CASE2-25 「いつも……ありがとうね、みんな」
「……それで、これから、あのラシーヴァはどういう処遇に……?」
その日の夕方、破壊されたダイサリィ・アームズ&アーマーの店内で折れた椅子の脚を修繕しながら、イクサはマイスに尋ねた。
その言葉に、隣でテーブルを拭いていたシーリカが、ビクリと身体を震える。
そんな彼女に心配そうな眼差しを向けてから、マイスはイクサの問いに答えた。
「もちろん、近衛騎士は不名誉除隊。称号は剥奪されて、ハッテムの国境警備隊に配属されるって、伯爵は仰っていたわ」
「ハッテム……うわあ、実質的な島流しじゃないですか」
イクサは、思わず首を竦める。
表情を曇らせながら、マイスも小さく頷いた。
「そうね。……でも、あそこまでやっても、なお命が長らえるんだから、良かったんじゃない? 寧ろ『罰が軽すぎる!』って、バスタラーズ様は怒ってらっしゃったけどね。……だから、もう安心よ、シーリカちゃん」
「は……はい! ありがとうございます、マイスさん!」
マイスの言葉にホッと胸を撫で下ろしたシーリカは、その表情を輝かせて、ペコリとマイスに頭を下げた後、今度はイクサの方に振り向いた。
「――あと、イクサ先輩! 本当に、ありがとうございました!」
「……え、俺?」
いきなり感謝の言葉を贈られたイクサは、目をパチクリさせて自分を指さし、激しく首を横に振った。
「――いやいや! 俺なんか、何もやってないから! ただ、ラシーヴァにボコられただけだし……。マイスさんが来てくれるまで、何も出来なかった……。無力で、俺だけじゃシーリカちゃんも店も守れなかった……まったく、情けないよな……」
「そ――そんな事無いですよ、イクサ先輩!」
「そうよ、イクサくん」
イクサの言葉に、共に頭を振るシーリカとマイス。
マイスは、優しい微笑みを浮かべて、諭すような口調でイクサに語りかける。
「イクサくんが、直接ラシーヴァと掛け合って時間を稼いでくれていなかったら、私もバスタラーズ様も伯爵達も間に合わなかったわ。――完全武装の騎士の前に、丸腰で“交渉”に向かう事が出来る人を“情けない”なんて誰も言わないし、この私がそんな事を言わせないわ」
そして、彼女はニッコリと笑って、
「イクサくん。貴方は、その勇気と勇敢さで、シーリカちゃんも私も、そしてこの店も救ってくれたのよ。――本当にありがとう」
そう言うと、イクサに向けて深々と頭を下げた。
イクサはそんな上司のしおらしい所作に、覿面に狼狽える。
「い、いえ! とんでもないです! そんな事――」
「そんな事あります! あの時のイクサ先輩……すごく格好良かったです! もっと、自分に自信を持って下さい!」
シーリカが強い口調で、イクサの言葉を遮った。そして、仄かに頬を赤く染めながら、青い瞳を潤ませる。
「……あの、ほ……本当に、ありがとうございました、イクサ先輩……」
そして、微かに声を震わせながら、ペコリと頭を下げた。
彼女の言葉に、イクサは相変わらずオロオロしながらも、
「あ……どうも……シーリカちゃん……」
と、ぎこちなくお辞儀し返す。
それを見ながら、マイスは微笑み混じりの呆れ顔で、小さく息を吐いた。
「……と、そういえば……」
イクサは、ふと思い出したように声を上げ、小首を傾げた。
「……どうも、何か忘れているような気がしてるんですけど、俺だけですかね……?」
「あれ? イクサ先輩もですか? ――実は、あたしもなんですよね……何だろう?」
イクサの言葉に頷くシーリカ。ふたりして首を捻る。
――と、バックヤードの扉が勢いよく開いて、マダラ禿頭を振り乱したスマラクトが、顔を真っ青にしてカウンターへ飛び込んできた。
「ぼ――ボス! それに主任! し、シーリカちゃんも! で、で……出ましたァッ!」
「……出た? な、何がです、スマラクトさん?」
尋常で無い彼の剣幕に、思わずたじろぐイクサ。スマラクトは、口から泡を飛ばしながら捲し立てる。
「ゆ……ユーレイ! 幽霊が……奥の金庫室から……!」
「ゆ……幽霊っ?」
シーリカが怯えた表情で身体を強張らせて、イクサのシャツの袖をギュッと握った。
「あ……あのですね! 閉まっている金庫室の扉の向こうから、『助けてくれ~』とか『開けてくれ~』と、男のものらしいだんでぃぼいすが……」
「ダンディボイス……って――」
スマラクトの言葉に、イクサは引き攣り笑いを浮かべる。
……だが、彼の言ったキーワードが、妙に引っかかった。
「男……金庫……」
「ダンディ……渋い……」
イクサとシーリカは、顎に手を当てながら、“妙な違和感”の正体を探る。
そして、
「「あ――――ッ!」」
ふたりは、同時に違和感の正体に気付き、顔を見合わせて叫んだ。
「ひ――っ、な……何事でありますカ!」
突然の大声に、スマラクトがビックリして仰け反る。
イクサは、彼に構わず、マイスの方を向いて叫んだ。
「ま――マイスさん! 何を忘れていたか、分かりました!」
「「――経理部長ですっ!」」
シーリカとイクサの声が綺麗にハモる。
「そうなんです! あの人、昨日のあれから姿を見ていなくて……」
「ひょっとして……昨日、金庫の中に逃げ込んで、それからずっと――!」
イクサとシーリカは、戸惑った顔を見合わせ、イクサはハッと何かに気付いた顔になって、恐る恐るマイスの方を見る。
――マイスは、ただ静かに満面の笑顔を湛えていた。
イクサは、彼女の笑顔に嫌な予感を覚えながら、おずおずと訊ねる。
「……あ、あの~……ひょっとして、知ってました? ……経理部長の事……」
「え~? 何の事かしら~? 私分かんないなぁ~?」
何故か、ウキウキとした顔で答えるマイス。
「あ、でも、何故か金庫の鍵が開いてたから、キチンと掛けなおしたわよ。泥棒が入ってきたら大変だからね~。……あ、そういえば。何か、中で鼠か何かがギャーギャー騒いでたみたいけど」
「…………」
実に爽やかな笑顔を見せるマイスを前に、色々と察した三人は、顔を青ざめさせて沈黙するしかない……。
と、イクサが我に返って、慌てて叫んだ。
「……いや! は……早く助けにいかないと! 昨日からずっとって事は……もう丸一日くらい、金庫の中に――! し、シーリカちゃん、スマラクトさん、行くよーっ!」
「あ……はいっ!」
「お――お待ちあれ~、お二人ともぉ~!」
そう叫びながら、三人が走り去った後、ひとりカウンターに残ったマイスは、ぶうと頬を膨らませた。
「あーあ……、お灸を据える為に、あと半日くらいは放置のままでもいいのに……」
彼女はそう呟くと、ふっと表情を緩ませて、
「……まあ、そこが皆の良い所なんだけどね。――いつも……ありがとうね、みんな」
その、女神の様に美しい顔を綻ばせたのだった。
これにてCASE2は完結です!
ここまでお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m。
次回からは、何話か閑話を挟んでから、CASE3に取り掛かろうと考えております。
引き続き、「ダイサリィ・アームズ&アーマー営業日誌」を宜しくお願い致します!




