閑話1-7 「嘘をついたままじゃいけないわね」
マイスたち三人は、オクトル焼きに舌鼓を打った後、アクセサリーショップなどでウインドウショッピングを楽しんだ後、小洒落た喫茶店に入って午後のお茶の時間を楽しんでいた。
「……ま、まあまあですわね……セバスチャンの淹れるアップルティーには負けますけど……」
そう言いながら、少しだけ悔しそうな顔をして、テーカップを傾けるカミーヌに、してやったりという笑顔を見せるシーリカ。
「でしょう~? 場所が場所だから、一般的にはあまり知られてませんけど、紅茶好きには有名なんですよ、このお店! 軽食メニューも美味しいんですよ!」
「……て、メガネ! さっきあんなにオクトル焼きを食べたのに、まだ食べるんですの?」
呆れ顔で口の端を引き攣らせるカミーヌに、シーリカはエヘンと胸を張る。
「もちろんです! 甘いものは別腹って言うじゃないですか!」
「言いませんわよ、そんな事! ……言いませんわよね?」
「あら、言うわよ。寧ろ、世界の真理よ、その理は」
マイスは涼しい顔で、真っ赤ないちごとクリームがたっぷり載ったタルトをナイフで取り分けながら頷いた。
「……て、早っ! いつの間に注文を……!」
「あ、さすがマイスさん! このお店の隠れナンバーワンメニュー“ロイヤルストロベリークリームタルトスペシャル”を、既に注文済みだとは……!」
「もうねー、メニューの名前を見た瞬間、ビビッときたのよね! 『コレは当たりだっ!』ってね♪」
ニコニコしながら、各々の皿にタルトを一切れずつ載せていくマイス。
カミーヌは、自分の前に置かれたタルトを見て、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
「……確かに美味しそうですけど……太りそ――」
「「それは言わない方向で、カミーヌちゃん!」」
「……ああ、自覚はしているんですのね」
ふたりにピシャリと言葉を遮られ、ジト目で見返したカミーヌは再び皿へ目を落とすと、静かにナイフとフォークで一口大に切り取った。
そして、貴族らしく上品な所作でタルトを口に運び、目を閉じてもぐもぐと咀嚼する。
と、彼女はカッと目を見開き、次いでキラキラと輝かせた。
「……美味しい!」
思わずはしゃぎ声を上げてしまった事に赤面しつつ、いそいそと二切れ目を切り取り、口に運び――、ゆっくりと味わいながら目を閉じ、更に恍惚とした表情を浮かべる。
「本当に美味しい……! ほんのりと温かい生地の上に乗った、冷たいイチゴの酸味とクリームのまろやかな甘味が絶妙で……」
「困るわ……何切れでも食べられちゃいそう……!」
マイスもウットリとした顔で、その柔らかなほっぺたに指を触れる。
ひとりドヤ顔のシーリカは、カミーヌにニッコリと笑いかけて言った。
「……どうです、カミーヌちゃん? カミーヌちゃんのお家のスイーツと、どっちが上ですか?」
「……」
カミーヌは、ニヤニヤ笑うシーリカをジト目で睨むと、
「ちょ……ちょっとだけ……本当にちょおおおおおっとだけ……こっちの方が……美味しい……」
実に悔しそうな顔で、小さい声で言った。
それを聞いたシーリカは、満面の笑みを浮かべて、パチパチと手を叩いた。
「わー、それは良かったです! 嬉しい~♪」
「――て、何でアナタが喜ぶんですの、このメガネ! すごいのは、このお店のタルトであって、アナタじゃあありませんのよ! 勝ち誇らないで下さいな!」
無邪気にはしゃぐシーリカに、顔を朱に染めて頬を膨らませるカミーヌ。
マイスは、そんなふたりの様子を、傍らで微笑みながら眺め、仄かな湯気を立てる紅茶の香りを楽しむのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
気が付けば、すっかり日は傾き、通り沿いの店々の店員たちは、閉店の準備で忙しく立ち回っている。
「……すっかり遅くなっちゃったわね。そろそろ店に戻らないと……」
マイスたちは、手に提げた大きな買い物袋を揺らしながら、夜の帳が下りつつある大通りを、足早に歩いてゆく。
「イクサ先輩たち、大丈夫ですかねぇ……」
シーリカは、自分が抜けた後のカウンターの事を思って、不安そうな表情を浮かべる。
「大丈夫でしょ、イクサくんは。最近は、随分とカウンターの客あしらいも上手くなってきたし……」
「いえ……イクサ先輩自体には、全然心配なんかしてないですけど……」
マイスの言葉にフルフルと頭を振ったシーリカは、苦笑を浮かべて言った。
「……どっちかというと、スマ先輩がやらかして、イクサ先輩に迷惑をかけてないかな~っていう心配の方が……」
「あ……そっちか……」
そのシーリカの懸念には、否定の言葉が出ないマイスは、頬を引き攣らせるしか無い。
と、
「……ねえ、マイス……?」
ふたりの少し後ろを歩いていたカミーヌが立ち止まると、おずおずと口を開いた。マイスは、後ろを振り返り、彼女に応えた。
「どうしたの、カミーヌちゃん?」
「――あの……その……」
マイスの紫色の瞳に見つめられて、カミーヌは目を伏せてモジモジとしていたが、意を決した様子で顔を上げると、一気に捲し立てる。
「あの! 貴女は、本当に……お兄様の玉の輿を狙ってらっしゃるの? ……この前言っていた通り……?」
「あ……た、玉の輿――」
カミーヌの言葉に、昼間のやり取りを思い出したシーリカが、目を丸くして、固唾を呑んでマイスの顔を見つめる。
カミーヌは、夜色の瞳でマイスの紫水晶の瞳を真っ直ぐに見つめ、言葉を選びながら、自分の気持ちを口に乗せる。
「……今日一日、貴女と城下を回って、色んなものを見たり買ったり……オクトル焼きを食べたり……喫茶店で美味しい紅茶を飲みながら、もっと美味しいタルトをいっしょに食べたりして……その――」
そこまで言うと、彼女は口ごもる。彼女は目線を中空に泳がせ、逡巡する様子だったが、やがて意を決した様子でマイスの目を再び見据えると、頬を染めながら勢いよく捲し立てた。
「つ、つまり……楽しかったんですの! 貴女とメガネ……シーリカと一緒にいる事が!」
「カミーヌちゃん……」
彼女の言葉に、思わずシーリカは目を潤ませる。
「――でも」
「でも?」
「分からなくなりましたの」
カミーヌは、そう言うと目を伏せた。
「お兄様の玉の輿を狙っていると、あけすけもなく私に言い放った女狐な貴女と、今日の……いっしょに居て、心の底から楽しいと思わせてくれた貴女――どちらが本当の貴女なのか……」
「……カミーヌちゃん……」
「教えてちょうだい、マイス! 貴女の本心を――! 今日の貴女の振る舞いは……結局、お兄様へ取り入る為、妹である私を手なずけようという――お芝居でしかないの……?」
「…………」
「答えてっ! お願い……」
そう叫ぶと、彼女はマイスの袖に縋り付いた。目に一杯の涙を溜めて、ジッと彼女の顔を見つめる。
マイスはそんな彼女を前にして、しばらくの間、黙ったままだったが――、
「……そうね。カミーヌちゃんとは、もうお友達だから、嘘をついたままじゃいけないわね」
と言うと、フッと微笑んで、言葉を継いだ。
「――安心なさいな。私は、伯爵様の玉の輿なんて狙ってないわよ」
「……え?」
「へ? そ……そうなんですか?」
「いや……何で、シーリカちゃんまで、そのリアクション?……傷つくなぁ」
カミーヌと同じくらい驚いた顔のシーリカに、呆れ顔になるマイス。溜息交じりに、言葉を吐く。
「カミーヌちゃんはともかく、私の性格を良く知ってる筈のシーリカちゃんが、まともに信じるとは思わなかったんだけどなぁ」
「あ……その……スミマセン」
「て! な……何で、この私にそんな嘘をついたんですのッ?」
驚愕の色を隠せないカミーヌは、声を荒げてマイスに詰め寄る。
マイスは、困ったような微笑を浮かべると、彼女に向かって頭を下げた。
「……ごめんなさい、カミーヌちゃん……。騙すような事をしてしまって」
「謝る前に、キチンと理由を述べなさい! マイス……いえ、ダイサリィ!」
マイスに対して毅然とした態度に戻ったカミーヌは、強い口調で彼女に命じた。――先程までとはは打って変わった、“フリーヴォル伯爵の令妹”カミーヌ・ライム・フリーヴォルとしての、威厳と格式に満ちた口調と、それとは裏腹に、今にも泣き出しそうな哀しげな表情で。
マイスも表情を曇らせて、今度は大きく一礼した上で彼女の問いに答える。
「畏まりました、カミーヌ様。このマイス・L・ダイサリィ、御命に従い、謹んでお答えいたします」
「……」
「――私が、伯爵様の玉の輿を狙っていると、カミーヌ様に申し上げたのは――カミーヌ様に、彼の御方への防波堤となって頂きたかったからでございます」
「は……防波堤……? ど、どういう事ですの……?」
訳が分からないと、しきりに首を振るカミーヌを前に、マイスは静かに言葉を紡ぐ。
「簡潔に申し上げますと、私は伯爵様の事を、男性として意識した事はございません。――もちろん、人間としては、充分に尊敬し、敬愛するに足る御方だと思っておりますが……」
マイスはそう言うと苦笑いを浮かべた。
「……つまり、伯爵の、私への度重なる求愛の矛先を躱す為に、敬愛する兄君の玉の輿を狙う狡猾な女狐から、必死で遠ざけようとしてくれる妹……つまり、カミーヌ様――貴女の存在を利用させて頂いた次第でございます」
「え……何で……何でですの?」
カミーヌは、マイスから聞いた事が信じられないように頭を抱えた。
「じゃ、じゃあ……貴女は、お兄様から愛を囁かれているのに、それが嫌だったから、お兄様と自分を隔てる壁役として、私を利用した……そういう事なの?」
「……その通りですわ、カミーヌ様」
カミーヌは、マイスの言葉を聞くや、血相を変えて躙り寄った。
「……どういう事? あの、美しくて、強くて……何より優しい……そんなお兄様に愛されながら、それを拒絶するなんて……! 貴女、おかしいですわよ!」
「いやあ……そう言われても、ねえ……」
笑ってはぐらかそうとするマイスだったが、激昂したカミーヌは、追及の言葉を緩めない。
彼女は、大貴族の娘としての威厳に満ちた物言いで、マイスを指さし、責めるように叫んだ。
「何処が? アナタは、お兄様の何処が不満で、あの素晴らしい方を拒絶なさるの? ――答えなさい、マイス……マイス・L・ダイサリィッ!」




