閑話1-3 「さっきの話は本当なんでしょうかのう?」
昼下がりの城下町は、たくさんの人たちでごった返し、むっとする人いきれで息が詰まりそうだった。
「……もう、何ですの、この人だかりは! 鬱陶しいっ!」
長いスカートの裾を踏まないように両手で持ち上げながら、眉間に皺を寄せたカミーヌは苛立たしげに叫ぶ。
「え~、そうですか? いつもこんな感じですけどねぇ」
先頭を歩くシーリカが、くるりと振り返ると首を傾げた。
「――確かに、白獅子城の城下町は、もっと雰囲気がゆったりしてるからね。あそこに慣れているカミーヌちゃんは、人に酔っちゃうかもね」
「――だ、ダイサリィ! 白獅子城が田舎の過疎地だとでも言いたいの! ……それに、私の事をちゃん付けするなんて――」
マイスの言葉に、血相を変えて声を荒げるカミーヌ。だが、マイスは涼しい顔をしている。
「あら? でも、ついさっき、『今日は無礼講』って言ったじゃない? カミーヌ“様”なんて、堅苦しい事はナシですよ」
「ぐ……!」
「あと、私の事も、ダイサリィって呼ぶのは止めてね。マイスでお願いね、カミーヌちゃん♪」
「むぐ……むぐぐぐぐ……!」
ニヤニヤしながらマイスに言われて、ぐうの音も出ずに黙り込むカミーヌを見ながら、
(……伯爵様の妹ちゃんを、存分にからかって楽しんでる……ぶれないなぁ、マイスさん……)
シーリカは、引き攣った笑いを浮かべていた。
「――で、まずは、どこに行こうかしら?」
「ちょ! 人を連れ回しておいて、どこに行くかも決めてないの? ダイサ……マイス!」
しれっと言うマイスに、血相を変えて詰め寄るカミーヌ。シーリカは、慌ててふたりの間に入って、憤慨する伯爵令嬢の事を宥める。
「まあまあ、そういうのが楽しいんですよ、カミーヌちゃん。――あ、そうだ!」
シーリカは、汗だくで厚ぼったいロングスカートを摘まみ上げているカミーヌの格好を見て、ポンと手を叩いた。
「じゃあ、まずは服屋さんに行きましょうよ! カミーヌちゃんも、その格好のままじゃ動きづらいでしょ?」
「あら、それは良い考えかも!」
マイスもニッコリ笑って、大きく頷いた。
「やっぱり、女の子だもの。ショッピングと言えば服よね~!」
「え? そ、そうなのですか? でも……て、ちょ、なに背中を押してるのよ! まだ、私は行くと決めては……ちょっと!」
「さあさあ、善は急げよ! オススメのお店があるの! 早速行きましょ~!」
そのまま、有無を言わさずカミーヌの背中に手を衝き、ズルズルと押し込みながら、強引に彼女を服屋へと連れて行くマイスであった――。
◆ ◆ ◆ ◆
「行っちゃいましたねえ……主任」
「……あ、ああ、そうだねえ……」
スマラクトの言葉に、気の抜けた返事を返すイクサ。先程から、上の空の様子で、修理預かり品のナイフを、鞘から抜いたり戻したりを幾度も繰り返している。
スマラクトは怪訝な顔をして、イクサの目の前で掌を振ってみせたり、彼の視界の片隅で変顔をしてみせたりしたのだが、イクサはそれに気付く素振りも見せない。
「……だ、大丈夫でありますか、主任?」
「……あ、ああ、そうだねぇ……」
「……」
イクサは、心あらずといった様子だ。
相変わらず虚ろな目でナイフを抜き差しし続けるイクサを気の毒そうに見て、スマラクトは静かに手を合わせる。
――受付客のひとりでも現れてくれれば、イクサの気も良い意味で紛れるのだが、こんな時に限って、カウンターには一人の来客も無い。
カウンターに、重い空気が澱のように積もって、息が詰まりそうだった。
「……」
「……」
「…………」
「…………Zz……」
「…………ねえ、スマラクトさん……」
「――へ? あ、ハイ!」
「……今寝てたでしょ?」
「……め、滅相も無い! さすがに、立ったまま寝るなどという芸当は……」
冷や汗をダラダラと垂らしながら、笑って誤魔化すスマラクトだったが、口の端から垂れた涎の跡が、明白に“自白”している。
「……そ、そういえば、さっきの話は本当なんでしょうかのう?」
「さ――さっきの、話……」
追及の矛先を躱そうと、スマラクトが口にした話題に、イクサの眉がビクリと動いた。スマラクトは、そんな彼の表情の変化に気付かず、話を続ける。
「そうです。かのご令嬢がチラッと口に出した、『ボスがフリーヴォル伯爵の玉の輿を狙っている』という、あの話ですな」
「た……た……玉の、輿……」
イクサは、茫然といった様子で、虚ろな目でその単語を反芻する。
「……玉の輿……結婚……」
「ワタクシは、充分にあり得ると思いますな! フリーヴォル伯爵は、稀代の美男にして智勇兼備の傑物の上、お家柄も申し分ありませんからな! ボスも、顔と身体は文句ありませんし……せ、性格は少々キツいですが……。いかんせん、市井の出ゆえに、正室としては迎えられないと思いますが、側室としてならワンチャン……」
「そ――側室ぅ?」
イクサは、突然目を剥いた。その弾みに手にした抜き身のナイフが零れ落ち、スマラクトの足元に突き立った。
「う、ひいいいぃっ!」
「そ……側室……そうか……相手は大貴族だから、その手があるのか……」
顔面蒼白で悲鳴を上げるスマラクトにも気付かず、茫然と天を仰ぐイクサ。
「――まさか、マイスさんは、本当にあの伯爵と……!」
と、彼が呟いた時、入り口の扉が開き、取り付けられた鈴がチリンチリンと涼やかな音を立てた。
「あ、いらっしゃいま――しぇえええええぃいいっ?」
慌てて客に挨拶しようとしたスマラクトの声が、途中で裏返った。
その素っ頓狂な声に、イクサは我に返る。
「え、ど……どうしたの、スマラクトさ……」
目を丸くしてスマラクトに声をかけ、次いで店内に入ってきた客の姿を見たイクサは、思わず絶句した。
扉の前の長身の人物は、キョロキョロと店内を見回してイクサの事を見つけると、ブーツの踵を鳴らしながらカウンターの前まで歩いてくる。
そして、
「――これ、君たち。マイハニー……いや、マイス・L・ダイサリィ殿はいらっしゃるかね?」
と、つい先程までイクサの心を千々に乱れさせていた黒髪の偉丈夫、アルヴール・エスト・フリーヴォル伯爵その人が、実に堂々とした威厳溢れる態度で、彼に尋ねてきたのだった。




