CASE2-16 「――そんな事、許す訳無いだろうがッ!」
「きゅー……はーち……なーな……ろー……ん?」
ラシーヴァのカウントは残り6で、一旦途切れた。ダイサリィ・アームズ&アーマーの傷だらけの木扉が、軋んだ音を立てて、ゆっくりと開き始めたのだ。
ラシーヴァは、喜色を浮かべて、舌なめずりをする。
が、
「……何だぁ、貴様は……?」
上がっていた口角が下がり、不機嫌そうに眉間に皺を寄せるラシーヴァ。恐る恐るといった様子で店の外に出てきたのは、お目当ての眼鏡をかけた銀髪の少女ではなく、青灰色の髪の若い男だったからだ。
若い男は、ラシーヴァの手前三エイムほどまで歩いてくると、姿勢を正して深々と一礼した。
「お、お客……ラシーヴァ様……。私は、ダイサリィ・アームズ&アーマーの責任者を務めております、イクサ・ストラウストと申します。ラシーヴァ様のお話を伺うべく、罷り越し――」
「あぁん? 話を伺うだって? オレは、貴様なんかとするお話なんか無いんだけどさ? さっさとシーリカちゃんを出してくれないかな?」
……予想通り、取りつく島もない。だが、イクサとしても、ここで「ハイかしこまりました」と折れる訳にはいかないし、折れる気もない。
彼は、覚悟を決めて奥歯を噛み締めると、正面からラシーヴァの眼を見据え、キッパリとした口調で話し始める。
「……大変申し訳ございませんが、シーリカをラシーヴァ様の前に連れてくる事はできません。何卒、ご理解下さい」
「出来ません、じゃないんだよ! 客が出せって言ってるんだから、黙って出せ! シーリカちゃんさえオレに付き合ってくれるんだったら、このまま大人しく帰ってやるって言ってるんだよ! それは、あんたらにとっても悪い話じゃないだろう、うん?」
ラシーヴァは苛立った様子で、大袈裟な身振り手振りで、威圧するようにイクサに詰め寄ってくる。
近衛騎士なだけあって、ラシーヴァはかなりの長身だった。自然、身長175エイムのイクサは、彼を見上げる形になる。相手が戦場さながらの甲冑姿という事も相俟って、イクサの心に恐怖の影が差す。
――だが、ここで気圧される訳にはいかない。
イクサは、真っ直ぐラシーヴァの眼を見返すと、震える声で言い返す。
「……も、申し訳ございませんが、それは出来かねます。もし、弊社に対する不満などがあるのでしたら、責任者として、私が承らせて頂きます」
「だから、貴様はお呼びじゃないと言ってるだろうが! 客の要望に応えるのが店の仕事だろう! 四の五の言わずに、シーリカちゃんを連れてこ――」
「如何にお客様だとおっしゃっても、店として出来る事と出来かねる事がございます! こんなに殺気立った方々が待ち構えているところへ、弊社社員を一人で引き渡す事など出来るはずがありません!」
「……! あー、ムカつくなぁ、お前!」
ラシーヴァは、目を吊り上げると、手にした元素長剣の柄で、イクサの胸を鋭く突いた。堪らずイクサは足を縺れさせ、仰向けに地面へと倒れる。
痛みで胸を押さえ、激しく咳き込みながらも、鋭い視線をラシーヴァに向けるイクサ。
「……何だ貴様。その目はぁ!」
眦を吊り上げ、激昂したラシーヴァが、無防備なイクサの腹を踏みつける。固いブーツの踵が鳩尾に食い込み、イクサの表情が苦悶で歪む。
――だが、イクサの眼の光は衰えない。彼の眼の力に、ラシーヴァはたじろぎ、踏みつけていた脚をどかしてしまう。
イクサは腹を抱えながら立ち上がり、地面に鮮血が混じった唾を吐いた。そして、掠れた声でラシーヴァに問いかける。
「で……では……お伺いしますが……。ラシーヴァ様は……こちらがシーリカを引き渡したら……彼女をどうするつもり……なんですか?」
「ああ? ……そりゃあもちろん、一緒に酒を飲んでもらうだけだよ。ご覧の通り、色気の欠片も無い奴ばっかりだからね、オレの隊は」
そう言って、背後へ顎をしゃくるラシーヴァ。
「――だから、彩りが欲しいってだけだよ。……安心しな」
そう言うとラシーヴァは、ベロリと真っ赤な舌を出した。そして、ゆっくりと唇を舐めながら、そのニキビ面に嗜虐的な笑みを浮かべ、更に言葉を継ぐ。
「もし……シーリカちゃんが酔いつぶれちまったら、オレたち全員で、丹念に介抱してヤるからさ!」
「!」
ラシーヴァの言葉に、後ろを固める部下達の間から下品な笑い声が上がり、イクサの眼がくわっと見開かれる。
ラシーヴァの言葉の持つ、“言外の意味”を悟ったからだ。
「そ……そんな……事……」
「――あん?」
「――そんな事、許す訳無いだろうがッ!」
訝しげに聞き返すラシーヴァの胸倉を掴んだイクサは、怒りの形相で絶叫した。
が――、
「……貴様! 平民の分際で、近衛騎士のオレに掴みかかってるんじゃねえぞ!」
「ぐふっ――!」
ラシーヴァの膝蹴りが、イクサの胴体に打ち込まれる。固い金属の膝当てが、彼の腹にめり込み、イクサは身体をくの字に折って崩れ落ちた。
苦しげに腹を抱えて悶絶し、口から胃液を吐く。
ラシーヴァは、足元で苦しむイクサに唾を吐くと、ゆっくりと元素長刀を抜き放った。
「……はあ。もういいわ、お前」
元素長刀をユラリと振り上げるたラシーヴァは、サディスティックに嗤いながら言う。
「近衛騎士に対する数々の無礼な態度……ひいては、王国に対する不敬並びに反逆の罪により、ここで斬り捨ててやる。――無論、先日の件の無礼も含めて、このクソ忌々しい修理工房とやらも潰してやる。名目的にも物理的にもな。……あー、そうだ。あのクソジジイも、見つけ出して膾に刻んでやらないとなぁ……」
「……や……やめ……」
「安心しろ。お前がそこまでして守りたかったシーリカちゃんは、ちゃあんとオレが責任を持って引き取ってやるから――クックックッ」
「やめ……止めろ――ッ!」
「嫌だね」
ラシーヴァの身体に縋り付こうとするイクサの身体を、配下の騎士がふたりがかりで押さえつける。無理矢理イクサの胸を反らせ、ラシーヴァが元素長刀を大きく振りかぶる。
彼は、息を整えると、長刀を握る両手に力を籠める。
「……これより、国王陛下の御名において、近衛騎士ラシーヴァ・デスサスが、罪深き咎人への処刑を執行す――」
「お待ち下さい」
――その時、ラシーヴァの処刑執行の宣告を、凜とした女性の声が静かに、そして断固として遮った。
「! ――誰だッ!」
自分の所行に陶酔していたラシーヴァが、水を差されて憤怒の表情を浮かべ、激しい声で誰何する。
――一方、力無く項垂れていたイクサは、聞き間違いようのない声を聞くと、ユラリと頭を上げ、彼女の名前を無我夢中で叫んだ。
「ま――マイスさん……!」




