閑話1-8 「本当よ、カミーヌちゃん」
「うーん……改めて訊かれると、言葉にするのは難しいのですが……」
カミーヌの問いかけを受けたマイスは、苦笑を浮かべながら首を傾げた。そんな彼女に、カミーヌは眉を吊り上げて詰め寄る。
「どこが嫌なのですの? 不満なんか、持ちようもないでしょうに! 女性に対しての理解力が豊かで、我が儘を受け入れてくれる包容力も十二分に備えていらっしゃるお兄様を――」
「あ、多分それです」
「……え?」
マイスは、カミーヌの言葉の途中で、得たりと手を叩き、カミーヌは唖然とした表情を浮かべた。
「それ……それって……どれ?」
「――要するに、伯爵様は、『女性として』私を遇そうとしている……って事ですわ」
「……女性としてって――当然でしょう? だって、現に貴女は女性なんですもの!」
「まあ、そうなんですけどね……」
『一体何を言ってるんだ』と言いたげな表情で首を傾げるカミーヌに苦笑しながら、マイスは言葉を続けた。
「――もちろん、私も女ですから、男性から持ち上げられて、“女性”というカテゴリでチヤホヤされるというのも、確かに嬉しくはあるんですけど……同時に、心のどこかで不満を感じてしまうんですよ」
「不満……ですの?」
呟くカミーヌに、小さく頷いて、優しく微笑みかけるマイス。
「……自分でもよく分からないところもありますが……。恐らく私は、私を“女性として”では無くて、“人間”として評価してくれる方を求めているのだと思います」
「女性としてでは無く、人間として……うわあ、確かにマイスさんらしい……」
マイスの言葉を聞いたシーリカは、クスリと微笑んだ。
一方のカミーヌは、相変わらずピンとこない風に、苛立たしげに前髪をいじる。
「……どういう意味なの? 私にはまったく解りませんわ!」
「そうですね。――でも、きっと、カミーヌ様にも、解る日が来ると思います。伯爵様の庇護の傘の下から出て、外界でもっと色々な人生経験を積まれましたら――ね」
優しく諭すようなマイスの言葉に、カミーヌはやっぱり首を傾げるばかりだった。
と、マイスは、慈愛に満ちた微笑を浮かべた。
「……と、いう訳です。先日、あのお風呂場でお伝えした私の気持ちは、伯爵避けの為の嘘ですわ。今日、貴女が、一緒に居て楽しいと感じて頂けた――貴女の友人としてのマイス・L・ダイサリィが、本当の私です」
「友達……。私の……? ほ……本当……なの?」
「本当です――と言っても、貴女を一度は謀った口ですから、信じて頂けないかもしれませんが……本当よ、カミーヌちゃん」
「……」
「――あ、あの! あたしが保証します! 今のマイスさんの言葉に嘘はありませんっ!」
涙で潤んだ瞳の中に懐疑的な色を浮かべるカミーヌの肩をガッシリと掴んで、上気した顔を綻ばせながら、シーリカが叫んだ。
カミーヌは、縋るような目でシーリカの顔を見つめて言う。
「……ど、どうして解るの、貴女……?」
「解りますよ。だって、あたしは、カミーヌちゃんが会うよりもずっと前から、マイスさんと一緒に仕事をしてるんですよ! こういう時のマイスさんは、絶対に嘘をつかないんです!」
「……うん」
「だから……あたしとマイスさんは、カミーヌちゃんのお友達になったんです。友達の言葉……信じて下さいね」
「――うん……うん!」
カミーヌは、シーリカの言葉に小さく頷くと、遂に耐えきれなくなって、子どものようにしゃくり上げはじめた。
「ああ……泣かないで下さい、カミーヌちゃん……。カミーヌちゃんが泣いちゃうと……あ、あだじも泣いぢゃうううう~!」
慌てて彼女をなだめようとしたシーリカも、つられて大粒の涙を零しはじめる。
マイスは、抱き合って泣きじゃくるふたりを見て慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、そっとふたりを抱き寄せた。
――夜闇のヴェールに包まれた大通りの片隅に、少女たちの泣き声が優しく融けていったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「たっだいま~」
「やっと着きましたわ……。疲れた……」
「遅くなってごめんなさい、イクサくん。――大丈夫だった?」
既に営業を終えたダイサリィ・アームズ&アーマーの扉を開けて、マイスたちが帰ってきた。
「あ……お帰りなさい、皆さん」
閉店作業を進めながら、力無い笑顔で彼女達を迎えるイクサ。
その様子を見て、心配そうな顔をするシーリカ。
「……あ、もしかして、何かあっちゃいました、イクサ先輩……?」
「……いや、まあ……大した事じゃないよ、あはは……」
「いや、確実に何かあったでしょ、そのリアクション……」
はぐらかそうとするイクサの様子に、不吉なモノを感じたマイスは頬を引き攣らせる。
「どうしたんですか? ……また、スマ先輩が――」
