閑話1-1 「私を出せ……?」
マイス・L・ダイサリィは、武器防具修理工房“ダイサリィ・アームズ&アーマー”の経営者である。
当然だが、彼女の仕事は、カウンターでの受付や対応などよりも、社の経営を左右する計画や施策の立案や同業他社に対する情報収集、各種との折衝など、デスクワークに付随するものが多い。
その為、繁忙期以外では、奥の取締室で書類の決裁に追われている事が殆どだ。
――今日もまた、いつもと同じく、『取締役室』のデスクの上に堆く積もった書類の山を取り分け、手首も砕けよとばかりにサインと捺印を延々と繰り返していた彼女だったが、不躾なノックの音によって作業を妨げられた。
「……はーい! どうぞ!」
少々苛立った口調でノックに応えてしまった事を内心で反省しながらも、書類の上を走らせる目と手は止めない。
取締役室の扉が開き、微かな衣擦れの音がデスクに近づいてくるのを、耳だけで感じ取ったマイスは、
「どうしたの? 何かあったの、シーリカちゃん?」
と、書類にペンを走らせながら、目を上げる事もなく、入ってきた人物に問いかけた。
「……わ、ビックリした……。見てもいないのに、よく分かりましたね、あたしだって」
シーリカは、眼鏡の奥の大きな瞳を更に見開いて、驚きの声を上げる。
「そりゃ……ね。この建物の中で、スカートを穿いているのは、私かあなただけだもの。衣擦れの音で、見なくても解るわ」
「へー……さすがですねぇ、マイスさん」
マイスの種明かしに、感心して顔を綻ばせるシーリカ。と、本来の用件を思い出して、すぐに顔を引き締める。
「あ、それでですね、ボス。――ボスを出せってお客様が、カウンターにいらっしゃっているのですが……」
「私を出せ……?」
マイスは、シーリカの言葉に当惑の表情を浮かべて、顔を上げた。
眉を顰めて、シーリカを見る。
「……また、クレーム?」
「あ、いえ! そんな感じではないんですが……」
マイスの言葉に、慌てて手をブンブンと振り、否定するシーリカ。
「とにかく、ダイサリィ……あ、ボスに会わせろとの一点ばりで……。今は手が離せないので、と何度もお伝えしたのですが、一向に聴き入れて頂けない感じでして……」
と、ほとほと困ったという様子で、小さな溜息を吐く。
「……確かに、強情そうなお客様ねぇ。――どんな感じの人なの?」
マイスも、訝しげに首を傾げて、シーリカに問いかける。
シーリカは小さく頷くと、目を上に向けて、思い返す様に答える。
「えーとですね……若い……いや、幼いって言う方が近いのかも……十四、五歳くらいの女の子――あ、女性の方です。パッチリした大きな目に長い黒髪で、お召し物がキレイというか、上等というか……ひょっとすると、どこかの名家のご令嬢なのかも……」
と――、シーリカは、ビックリした顔をした。
突然、顔を顰めたマイスが、頭を抱えてデスクに突っ伏したからだ。
「……ど、どうしたんですか、マイスさん?」
「……大体分かった……誰なのか……」
マイスは、金髪に指を埋めてガシガシとかき乱しながら、ウンザリした顔で大きな溜息を吐くと、重い腰を上げた。
「あー、分かったわよ! 行きます! 行けば良いんでしょ! ――あの子じゃ、確かに私が出てくるまで、いつまでも居座りそうだからね……」
そして、憤懣遣る方無いといった様子で、吐き捨てるように呟いた。
「……あー! もう、何でこんな忙しい時に限って、面倒なのがやって来るのよ〜ッ!」
◆ ◆ ◆ ◆
「大変お待たせいたしました」
シーリカを引き連れてカウンターで待つ人物の前に現れたマイスは、彼女の前でスカートの裾を摘むと、優雅な所作で挨拶をした。つい先程、苛立ちながら地団駄を踏んでいたとは、とても思えない。
と、
「遅い! この私をいつまで待たせますの、貴女は!」
カウンターの椅子にちょこんと腰かけた小柄な少女が、頬を膨らませて声を荒げた。
マイスは、こめかみに青筋を浮き上がらせながらも、柔らかな微笑みは絶やさずに、鷹揚な口調で言葉を返す。
「――大変申し訳ございません、カミーヌ様。何せ、何処かの誰かさんの配下が起こした狼藉騒動のお陰で、色々な業務と雑事が溜まってしまっておりまして……なかなか忙しい日々を過ごさせて頂いておりますわ」
「う……!」
慇懃無礼のお手本のような、マイスの痛烈な皮肉を受けたカミーヌは、ぐうの音も出ない様子で、言葉を詰まらせたが、
「えと……そ、それは……その…………ご、ごめんなさい」
不承不承といった様子ながら、素直に頭を下げた。
(あ……あれ? ちょ……調子狂うわね……)
プライドが高いはずのカミーヌの素直な謝罪に、逆に狼狽えたマイスは、慌てて手を振った。
「あ……こちらこそ、大変失礼な事を申しました。……大変申し訳ございません!」
「……」
(……あれ? 何で私が謝ってるんだ?)
思わず、心の中で首を傾げるマイス。
「ま、まあ良いわ! 今日は……お願い――いや、頼み? ……があって、わざわざ来たのですわ!」
気を取り直したように、いつもの高飛車な調子を取り戻したカミーヌは、居丈高に声を上げる。
マイスは、怪訝な顔で小首を傾げた。
「はあ……、頼み――ですか?」
「そう――。それは……その……」
マイスに問い返されて、何故か口ごもるカミーヌだったが、意を決したように目を上げると、一気に捲し立てた。
「と――とにかく、これから私を連れて、ハルマイラを案内なさい! いいですわね、ダイサリィ!」




