表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/114

閑話1-2 「貴女は違いますわ」

 「……案内? ハルマイラを? 貴女に? 私がですか?」


 マイスは、カミーヌの言葉に目を丸くする。

 カミーヌは、威厳を示すように胸を張ると、大きく頷いた。


「そうですわ! (わたくし)は、ハルマイラに来たのが今回で初めてなの。ですから、色々なところを見て回りたいのだけれど……。よく分からないから、貴女に名所などを案内して頂きたいの。――宜しくて?」

「……いやいや、『宜しくて』じゃなくって! って、あ……ゴホン……失礼しました」


 思わず素で返してしまい、慌てて咳払いで誤魔化したマイスは、慎重に言葉を選びながら、ふんぞり返っている伯爵令妹に向けて答える。


「あの……折角のお誘いなのですが、本日、私は仕事が少々立て込んでまして……。カミーヌ様のご案内は、時間的に少々難しいのですが……」

「何よ! 貴女、お兄様のタマノコシを狙う女狐の分際で、妹の私のお願いは聞かないって言うの?」


 マイスの言葉に激昂して、とんでもない事を口走るカミーヌ。その言葉の衝撃が、カウンターの内外に、津波の様に広がる。

 後ろに控えていたシーリカが、


 「え……た、玉の輿……?」


 と呟いて息を呑み、隣のカウンターで持ち込まれたナイフの状態確認をしていたイクサが、思わずナイフを取り落とす。

 一方、カウンターの端で修理控えのチェックをしていたスマラクトは、


「……ほほう、玉の輿ですとな……? ウチのボスも、なかなかどうして、やりますなあ」


 と、不気味な薄笑いを浮かべた。


「ちょ、待って……、待って下さい、カミーヌ様!」


 マイスは、覿面に狼狽えて、思わずカミーヌの口を塞ぐ。


「ふぉっほ! ファイファリィ! ふぁふぃふぉふうのほ! ふるふぃい――!」

「……カミーヌ様、お願いですから、その話は、この店内では出さないで下さいまし。――でないと」


 マイスはそう言うと、感情の消えた顔つきで、カミーヌの瞳をじっと見据えながら言葉を継いだ。


「――()()()、伯爵様と結婚してやりますよ?」

「ふえ――っ?」


 マイスの言葉に、口を塞がれたカミーヌはびっくりしたように目を見開き、すぐにうんうんと大きく頷く。


「――お願いしますね?」


 彼女はニッコリと微笑むと、手を放した。

 カミーヌは、額に冷や汗を浮かべながら、いそいそと襟を直す。


「……あ、あの、カミーヌちゃ……様? 一点お伺いしても宜しいでしょうか?」


 と、恐る恐るといった様子で、シーリカがカミーヌに尋ねてきた。

 カミーヌは、チラリと彼女を一瞥すると、殊更に鷹揚な態度で首を傾げる。


「何か? そこのメガネ」

「め……メガネって……」


 シーリカは、メガネ呼ばわりに少し傷ついたような顔をしたが、気を取り直して言葉を続けた。


「あ……あの、どうして、案内役にマイスさんをお選びになったんですか?」

「そ……それは……」


 シーリカの問いに、何故か言葉を詰まらせるカミーヌ。

 マイスも、シーリカの言葉に頷いて首を捻る。


「……そう言われれば、確かにそうね。フリーヴォル伯爵の御令妹であれば、他家のご令嬢の方々が、喜んでご案内を申し出てきそうなものですけど……」

「……それが嫌なのよ」


 カミーヌは、渋々といった様子でそう言うと、哀しげな表情を浮かべて俯いた。


「――確かに、私が一言言えば、色んな家の娘達が……まるで兎に襲いかかる狼の群れのように、我先にと群がってきますわ。――だけど、それは結局、私の事を思ってとか、私の為にとかではなくて……お兄様に近付く為の絶好の機会だというだけなのですわ」


 どこか寂しげに言ったカミーヌは、小さく溜息を吐いてから言葉を継ぐ。


「……彼女達の目の中に映るのは、お兄様の姿だけ。誰も、私自身を見ても、思ってくれてもいない……」


 そう、消え入りそうな声で呟いた彼女は、どこか縋るような目でマイスの顔をジッと見た。


「……でも、ダイサリィ。貴女は違いますわ。貴女は私に、お兄様の玉の輿を狙っていると、堂々と言ってくれた……。あ、もちろん、お兄様を渡す気も、許した訳でも無いけれど。――貴女は、私を“フリーヴォル伯爵の妹”としてではなく、ひとりの“カミーヌ・ライム・フリーヴォル”として見てくれた……て、あ……えと、その……」


 そこまで言うと、彼女は、自分が何を言っているのか初めて気付き、恥ずかしさで頬を真っ赤に染めて、目を逸らしながら続けた。


「――と、とにかく! 下心が丸見えの貴女なら、私も余計な気を回さなくて済むから、楽だというだけの話ですわ! 決して、その……って、何をニヤニヤ笑っていますの? あ、メガネまで!」

「……あ、ごめんなさい。カミーヌ様。 ……うふふ」


 モジモジしながら一気に言葉を吐き出したカミーヌは、ふたりの顔を見て、今度は怒りで顔を真っ赤にする。

 そんな彼女の様子を見て、笑いを噛み殺しながら、マイスはイクサの方を顔を向けた。


「――イクサくん。ちょっと任せちゃって良いかな?」

「え――? あ、ああ、大丈夫です」


 突然声をかけられたイクサは、目をパチクリさせながらも、小さく頷いた。


「元々、今日はそんなに混まない日ですし……」

「ありがとう。――お任せついでに、シーリカちゃんも借りていい?」

「え? シーリカちゃんもですか? ……あ、ええ、大丈夫です。多分、俺とスマラクトさんだけでも回せますから」


 イクサは、再び首を縦に振って、怪訝そうな顔でマイスに訊いた。


「……というか、シーリカちゃんも一緒に?」

「ええ。下町の事に関しては、私よりもシーリカちゃんの方がずっと詳しいからね。――シーリカちゃん、付き合ってもらってもいい?」

「え……あ、はい! もちろんです!」


 マイスに声をかけられたシーリカは、一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにニッコリとはにかみ笑いを浮かべて頷く。

 マイスもニコリと微笑み返すと、カミーヌの方に向き直った。


「――と、いう訳で、私たちふたりがお供させて頂きますが、宜しいでしょうか、カミーヌ様?」

「え? ――ええ、まあ。赦して差し上げますわ。どこを案内してもらえるのかしら? ――期待しますわよ」

「お任せ下さい、カミーヌちゃん! あたしのとっておきの穴場スポットをお教えしますね!」


 カミーヌの挑発するような言葉に、自信満々で胸を張って答えるシーリカ。


「て、ちょっとメガネ! ドサクサに紛れて、私の事をちゃん呼ばわりするなんて! 私を一体誰だとお思いなのかし――?」

「まあまあ、カミーヌ様。折角のお忍びですから、無礼講で参りましょう。私も、これから貴女の事をカミーヌちゃんとお呼びしますね?」

「な――何を! ……でも……カミーヌ……ちゃん……。カミーヌちゃん……ま、まあ良いわ! 特別に赦してあげますわ!」


 顔を真っ赤にしながら、ちゃん呼びに満更でもなさそうなカミーヌにニコリと笑いかけ、マイスは右手を挙げて、大きな声で言った。


「じゃ、これから、“ハルマイラ穴場スポット巡り女子会”開催しまーす。おーっ!」

「お~っ!」

「……お、おお~……?」


 ノリノリのふたりに加えて、戸惑い混じりのカミーヌの声も重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