CASE2-17 「私に任せて、ね」
ラシーヴァの部下達が作った人垣の一角が割れ、その間を優雅な足取りでこちらへと歩いてくる姿。
その、後ろに束ねた金糸の様な髪、キラキラと輝く紫水晶色の瞳、きりっと横一文字に結ばれた形の良い唇、均整の取れたプロポーション……。
見間違いようも無い。
「ま……マイス、さん……。どうして、ここに……?」
騎士達に押さえつけられた体勢のまま、懸命に首だけを上げて彼女の姿を視界に見留めたイクサは、目を丸くしながら呆然と呟いた。
ラシーヴァによってしたたかに痛めつけられ、口の端から血の筋を流すイクサの顔を見たマイスは、一瞬だけその柳眉を逆立てるが、すぐに表情を変え、穏やかな微笑みを彼に向ける。
そして、静かな声で、優しく語りかけた。
「……ただいま、イクサくん。ついさっき、出張から帰ってきたのよ。長い間留守にしてしまって、ごめんなさいね」
と、イクサに言ってから、彼を後ろから押さえつける騎士たちに向かって、落ち着いた口調で話しかけた。
「大変恐れ入りますが、弊社の従業員を離して頂けませんか?」
彼女の言葉を受けた騎士ふたりは、戸惑いの表情を浮かべて、お互いの顔を見合わせる。
――マイスの表情が、険しくなる。
「……離しなさい」
「「――!」」
彼女の、簡潔にして逆らいがたい迫力に満ちた強い言葉に、ふたりの騎士はビクリと身体を震わせると、掴み続けていたイクサの両腕を慌てて離した。
無理矢理立たせられていたのに急に突き放され、身体の支えを失ったイクサは、脚を縺れさせて地面へ崩れ落ち――なかった。
力を失った彼の身体は、柔らかいものに優しく抱きかかえられる。
(……良い匂い……)
イクサは、身体を包み込む甘い香りと温もりにひどく安心した。まるで幼子に戻った気分で、思わず力を抜いてもたれかかった。
「……大丈夫、イクサくん?」
「て……え! マ、マイスさんっ? す、すみませんッ!」
耳元に優しい声で囁きかけられ、自分を抱きかかえているのがマイスなんだと気が付いたイクサは、顔を真っ赤に染め、目を丸くしながら、慌てて彼女から離れようとする。――が、身体に力が入らない。
マイスは、そんな彼の様子に苦笑すると、店の方へ向かって声を張り上げた。
「――スマラクトさん! こっち来て!」
すると、店のボロボロになった木扉が勢いよく開け放たれ、泡を食った様子のスマラクトが飛び出さ衣てきた。そして、恐怖で顔を引き攣らせながら、こちらの方へ一目散に駆け寄ってくる。
「……ちょ、おい! 何を勝手に進めているんだ! 近衛騎士のオレを無視す――!」
「少・々・お・待・ち・下・さ・い・ま・せ!」
「う……ぐ――!」
苛立ち、元素長刀を振り回して怒鳴り声を上げかけたラシーヴァだったが、一文字ごと区切りながら発せられたマイスの言葉の迫力に思わず気圧され、言葉を詰まらせた。
そして、
「お――お待たせしましたっ、ボス!」
「スマラクトさん、イクサくんをお願い」
マイスは、ふたりの元へやって来るや直立不動で敬礼したスマラクトに手短に告げると、抱き支えていたイクサの身体を引き渡す。
「あ……かしこまりであります!」
イクサの身体が、マイスの胸からスマラクトの肩へと移された。
「さ! 主任! ワタクシの肩におつかまり下さい!」
(……うう……加齢臭キツい)
イクサは、鼻腔をくすぐる異臭に、少しだけ鼻頭と顔を顰めた。
「……ちょっと離れてなさい。あとは私が引き受けるから」
マイスは、イクサに優しく微笑みかける。
イクサは、苦痛と悔恨で顔を曇らせると、マイスの顔を見つめながら、小さな声で彼女に詫びた。
「す――すみません、マイスさん……。俺が……不甲斐なくて……」
「……そんな事無いわ。よく頑張ったわね、イクサくん。……大丈夫。私に任せて、ね」
マイスは、イクサの頬を、その温かな手で優しく撫でる。
――その掌は、彼の眼から溢れた涙で濡れた。
◆ ◆ ◆ ◆
イクサが、スマラクトに肩を貸されながら店の方へと戻っていくのを見届けてから、彼女は小さく息を吐いた。
そして、ゆっくりと振り向く――苦々しい顔で、抜き身の元素長刀をつまらなさそうに弄んでいたラシーヴァの方へと。
――そして、花が一斉に咲き乱れたような、魅力的な笑顔を浮かべ、慇懃無礼に深々と一礼した。
「――大変お待たせいたしました、ラシーヴァ様。これより後は、私、ダイサリィ・アームズ&アーマー取締役……マイス・L・ダイサリィがお話をお伺いいたします」
だが、にこやかな表情とは裏腹に、
――その紫水晶のような美しい目には、隠しきれない憤怒の炎がユラユラと揺らめいていた。




