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閑話1-6 「――俺と、マイスさんの……関係……」

 「か……関係? 俺と――マイスさんとの……ですか?」

「ああ……正直に言ってほしい」


 戸惑うイクサの瞳をジッと見据えながら、フリーヴォル伯爵は、真剣な顔で頷いた。

 伯爵の剣幕に辟易しながら、イクサは首を傾げつつ、目を上に泳がせる。


「――俺と、マイスさんの……関係……」


 ――改めて問われると、言葉に詰まる。


「……部下と、上司――ですよね、やっぱり……」


 数分、頭を捻って絞り出した結論は、それだった。

 その答えを聞いた伯爵は、拍子抜けしたという顔で、


「……部下と、上司……それだけ?」


 と、呟いた。

 『それだけ?』――という伯爵の呟きに、心のどこかがチクリと痛むのを自分でも不思議に思いながら、イクサは小さく頷いた。


「え……ええ……それだけ、です……」

「ほ――本当なのかい、イクサ君? 君と彼女は……その、恋仲とか、だ――男女の仲だという訳では……」

「こ……恋仲っ? い……いやいやいや! そんな訳無いですよ! ……お、俺みたいな、強くもないし頭も良くないタダの冴えない男なんかが、マイスさんと――」


 覿面に慌てて、伯爵の言葉を否定するイクサだったが、自分の言葉がグサリグサリと己の心に突き立つ痛みで、その声はだんだんと尻すぼみになっていく。

 カウンターの向こうで、彼の言葉にジッと耳を傾けていたフリーヴォル伯爵は、小さく頷いた。


「……そうか。そうだったんだね。……妙な事を訊いて済まなかったね、イクサ君」


 そう言うと、その端正な顔を緩めて、柔らかな笑みを浮かべる。――実に、爽やかな微笑みだった。こんな笑みを向けられたら、老若問わず、世の女性はイチコロだろう。

 ――或いは、あの女性(ひと)も……?

 イクサの心が、またチクリと痛む。


「……恐れ入りますが……閣下。俺からもひとつ、お伺いしても宜しいでしょうか?」


 ――意を決して、イクサは口を開いた。

 ここまで来たら、白黒ハッキリさせたい。


「――閣下こそ、マイスさんと、――ど、どういったご関係なのでしょう……カ?」


 妙な緊張で、喉がカラカラになりながらの問いかけだったので、語尾が裏返ってしまった。己の気の小ささに内心で絶望しながらも、彼ははしばみ色の目を見開いて、伯爵の漆黒の瞳をじっと見る。

 一方、問いかけられた伯爵は微笑みを絶やさないまま、困ったように小首を傾げようとしたが、イクサの瞳に宿る真剣な眼差しに気付くと、真顔になって薄く目を閉じ、考え込んだ。


「ボクと、マイハニーの……関係……」

「……はい。――閣下が、マイスさんを“マイハニー”とお呼びになっているという事は……その、閣下こそ、マイスさんとただならぬ仲なのではないか……と。――あ、いえ! 無礼を申しました! どうか、お忘れくだ――」

「……いや、いい。はじめに訊いたのはボクの方だ。君にも、質問する権利はある」


 慌てて頭を下げようとするイクサを、片手をあげて制した伯爵。彼は、困ったような顔をして言葉を継いだ。


「……そうだね。ボクとマイハ……彼女の関係……うーん、難しいな」

「……」


 伯爵は、苦笑を浮かべた。


「――もちろん、ボクの気持ちはハッキリしている。……ボクは、彼女を愛している」

「……!」


 キッパリと言い切った伯爵の顔を見ながら、心の痛みがにわかに増すのを感じ、イクサは表情を強張らせた。

 伯爵は、対面に座るイクサの表情の変化には気付かないように、蕩々と言葉を続ける。


「叶う事ならば、今すぐにでも彼女と結婚して、子どもをもうけ、白獅子城で仲睦まじく暮らして、孫たちに囲まれながら天に召された後には、彼女と同じ墓に入って、あの世でも来世でも来来世でも……ずっと彼女と添い遂げたい……そう思っているよ、()()()()

「……では――」


 イクサの呟きに、フリーヴォル伯爵は小さく頷き、辛そうな笑みを浮かべた。


「そう……。哀しい事に、彼女はボクなんかには見向きもしてくれない。――ボクは、ずっと彼女に片思いし続けているって訳さ……もう三年もね」

「……片思い……ですか……? か、閣下が――」


 伯爵の言葉を聞き、イクサは当惑しながら目を見開く。

 今まさに、伯爵自身の口から直に聞いた事だったが、イクサには信じられなかった。

 いや、イクサだけではないだろう。

 他のどんな人間も、財力有り権力有り人望有りのイケメン偉丈夫――天に溺愛され、何物も与えられたと言っても過言ではないフリーヴォル伯爵が、ただひとりの女性に恋い焦がれながらも、その想いが届かず悶々としている――そんな事を信じはすまい。

 ――だが、

 イクサは、彼の言葉に頷いた。


「他の女性だったら、絶対に信じられませんけど……」


 そう言うと、彼はぎこちなく微笑んだ。


()()マイスさんだったら、閣下を袖にし続けているという話も、信じられちゃいますね」

「……そうだろ? 自分で言うのもなんだが……ボクほどのいい男を平然とフリ続けるなんてね……まったく、厄介な女性(ひと)だよ、彼女は」


 伯爵も相好を崩し、ふたりはくっくっと忍び笑いをする。

 しばらく笑い合った後、イクサは、改めて伯爵に尋ねた。


「……では、マイスさんが伯爵の玉の輿を狙っている……という事も?」

「――玉の輿? マイハニーが……かい?」


 伯爵は、キョトンとした表情を浮かべて、――破顔した。


「く、はははははは! そんな訳、ある訳が無い! ――君も、マイハニーの部下だったら分かるだろう? 彼女が、玉の輿だなんだというような事を考えるような女性(ひと)だと思うのかい?」

「……確かに、まっったく、考えられないですね、確かに」


 伯爵の言葉に、イクサも表情を和らげた。

 そして、フリーヴォル伯爵は、戯けた表情で、肩を竦めてみせた。


「……もし、彼女がボクの玉の輿を狙っているのなら、願ってもない。ボクは喜んで、彼女の従順なる財布に成り下がってあげるよ」

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