「いやいやいやいや! シーリカちゃん、またワタクシを疑っておいでですな! 生憎と、今回は、ワタクシはのっとぎるてぃでございますぞっ!」
シーリカの言葉に、毅然と反論するスマラクト。
「……ていうか、今回“は”なのね……」
胸を張るスマラクトの誇らしげな様子に、思わず頭を抱えるマイス。
――と、
彼女の後ろで、カミーヌが鼻をひくつかせ、
「ちょ、ちょっと! そこのウスラハゲ! ひょっとして――」
大きな目をまん丸に見開いて叫んだ。
「お兄様がいらっしゃったの? ここに……?」
「う……ウスラハゲって……し、心外ですぞ! ワタクシの、この髪型は、あくまで夏用の機能的ヘアスタイルであって――」
「お黙り! いいから質問に答えなさい!」
「ひ、ひ――っ!」
ウスラハゲ呼ばわりされて、声を荒げかけたスマラクトだったが、威厳に満ち溢れたカミーヌの一喝で、途端に縮み上がってしまう。
彼の代わりに頷いたのは、イクサだった。
「あ……は、はい……その通りです、カミーヌ様。……でも、どうして――?」
「どうして解ったのか、って? そんなの、この室内に、お兄様の残り香が漂っているからに決まってますわ!」
そう言うと、カミーヌは目を閉じて大きく深呼吸して、恍惚とした表情で呟く。
「ああ……この、仄かなカモミールの香水の香り……間違いありませんわ……」
「は……はあ……そうですか……」
カミーヌの奇行に、イクサは若干顔を引き攣らせながら頷いた。
「――て! い、イクサくん! 伯爵様は、何をしにここへ……?」
「……えと、あの……その……」
マイスの問いに、イクサは言い淀む。――まさか、馬鹿正直に、「自分とマイスの仲を邪推して、直接聞きに来た」と言うわけにはいくまい。
イクサは、視線をふよふよと泳がせながら、必死で誤魔化せる言葉をひねくりだそうと、脳をフル回転させる。
「あの……そ、そう! ――先日の一件に対して、改めてお詫びしたいと……わざわざ御出になられたようです、ハイ……」
……我ながら、上手い言い方を考えついたと、彼は心の中で密かにガッツポーズを作る。何せ、伯爵が先日の騒動を謝罪したのは事実だ。完全な嘘を伝えてはいないと、己の良心に対して自己弁護できるのが、このゴマカシの良いところだ。
――が、勘と察しのいいマイスは、怪訝な表情で彼の顔をジーッと見つめている。その深紫の瞳に見据えられたイクサは、蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を背中いっぱいにかきながら、ひたすら引き攣った笑いを浮かべるだけだった。
と、マイスが大きな溜息を吐いた。
「……まあ、いいわ。ちょうど出かけてる時で良かった。もしも、鉢合わせしちゃったら、色々面倒くさくなりそうだからね……」
「――ほっ」
「ちょっと、マイス! 今の言葉は聞き捨てなりませんわ! ――やっぱり貴女、お兄様をちょっと嫌いすぎでなくって?」
「……だから、違うってば」
カミーヌの言葉に、辟易としながら、彼女の方に向き直るマイス。
「さっき言ったように、伯爵様の事は、人間的には嫌いじゃないわよ。尊敬も出来る。……けど、あの暑苦しさがちょっと……鬱陶しいって感じ?」
「ま――! 鬱陶しいっ? あのお兄様を暑苦しいぃっ?」
「まあまあ、カミーヌちゃん、落ち着いて――」
「お黙りっ、メガネッ!」
「め――メガ……ネ……。マイスさーん! カミーヌちゃんが酷いですぅ~! さっきまで友達だって言ってたのに、またメガネ呼ばわりされましたぁ~!」
「あ……えと――、違いますの! 今のは……あの……」
「あーっ、もう!」
――娘たちの姦しい声で満ちる室内で、イクサはひとり、伯爵と対面してから、ずっと抱え続けている悶々とした思いに、その心を焦がされていた。
――『率直に訊きたい! その――き、君と、マイハニーの関係は……一体何なんだい!』
先程、伯爵の口から投げかけられた問い――
(俺と、マイスさんの関係――。いや……)
イクサは、カウンターの椅子に深く腰をかけると、背もたれに身体を預けて、天井を睨んだ。
(俺自身は、マイスさんの事を、どう思っているんだろう……?)
イクサは、そう自問するが――妙な事に、答えが出てこない。自分自身の心の事なのに。
その部分に触れようとすると、どこからともなく深い霧が立ちこめて見失ってしまうような――フワフワとした奇妙な感覚。
(――もどかしい)
イクサは、小さく舌打ちをして思った。
(まったく……『率直に訊きたい』のは――俺の方だよ)
これで、閑話は終了です。
ホントはもう少しあっさり終わらせる予定だったんですが、思いの外女子会を書くのが楽しくて、8話も続けてしまいました(笑)。
次回からは、いよいよCASE3へと、物語は移ります。
どうぞご期待下さい!




