閑話1-5 「君と、マイハニーの関係は……」
「……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「…………」
……息が詰まる。
スマラクトは、カウンターを挟んで対峙する、彼の上司とやんごとなき身分の来客を横目で見ながら、顎の下に滲んだ脂汗を拭った。
ふたりは、カウンターの椅子に腰掛けたまま、もう10分以上も、一言も発せずに向かい合っているだけだった。
異常な緊張感に満ちたこの場所で、スマラクトは何ともいえない場違い感を抱きながら、ぶるりと身を震わせた。
「……あ、わ、ワタクシはちょっと……その、お、お便所へ……!」
緊迫した空気と尿意に耐えられなくなったスマラクトが、股間を押さえた滑稽な格好でバックヤードの奥へと消えていき――部屋にはふたりしかいなくなった。
「……」
「……」
「……ごほん」
「!」
静まり返った重い空気の中、フリーヴォル伯爵が、わざとらしく咳払いをすると、イクサの身体がビクリと痙攣した。
穴が開いて火を噴き出しそうな程に、ずっと見つめ続けていたカウンターテーブルから目を離し、おずおずと対面の黒髪の貴公子の端正な顔を見るイクサ。彼のはしばみ色の目を、伯爵の夜のような黒い瞳が真っ直ぐに見つめ返す。
伯爵の目に射すくめられたイクサは、慌てて目を逸らそうとするが、伯爵から目を離す事が出来ない。――まるで、蛇に睨まれた蛙の気分だ……。
(……これが、持って生まれた威厳の差ってヤツなのか……)
そう、ぼんやりと考えるイクサに、ずいっと顔を近付けて、
「あー……君……確か、イクサくんと言ったね?」
伯爵は初めて口を開いた。
「え……? あ、は……はい!」
急に名前を呼ばれたイクサは、ビックリして目を丸くし、慌てて頷く。
すると伯爵は、その豊かな黒髪に覆われた頭を深々と下げた。
「え――? ちょ、ちょっと……? は、伯爵閣下? あの……」
「先日は、近衛騎士が君たちに大変な迷惑をかけた。ガイリア王国騎士団総団長として、心からお詫びを申し上げる。――申し訳なかった」
頭を下げたまま、静かに謝罪の言葉を述べる伯爵を前にして、覿面に狼狽えてオロオロするイクサ。
「い――いや、伯爵閣下、どうか頭をお上げ下さい! あれは、閣下のせいなどでは……」
「いや、ボクには、全ての騎士の行いに対する責任がある。国を――そして何より、国の民を守らねばならぬはずの近衛騎士が、よりによってその権力を笠に着て、民に対して暴虐を働くなど、決してあってはならぬ事! そんな、騎士の風上にも置けない不心得者を野放しにしてしまった、ボクの責任は途轍もなく重い……。糾弾されて然るべきなのだ、ボクは!」
そう、血を吐くような声で言うと、彼はより一層低く、額をカウンターに打ちつけんばかりに頭を下げた。
イクサは、ブンブンと頭を振りながら、こちらもペコペコと頭を上下させる。
「い――いえ! 滅相も無い! 俺は――俺たちは、閣下に対しては、何の不満もありません! も、もう、充分にお気持ちは戴きましたから……どうか、頭をお上げ下さい!」
「…………そ、そうか……本当に申し訳なかった」
イクサの懇願に応え、おずおずと頭を上げる伯爵は、はにかんだ笑いを見せた。
つられてイクサも笑顔を見せ、ふたりを包む空気は幾分か和らいだ。
と、イクサは首を傾げて、伯爵に尋ねる。
「……ええと。それで……閣下がこちらへお出でになったのは、その事を謝罪なさる為……?」
「あ、いや……そうではない――いや、それも目的のひとつではあったのだが……」
伯爵はそう言うと、まるで恥じらう少女のようにモジモジとしていたが、意を決したように眉を吊り上げ、イクサに詰め寄った。
「――い、イクサくん!」
「は……は、はい?」
「率直に訊きたい! その――き、君と、マイハニーの関係は……一体何なんだい!」
「は……はいぃ?」
切羽詰まった様子で捲し立てられた伯爵の言葉に、イクサは思わず目を丸くした。
◆ ◆ ◆ ◆
「――くちゅんっ!」
4皿目のオクトル焼きに手を伸ばしたマイスは、突然クシャミをした。
「わっ! だ、大丈夫ですか、マイスさん?」
「ちょっと! 汚いですわよ! 唾がかかったらどうしてくれますの!」
ビックリして彼女を労るシーリカと、慌ててオクトル焼きの載った皿を避難させながら彼女を睨みつけるカミーヌ。
「……あ、ゴメンなさい……」
マイスはポケットからハンケチを取り出して口元を拭きながら、苦笑いを浮かべてふたりに詫びた。
「……風邪でもひいちゃったんですか、マイスさん……?」
「ん……? いえ、大丈夫よ、シーリカちゃん。――ありがとね」
心配そうな表情で、マイスの肩に自分のショールをかけようとするシーリカに微笑みかけながらも、彼女は首を傾げた。
(……何だろう……? 突然、妙な悪寒が……)




