閑話1-4 「私を一体何歳だと思っているのっ?」
「……まったくもう! 何ですの、この服は! ――特に、このスカート!」
ラチカン通りの露店前で、粗末な木の椅子にちょこんと腰掛けながら、カミーヌは眉間に皺を寄せつつ、自分の穿いているスカートを摘まみ上げた。
「こ、こんなに短いスカート……脚がスースーして仕方ないのですけど!」
彼女は、先程までの仰々しいロングドレスを脱ぎ捨て、街の服屋で購入した庶民向けの服を着ていた。
申し訳程度のフリルが付いたワインレッドのブラウスに、ふわりと裾の広がった膝上丈のスカート。黒いタイツを穿いてはいるが、常日頃ロングスカートしか穿かないカミーヌには、風通しが良すぎるらしい。
パタパタとスカートの裾をいじる彼女の手を、真っ赤な顔のシーリカが慌てて押さえた。
「ちょ、ちょっと、カミーヌちゃん! はしたないですよ!」
「はしたない? 私には、この格好自体が十二分に恥ずかしいのですけど!」
シーリカの言葉に、猫目を吊り上げて激しく言い返すカミーヌ。
マイスは、コップの水を一口飲んでから、ニコリと微笑んで口を挟んだ。
「あら? でも、その服、とっても似合ってるわよ、カミーヌちゃん」
「こ……これ! ダイサリィ、私に向かって……」
「マイスって呼んでって、言ったよね、カミーヌちゃん?」
「う……」
マイスの笑顔に、思わず気圧されるカミーヌ。
「え……ええ! とっても可愛いですよ、カミーヌちゃん!」
場の空気を和ませようと、慌てて取りなそうとするシーリカの言葉に、
「か……可愛い……? そ……そうかな……?」
カミーヌは頬を染めて、まじまじと自分の格好を見下ろす。
シーリカはニッコリと笑顔を見せると、大きく頷いた。
「ええ、とっても! とってもローティーンらしい格好で――」
「……ローティーン……?」
シーリカの一言に、カミーヌの眉がピクリと跳ねた。
彼女は顔を上げると、ギロリとシーリカを睨みつける。
「……おい、メガネ」
「……え? め、メガネ……って、私の事――? あ、ああ~……はい?」
「はいじゃ無いですわ! あ……アナタ、私を一体何歳だと思っているのっ?」
血相を変えたカミーヌに詰め寄られ、メガネの奥の目をパチクリさせながら、シーリカはオズオズと答える。
「な……何歳って……えと、その――大体……十四歳くらいかなぁって思ってまし――」
「メガネェエエエッ!」
「ひ――ひいぃっ!」
激昂したカミーヌに襟を掴まれ、シーリカは怯えた声を出した。
「あ、ちょ、ちょっと! カミーヌ――」
「ダイサリィッ! 貴女はっ?」
「え?」
「貴女は、私の年齢をどのくらいだと思ってらしてっ?」
「え……? あ、ああ~、だからか……」
カミーヌの剣幕に、シーリカと同じように戸惑っていたマイスだったが、ふと思い当たると、ポンと手を叩いた。
「確かに、まだ、貴女くらいの歳だったら、実際より幼く見られたら嫌よね。――ごめんなさいね、シーリカちゃんも悪気があった訳じゃないの」
そう言うと、ペコリと頭を下げるマイス。自分の心を代弁されて、態度を幾分か和らげるカミーヌ。
マイスは苦笑を浮かべると、言葉を継いだ。
「確かに、十六歳のレディに対して、十四歳はちょっと失礼ね、シーリ――」
「はああああっ?」
「……あれ?」
再び、カミーヌの眦と怒髪が上がり、今度はマイスに向けて、メンチを切りながら詰め寄っていく。
彼女のあまりの剣幕に、頬をひくつかせながらジリジリと椅子ごと後ずさるマイス。
「あれ……もしかして、十六歳じゃなかった……のかしら……? あ! じゃ、じゃあ、じゅ、十二歳――」
「何で下がるんですのぉっ!」
マイスの言葉は、正に火に油を注いだ。エステンブリッシュ地方に生息するという烈火鷹もかくやというような、凄まじい憤怒の炎を背後に滾らせながら、カミーヌは大声で叫んだ。
「私は……十八歳ぃッ!」
「え! ……わ、私と同い歳――なんですか?」
カミーヌの言葉に愕然とするシーリカ。マイスも、驚きを隠せない様子で、シーリカとカミーヌのある一部分を見比べて呟く。
「……え、ウソ?」
「なぁにが、ウソよおおおっ! というか、貴女は今、私とメガネのどこを見比べたのっ!」
「え……えと、――それは、ねえ……」
意味深に引き攣り笑いを浮かべて、目を逸らすマイスに、
「だ、ダイサリィっ! 貴女、もう赦さないわっ! 何よっ! 大きければ良いってモノじゃないのですわっ! そ、それに……まだ、これから大きくなる可能性も――」
「――おまちどおさまでーす。オクトル焼きのタレが六人前、シツメイ酢が三人前になりまーす」
魔神の形相で猛り狂うカミーヌを遮って、テーブルの上に、山盛りのオクトル焼きの皿が並べられる。
「わ、わぁ~! 来たわ~♪」
「あ~、良い匂いですぅ! さあ、熱いうちに食べましょう~♪」
途端に目を輝かせて、我先にとオクトル焼きを取り分けはじめるふたりを前に、
「ちょ、ちょっと! 私の話はまだ終わって無いですわ! ……ちょ、だからっ――私の話を聞けぇ~ッ!」
地団駄を踏むカミーヌ。
――と、
「まふぁまふぁ、ふぁふぃーふふぁんほ、はふぁふふぁふぇふぁふぁいふぉ」
丸いオクトル焼きをひとつ、串に刺しながら、マイスが口をハフハフさせながら近付いてくる。
その異様な様子に、カミーヌは、先程までの怒りも消え失せた恐怖の表情で、椅子の背に身体を押し付けて、顔を仰け反らせる。
「ちょ、な……何ですの、その見た事もない……丸い食べ物は? いや、近付かないで、自分で食べれま――」
「ふぁあふぁあ、ふぇんほふぇふふぃ」
「んがぐぐっ!」
カミーヌの口が開いた瞬間、マイスは素早い動きで、彼女の口の中にオクトル焼きを押し込んだ。
「熱っ! ふぁふふぁふッ……!」
最初に感じたのは、火の塊を丸ごと口中に入れられたのかと思うほどの、凄まじい熱さ。――次いで押し寄せる、甘辛いタレと、しっとりとした生地の甘さ。そして、生地の中に内包された、弾力のある何かの、むちむちとした歯ごたえ……。
カミーヌは、しばらく無言で、口の中をモゴモゴさせていたが、ゴクリと飲み込むと、目を輝かせた。
「……お、美味しいっ! こんな料理、白獅子城の中でも食べた事がありませんわ! ……これが……オクトル焼き……っ!」
ウットリとした目で、恍惚の表情を浮かべるカミーヌの様子に、満足げに頷くマイス。
早くも五個目のオクトル焼きを串に刺しながら、彼女はカミーヌに言った。
「ふぉふぃひいふぇふぉ? ふぉふふぉふふぁふぃ」
「……い、いや、何を言ってるのか分かりませんわよ、ダイサ……いえ、マイス――」




