CASE2-18 「呑む理由も呑む必要も呑む気も無い!」
「……あれ? 取締役? アンタ、確か、ただの受付係じゃなかったっけ……?」
苛立ちの表情だったラシーヴァだったが、マイスの顔を見て首を傾げた。
マイスは目を細めると、口元を綻ばせて言った。
「その節は、ありがとうございました。実は、私がこの店の経営者でしたのよ」
「ふーん……。今日は、眼鏡をかけてくれないのかな、マイスちゃん?」
ラシーヴァは、そう言うと下卑た笑いを浮かべる。マイスは、微笑みを湛えたまま、首を横に振った。
「大変申し訳ございませんが、生憎と、今日は眼鏡を持ち合わせておりませんので」
そう、キッパリと言い捨てると、表情を引き締めて言葉を重ねる。
「――ところで、本日は、どういったご用件でしょうか? 先日の件で、何かございましたか?」
「……あー、また最初っからやり直しかよ!」
ラシーヴァは、苛立ちを隠さずに、文字通り地団駄を踏んだ。抜き身の元素長剣を地面に突き刺し、大袈裟な身振り手振りで、目の前のか弱そうな女性を殊更に威嚇するかのように、じりじりと詰め寄る。
「別に、難しい事じゃない! ただ、アンタんトコのシーリカちゃんを一晩借りたい――そう言ってるだけなんだけどなぁ? 先日の非礼の詫び代わりにさ!」
「……一晩借りたい? シーリカを? 何故ですか?」
マイスは、訝しげな表情で質問を重ねる。
ラシーヴァは舌打ちし、更に苛立ちを募らせながら喚く。
「だから、言っただろう? 先日の――ガイリア王国の楯にして剣である近衛騎士に対する、耐えがたき非礼の数々への詫びとしてだよ! 寛大なオレは、シーリカちゃんと引き換えで、水に流してやろうと――」
「――大変申し訳ございませんが、ラシーヴァ様が仰っている事の意味が解りませんわ」
ラシーヴァの恫喝にも一歩も退く事無く、冷徹な表情で真っ直ぐラシーヴァを見据えて、マイスは言った。
「……確かに店頭にて、お客様同士の揉め事があったという事実は、出張先で受け取った報告にて把握済みですが、それは、あくまでもお客様同士のトラブルですから、弊社とは関係の無い事でございます。ですから、弊社といたしましては、近衛騎士様に対して特段の非礼を働いたという認識はございませんが」
「な――!」
マイスの物言いに、思わず絶句するラシーヴァ。が、すぐに気を取り直し、言葉を繰り出す。
「……た、確かに、あの件で直接手を出してきたのは、あのバス何とかいうジジイだが――。だ、だが、あの悶着が店の中で起こっている以上、店の責任でもあるだろう! オレは、それを糾弾せんと――!」
「あら、では、弊社はどうすれば宜しかったのでしょう? ――ヨボヨボのおじいさんに手も無く転がされて、子どものようにベソを掻いてる近衛騎士様の頭をいいこいいこしてあげて、慰めてあげれば良かったのかしら?」
「は――?」
先ほどまでの慇懃な態度から一変した、挑発的な言葉をマイスにぶつけられ、ラシーヴァは呆気にとられて色を失った。
そんな彼の反応もお構いなしに、マイスは言葉を続ける。
「万が一、ウチの店に落ち度があったのだとしても、どうしてウチの社員のプライベートの時間を削ってまで、業務の穴埋めをしなければならないのでしょう?」
「そ――それは、オレが……お客様がそう望んでいるからだ! ほら、商人達がよく言うじゃないか、『お客様は神様です』って! 客が満足する様に、最大限の努力を惜しまない……それが、お前たち商人ののポリシーなんじゃないのか?」
「あー、良く誤解されるんですよねぇ、その言葉」
ラシーヴァの発した言葉に、思わず苦笑を浮かべたマイスは、軽く首を横に振ると、言葉を継いだ。
「確かに現在では、そういう意味で使われる言葉です。元々の意味は、もう少し違うんですけど。ただ――今のラシーヴァ様の発言では、少し言葉が足りないのですわ」
「……言葉が、足りない?」
「はい」
マイスは、小さく頷くと、口の端に穏やかな微笑みを乗せた。
「正しくは、『お客様の最大の満足を得る為に、商人として出来る限りの努力を惜しまない』――です。……つまり」
マイスは、そこまで言うと、一旦言葉を切り、深紫の瞳でギロリとラシーヴァを睨めつけて、言葉を継いだ。
「――ウチの大切な看板娘に、あたかも商売女の様な振る舞いをさせろなどという要求は、如何にお客様からのご希望だと言っても、『商人として』出来る範囲を遥かに超えておりますので、弊社としては呑む事は出来ませんし……」
マイスは、背後に手を伸ばし、自分の店の壊れた木扉を白魚の様な指で真っ直ぐ指さす。
そして、紫瞳を爛々と光らせながら、
「――そもそも、営業時間外に押しかけて、店の扉を破壊する様な人は、もはやお客様ではなく、タダの輩でしか無いわ。そんな奴らの要求なんか、私達ダイサリィ・アームズ&アーマーは、呑む理由も呑む必要も呑む気も無い!」
と、毅然と言い放った。
「……や、輩? お前は、このオレを“輩”と言ったのか? この……ガイリア王国のエリート中のエリートである、近衛騎士のオレを!」
彼女の辛辣な言葉に、顔を朱に染めて激高するラシーヴァ。周りを取り囲む彼の配下たちも、顔色を変えて各々の得物を構える。
ラシーヴァは、地面に突き刺していた元素長剣の柄を握りしめると、力任せに引き抜き、憎悪と殺気に満ちた声で叫んだ。
「もう赦さん! 今の言葉、近衛騎士……ひいてはガイリア王家に対する、重大な侮辱と見做す! ガイリア王国と近衛騎士団……そして何より、このオレの名誉を傷付けた罪により、ラシーヴァ・デスサス自ら、この店の従業員全員を断罪する!」
「……名誉を傷付けたって……王国と近衛騎士団の名誉を一番傷付け、泥を塗っているのは、他ならぬ貴方よ!」
マイスはラシーヴァの処刑宣言にも怖気づく事なく、鋭い目付きで彼を睨み返しながら、皮肉げに口角を吊り上げる。
ラシーヴァの顔が怒りで赤黒く染まり、血走った目で彼女の美しい顔を憎々しげに睨みつけた。
「女! まず、お前からだ! 両手足をぶった斬ってから、ここの全員で楽しんで、それからゆっくりと嬲り殺してやる……覚悟しろ!」
彼の言葉を合図に、配下の騎士が彼女を拘束しようと腕を掴――
「……気安く触らないで――もらえますっ?」
――もうとした瞬間、マイスの姿が、彼らの視界から不意に消えた。……いや、消えたのではなく、目にも止まらぬ速さで屈み込んだのだ。
「ガッ――!」
マイスは屈み込みながらスカートを翻し、騎士たちへ鋭い足払いを放つ。不意打ちを食らった騎士はどうっと音を立てて、仰向けに倒れた。
「な――! このアマ……!」
目の前の光景に、一瞬呆気に取られたラシーヴァだったが、すぐに我に返って、手にした元素長剣を振り上げる。
それに対して、マイスは右手の甲を、ラシーヴァに向けて上げた。彼女の右手の中指には、小ぶりの宝石が嵌め込まれた指輪が嵌っている。
「貴方には……お仕置きが必要ね!」
彼女がそう叫んだ次の瞬間、中指の指輪が、まるで真昼の太陽の様な強烈な白い光を放った――!




