目配せをする。
取り付けられた鈴が涼やかな音を立てて、扉が閉まった瞬間、彼らは速やかに行動を起こす。
ふたりは、カウンターの裏に隠していた包みを取り出すと、結び目を解いた。
包みの中には、変装用の小道具が入っていて、彼らはテキパキとそれらを身につけ始める。
「……イクサ先輩。その格好……とっても、チンピラです……」
イクサの格好を見たシーリカが、思わず吹き出した。それを聞いたイクサは、渋い表情で鼻の下にちょび髭をペタリと貼り付ける。
「……しょうがないじゃん。この変装道具を揃えたのは、マイスさんなんだから……」
イクサの格好は、第二ボタンまで開けた柄物のシャツ。その露わになった胸元にはじゃらじゃらしたネックレスをぶら下げている。
履いているのはヨレヨレになった白いスラックス。それとは対照的に、靴墨を塗りたくって黒光りさせた革靴。そして、その顔にはレンズの小さなサングラスにちょび髭(付け髭)……。
仕上げに、髪に油をたっぷり付けてオールバックに固めれば、街の裏通りでいかがわしいブツの取引に勤しむヤクザの下っ端の出来上がりだ。
「そういうシーリカちゃんだって……」
「え~? ダメですかぁ? あたしは結構好きなんだけどなぁ、この格好!」
シーリカはそう言ってニッコリと笑うと、くるりと一回転して見せた。
彼女の纏う、漆黒のローブの裾がふわりと広がる。
そして、フードを頭にすっぽりと被ると、手にした杖をトンと突いて、メガネをクイッと上げて見せた。
「良くないですか、魔女スタイル!」
「……う、う~ん」
イクサは、内心でドギマギしながら、目のやり場に困って天井を見上げた。
良いか良くないか、似合っているか似合ってないかと言われれば――、議論の余地無く良いし、似合っている。
……が、これでは変装では無く、もはやコスプレ。
正直、シーリカの魔女姿は、可愛い。小柄な身体を覆う、ダブダブの黒いローブに、フードの中からチラリと覗くのは、大きめのメガネをかけた童顔――。コスプレとしては、外見も中身もかなりの高レベルだ。
――が、極力目立たない事を目的とする“変装”としては、全く適していない。彼女の格好は、目立ちすぎるのだ。
更に、その隣を歩くのは、いかにも小物なオーラを纏うチンピラだ。
これでは……、
「忍んでないし、潜んでないよなぁ……」
イクサはそうぼやくと、大きく溜息を吐いた。町中で尾行をしようという目的なのに、全くそぐわない姿に変装させられる――。彼は、その因果を嘆き、ふたりの変装をチョイスした発案者の顔を思い浮かべる。
(……絶対、あの人、単純に面白がってるだけだよなぁ……)
「……イクサ先輩! 早くしないと、スマ先輩が行っちゃいますよ!」
「……あ、ああ。そうだね、急がないと……」
シーリカの声に、我に返ったイクサは大きく頷いた。尾行する前から見失っては、こんな変装までした意味が無くなる。
ふたりは、急いで変装の仕上げをすると、入り口の扉に手をかけ、音を立てないように慎重にノブを回す。
ほんの少しだけ空けた隙間から、外の様子を覗き込む。
「……居た」
イクサは、シーリカに囁き、指さす。シーリカも恐る恐る首を伸ばして、彼の指さした先を見て、そして小さく頷いた。
「……ギャンガラルさん、上手く足止めしてくれてるみたいですね」
「――うん」
イクサは、シーリカの言葉に首を振る。
彼らの視線の先には、ふたりの男が立ち話をしていた。
ひとりは、もちろんスマラクト。もうひとりは、工房の若手刀工のギャンガラルだ。
「いやぁ! スマラクトさんにも見せてあげたかったなぁ! この前研ぎ直した“ガルムの爪”! 知ってますよね、ショットマイール侯爵家の家宝のひとつですよ!」
「……あ、ああ。もちろんですとも。知ってますゾ。……あのぉ、ワタクシは少々急いでおります故、この辺で――」
「いやぁ、素晴らしかったですよ、あの刃の輝き! まるで、斬り捨てた数多の魔獣たちの血を吸い込んだかのような、仄かに赤い刀身……! あと……えーと……鞘! 鞘の造形も……いいっす、はい!」
「あの、ギャンガラル殿……。ワタクシ、そろそろ――」
「あと! そうですね……柄に嵌め込まれた宝石も……あの、めっちゃ――キレイで、すば……すばらしい……うん!」
早く話を切り上げようと、あからさまにイライラしている様子のスマラクトを前に、何とか話を繋げようと必死のギャンガラル。
それもそのはず。彼は、イクサ達から、「自分たちが変装を整える間、スマラクトさんを足止めして下さい」と頼まれていたのだ。
その頼みを、アンタルドン小麦専門店の“絶品イチゴジャムブレッド”1週間分で快く引き受けたギャンガラルは、店を出てきたスマラクトを呼び止め、彼の趣味である、聖遺物の話題を持ち出して場を繋いでいたのだ。
が、実は、聖遺物に対して、そう豊富な知識を有している訳では無い彼は、早々に会話に詰まり、四苦八苦している。
彼は、絶え間なく口を動かしながらチラチラと店の方に視線を送り、ドアの隙間から覗いているふたりの顔を見付けると、あからさまに安堵の表情を浮かべた。
自分に向かって小さく頷きながら親指を立てたイクサに、ギャンガラルは頷き返し、
「あ! そ、そういえば、まだ仕事の途中っした! すんません、スマラクトさん! 失礼しまっす!」
そう言い捨てると、小走りで一目散に去っていく。
「……相当辛かったみたいですね、ギャンガラルさん……」
シーリカの囁きに、頬を引き攣らせながら首肯するイクサ。
――一方のスマラクトは、ギャンガラルの背中を見ながら首を傾げ、それから慌てた様子で道を横切っていく。
「あ、動き出した……」
「あたしたちも行きましょう!」
シーリカは、どことなくウキウキとした様子で、イクサの袖を引っ張る。
「……あ、ああ。急ごう」
イクサも頷くと、店の扉の鍵を掛けて、慌ててスマラクトの後ろ姿を追――おうとした時、不意に背中を叩かれた。
「へ……?」
驚いて振り返ると、彼の目の前に、薄いヴェールで顔を覆った一人の修道女が立っていた。
「……恐れ入りますが、僅かでも構いませんので、神への帰依の証をお願い致します」
澄んだ声でそう言うと、修道女は彼の目の前に小さな鉢を差し出す。
「あ……す、すみません、修道女様。俺たちは、その……急いでまして……」
イクサは、人混みの中に紛れつつあるスマラクトの背中を目で追いながら彼女の乞いを断り、彼の姿を追おうとする。
「……お待ち下さいませ」
が、修道女は、脇を擦り抜けようとするイクサの腕を掴んで引き止めた。
イクサは苛立たしげに振り返ると、怒った調子で言う。
「あ……ちょ、ちょっと、放して下さい! お布施は、また今度しますから……! 急いでるので――」
「……そんなチンピラの格好で、マジメにお布施しますなんて言っちゃったら滑稽よ、イクサくん♪」
「ふえ――?」
と、いきなり、見ず知らずのはずの修道女に自分の名を呼ばれ、イクサはビックリして振り返った。
修道女は、形の良い口元を綻ばせながら、ゆっくりとヴェールを上げる。
「ま――マ――……!」
イクサは目をまん丸にして言葉を失った。
そんな彼のリアクションを見た修道女は、その深紫色の瞳を、まるでいたずらっ子の様に輝かせたのだった。




