CASE2-15 「守らなきゃいけないのは、店じゃなくて従業員でしょう!」
近衛騎士ラシーヴァは、嘲り笑うように口の端を歪めながら、ダイサリィ・アームズ&アーマーの店内へ向かって、再び声を張り上げた。
「聞こえているかー、ダイサリィ・アームズ&アーマーの諸君? 次は、本気で扉をぶち破るぞ~! これ以上、店を壊されたくなければ、素直にシーリカちゃんを出せー!」
「……し、シーリカちゃんだって?」
ラシーヴァの声を耳にしたイクサとスマラクトは、お互いの顔を見合わせて目を丸くした。
「――聞こえたかー? シーリカちゃんを我々に引き渡せ~! でなければ、近衛騎士に対する数々の非礼の報いとして、この近衛騎士団随一の精鋭・ラシーヴァ隊が、総掛かりでこの店を更地に変えてやるぞ!」
ラシーヴァはそう叫ぶと、恫喝するように手元の元素武器の魔晶石を光らせる。目映い緑の光が、辺りの闇を切り裂くように迸った。
「な――何だ、この騒ぎは!」
バックヤードの扉が勢いよく開き、顔を青ざめさせたブリトヴァ経理部長とシーリカが、カウンターへ駆け込んでくる。
「い……イクサ主任! 何なのだ、これは? 一体、何が起こっている?」
ブリトヴァは、入り口の横に張り付いているイクサに、上ずった声で問うた。
イクサは一瞬口ごもったが、黙っていてもしょうがないと考え直し、正直にブリトヴァに説明する。
「……以前、シーリカちゃんに付きまとっていた男が、部下達を引き連れて騒いでいます」
「シーリカくんに付きまとっていた男? ……バスタラーズとかいう老人か? ――それとも……」
そこまで言うと、ブリトヴァは、ハッとした顔になって目を剥いた。
そんな経理部長に対し、イクサは青ざめた顔で小さく頷く。
「……そうです。もうひとりの方……近衛騎士を名乗っていたラシーヴァという男です」
「こ……こ……近衛騎士……!」
ブリトヴァの顔色が、青を通り越し、真っ白になった。
彼はくるりと振り返ると、両手を握りしめて固まっていたシーリカに向かって、厳かな声で言った。
「……という訳だ。行ってくれるな、シーリカくん」
「……え? ――あ、あの……ど……どういう意味……ですか? 経理部長……」
ブリトヴァの言葉の意味が一瞬解らず、キョトンとした顔をしたシーリカだったが、脳内で発言を咀嚼して、彼の言わんとした事を理解すると、途端にその顔を恐怖で引き攣らせる。
「ちょ――ちょっと待って下さい、経理部長っ!」
ショックで固まってしまったシーリカの代わりに、声を張り上げたのはイクサだった。
「そ――そんな事、絶対ダメですよ! シーリカちゃんを向こうに行かせるなんて……」
「しかし! あちらの言う事を聞かないと、この店が……! ボスから留守を任された以上、何としても守らねばならんのだ、この店を!」
「守らなきゃいけないのは、店じゃなくて従業員でしょう!」
激しい怒りを覚えながら、ブリトヴァの言葉を真っ向から否定するイクサ。
「もし、マイスさんがこの場に居たら、絶対にシーリカちゃんを向こうに渡そうだなんて言わないと思いますよ! ――もちろん、シーリカちゃんだけじゃない! 俺や……部長、たとえ貴方であっても!」
「……あ、あの~……それは、ワタクシでも、でしょうか? ……名前が挙げられてないん……ですケド……」
――緊迫した顔で睨みあうふたりに向かって、遠慮がちに投げかけられたスマラクトの声は、当然の様に無視される。
「そ……それはそうかもしれんが、何も、シーリカくんが危険に晒されると決まった訳でもないだろう! 先方は、単にシーリカくんと話をしたいだけかもしれんではないか?」
「恫喝代わりに、風属性斬撃をぶちかましてくる輩ですよ! そんなヤツが、話をしただけで解放してくれる訳ないでしょ! 貴方の考えは甘すぎます、部長!」
「君の考えは悲観的すぎる!」
食ってかかってくるイクサを一喝して、ブリトヴァは言葉を続ける。
「む――向こうは、歴とした近衛騎士なのだろう? 騎士の誇りとやらがあるからには、ひとりの女性相手に手荒な事はしないはずだろう。考えすぎだ、イクサ主任!」
「ですから! 騎士の誇りを持っている人は、そもそも不意打ちで人の店の玄関口を破壊しませ――」
「――もう、いいです!」
語気荒く捲し立てるイクサの声を遮ったのは、シーリカだった。
イクサはハッと我に返ると、彼の背後で微かに身を震わせている銀髪の少女の顔を見る。
「……し、シーリカちゃん……?」
「……もう、いいんです」
シーリカはそう言うと、イクサに向けてニコリと笑いかけた。――しかし、その青い瞳は、恐怖と諦念で潤んでいた。
「……大丈夫です、イクサ先輩。……部長の言う通り、あの方の要求通りにしないと、お店が無くなっちゃいますから……」
「で、でも……それじゃ!」
「……あたしは、大丈夫です。どんな事をされても……平気です……」
そう、気丈に言うシーリカだが、その言葉は震えていた。
イクサは、彼女の言葉に激しく頭を振る。
「ダメだ! それじゃダメなんだよ、シーリカちゃん! 店が無事でも、全然意味が無――」
「お~い! 返事がないようだが? まさか、このオレ、近衛騎士ラシーヴァ様の言う事が聞けないというのかなぁ? それは、近衛騎士団への反逆の意志と受け取って良いのだなぁ?」
「――こ、近衛騎士団への……は、反逆……!」
外から投げ掛けられた恫喝の声に、ブリトヴァの顔が引き攣る。
「――あと三十秒で答えを出さないと、打ち壊しを始めるぞ! さ~んじゅ~う……」
遂に、ラシーヴァがカウントダウンを始めた。その声には、明らかに嗜虐的な響きが含まれていた。
カウントダウンの声を聞いたブリトヴァは、慌てた様子でシーリカの背中を押す。
「し……シーリカくん! 絶対に大丈夫だから、ひとまず近衛騎士様の言う通りにしなさい! 店の為だ、頼む!」
「……はい……」
ブリトヴァに促され、シーリカは力無く俯きながら、店の扉へ向かってゆっくりと歩を進める。
と――、
「――スマラクトさん! シーリカちゃんを捕まえて!」
不意に、イクサが叫んだ。
「あ……は、はいぃっ! か、かしこまりであります!」
その声に合わせて、カウンターの下から反射的に飛び出したスマラクトが、シーリカの腕をしっかりと掴む。
それを見たブリトヴァは憤慨し、イクサを険しい口調で怒鳴りつけた。
「い――イクサ主任! 君は、一体何を考えて――」
「俺が出ます!」
ブリトヴァの言葉を中途で遮り、イクサは強い口調で叫んだ。
「俺が、先方と話をつけてきます。――ダイサリィ・アームズ&アーマーの責任者として!」




