閑話1-2 「貴女は違いますわ」
「……案内? ハルマイラを? 貴女に? 私がですか?」
マイスは、カミーヌの言葉に目を丸くする。
カミーヌは、威厳を示すように胸を張ると、大きく頷いた。
「そうですわ! 私は、ハルマイラに来たのが今回で初めてなの。ですから、色々なところを見て回りたいのだけれど……。よく分からないから、貴女に名所などを案内して頂きたいの。――宜しくて?」
「……いやいや、『宜しくて』じゃなくって! って、あ……ゴホン……失礼しました」
思わず素で返してしまい、慌てて咳払いで誤魔化したマイスは、慎重に言葉を選びながら、ふんぞり返っている伯爵令妹に向けて答える。
「あの……折角のお誘いなのですが、本日、私は仕事が少々立て込んでまして……。カミーヌ様のご案内は、時間的に少々難しいのですが……」
「何よ! 貴女、お兄様のタマノコシを狙う女狐の分際で、妹の私のお願いは聞かないって言うの?」
マイスの言葉に激昂して、とんでもない事を口走るカミーヌ。その言葉の衝撃が、カウンターの内外に、津波の様に広がる。
後ろに控えていたシーリカが、
「え……た、玉の輿……?」
と呟いて息を呑み、隣のカウンターで持ち込まれたナイフの状態確認をしていたイクサが、思わずナイフを取り落とす。
一方、カウンターの端で修理控えのチェックをしていたスマラクトは、
「……ほほう、玉の輿ですとな……? ウチのボスも、なかなかどうして、やりますなあ」
と、不気味な薄笑いを浮かべた。
「ちょ、待って……、待って下さい、カミーヌ様!」
マイスは、覿面に狼狽えて、思わずカミーヌの口を塞ぐ。
「ふぉっほ! ファイファリィ! ふぁふぃふぉふうのほ! ふるふぃい――!」
「……カミーヌ様、お願いですから、その話は、この店内では出さないで下さいまし。――でないと」
マイスはそう言うと、感情の消えた顔つきで、カミーヌの瞳をじっと見据えながら言葉を継いだ。
「――本当に、伯爵様と結婚してやりますよ?」
「ふえ――っ?」
マイスの言葉に、口を塞がれたカミーヌはびっくりしたように目を見開き、すぐにうんうんと大きく頷く。
「――お願いしますね?」
彼女はニッコリと微笑むと、手を放した。
カミーヌは、額に冷や汗を浮かべながら、いそいそと襟を直す。
「……あ、あの、カミーヌちゃ……様? 一点お伺いしても宜しいでしょうか?」
と、恐る恐るといった様子で、シーリカがカミーヌに尋ねてきた。
カミーヌは、チラリと彼女を一瞥すると、殊更に鷹揚な態度で首を傾げる。
「何か? そこのメガネ」
「め……メガネって……」
シーリカは、メガネ呼ばわりに少し傷ついたような顔をしたが、気を取り直して言葉を続けた。
「あ……あの、どうして、案内役にマイスさんをお選びになったんですか?」
「そ……それは……」
シーリカの問いに、何故か言葉を詰まらせるカミーヌ。
マイスも、シーリカの言葉に頷いて首を捻る。
「……そう言われれば、確かにそうね。フリーヴォル伯爵の御令妹であれば、他家のご令嬢の方々が、喜んでご案内を申し出てきそうなものですけど……」
「……それが嫌なのよ」
カミーヌは、渋々といった様子でそう言うと、哀しげな表情を浮かべて俯いた。
「――確かに、私が一言言えば、色んな家の娘達が……まるで兎に襲いかかる狼の群れのように、我先にと群がってきますわ。――だけど、それは結局、私の事を思ってとか、私の為にとかではなくて……お兄様に近付く為の絶好の機会だというだけなのですわ」
どこか寂しげに言ったカミーヌは、小さく溜息を吐いてから言葉を継ぐ。
「……彼女達の目の中に映るのは、お兄様の姿だけ。誰も、私自身を見ても、思ってくれてもいない……」
そう、消え入りそうな声で呟いた彼女は、どこか縋るような目でマイスの顔をジッと見た。
「……でも、ダイサリィ。貴女は違いますわ。貴女は私に、お兄様の玉の輿を狙っていると、堂々と言ってくれた……。あ、もちろん、お兄様を渡す気も、許した訳でも無いけれど。――貴女は、私を“フリーヴォル伯爵の妹”としてではなく、ひとりの“カミーヌ・ライム・フリーヴォル”として見てくれた……て、あ……えと、その……」
そこまで言うと、彼女は、自分が何を言っているのか初めて気付き、恥ずかしさで頬を真っ赤に染めて、目を逸らしながら続けた。
「――と、とにかく! 下心が丸見えの貴女なら、私も余計な気を回さなくて済むから、楽だというだけの話ですわ! 決して、その……って、何をニヤニヤ笑っていますの? あ、メガネまで!」
「……あ、ごめんなさい。カミーヌ様。 ……うふふ」
モジモジしながら一気に言葉を吐き出したカミーヌは、ふたりの顔を見て、今度は怒りで顔を真っ赤にする。
そんな彼女の様子を見て、笑いを噛み殺しながら、マイスはイクサの方を顔を向けた。
「――イクサくん。ちょっと任せちゃって良いかな?」
「え――? あ、ああ、大丈夫です」
突然声をかけられたイクサは、目をパチクリさせながらも、小さく頷いた。
「元々、今日はそんなに混まない日ですし……」
「ありがとう。――お任せついでに、シーリカちゃんも借りていい?」
「え? シーリカちゃんもですか? ……あ、ええ、大丈夫です。多分、俺とスマラクトさんだけでも回せますから」
イクサは、再び首を縦に振って、怪訝そうな顔でマイスに訊いた。
「……というか、シーリカちゃんも一緒に?」
「ええ。下町の事に関しては、私よりもシーリカちゃんの方がずっと詳しいからね。――シーリカちゃん、付き合ってもらってもいい?」
「え……あ、はい! もちろんです!」
マイスに声をかけられたシーリカは、一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにニッコリとはにかみ笑いを浮かべて頷く。
マイスもニコリと微笑み返すと、カミーヌの方に向き直った。
「――と、いう訳で、私たちふたりがお供させて頂きますが、宜しいでしょうか、カミーヌ様?」
「え? ――ええ、まあ。赦して差し上げますわ。どこを案内してもらえるのかしら? ――期待しますわよ」
「お任せ下さい、カミーヌちゃん! あたしのとっておきの穴場スポットをお教えしますね!」
カミーヌの挑発するような言葉に、自信満々で胸を張って答えるシーリカ。
「て、ちょっとメガネ! ドサクサに紛れて、私の事をちゃん呼ばわりするなんて! 私を一体誰だとお思いなのかし――?」
「まあまあ、カミーヌ様。折角のお忍びですから、無礼講で参りましょう。私も、これから貴女の事をカミーヌちゃんとお呼びしますね?」
「な――何を! ……でも……カミーヌ……ちゃん……。カミーヌちゃん……ま、まあ良いわ! 特別に赦してあげますわ!」
顔を真っ赤にしながら、ちゃん呼びに満更でもなさそうなカミーヌにニコリと笑いかけ、マイスは右手を挙げて、大きな声で言った。
「じゃ、これから、“ハルマイラ穴場スポット巡り女子会”開催しまーす。おーっ!」
「お~っ!」
「……お、おお~……?」
ノリノリのふたりに加えて、戸惑い混じりのカミーヌの声も重なった。




