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CASE2-14 「一体何が起こったんですかっ?」

 自称近衛騎士ラシーヴァと髭面男(姓名不詳)が、バスタラーズ老人によって撃退されてから数日が過ぎた。

 幸い、ラシーヴァ達は、あの日から一度も店に現れてはいない。イクサとシーリカは、ようやく人心地がついた気分で、仕事に集中する事ができていた。

 この日の営業も、恙(つつが)なく運び、間もなく閉店という夕暮れ時の時間帯――。


「イクサ先輩、そろそろ営業日報を締めちゃっていいですかね?」


 シーリカが、本日受け付けした修理カルテを纏めながら、イクサに尋ねる。

 イクサは「うーん、そうだなぁ……」と呟きながら、窓の外を見る。ガラス窓から覗く街の景色は、とっぷりと夜の帳が下りはじめ、青かった空はマーマレード色から濃紺色へ移り変わろうとしていた。

 次いで、イクサはカウンターの前に視線を移す。――当然ながら、誰も居なかった。

 イクサは、それを確認すると、シーリカの方へ向き直り、大きく頷いた。


「うん。もう、さすがにお客様は来なさそうだから、締めに入っていいよ」

「はい! 畏まりデス!」


 ……シーリカに言ったつもりだったのだが、元気よく答えたのは、カウンターにふんぞり返りながら大欠伸していたスマラクトだった。

 それまでのだらけっぷりが嘘のように、テキパキと片付けをはじめるスマラクトの様子に、思わず顔を見合わせて、呆れた表情を浮かべ合うイクサとシーリカ。


「ほら、おふたりとも! 手が止まっておりますぞ! ちゃっちゃと終わらせて、定時で上がりましょう~!」

「その行動力と手際の良さを、営業中に発揮してくれないかなぁ……」

「同感です……」


 ふたりは大きな溜息を吐くと、閉店作業に取りかかるのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「イクサ先輩~! お金も日報も締め終わったので、取締役室……じゃなくて、経理課のブリトヴァ経理部長のところに持っていきまーす!」


 シーリカが、金の入ったずっしりと重い袋の束と、日報の紙束を抱えて、イクサに向けて声をかけた。

 イクサは、その言葉に頷いて答える。


「うん! シーリカちゃん、お願い~!」


 背中越しにシーリカの気配を遠ざかっていくのを感じたイクサは、一息つくと、屈んでいた背を伸ばした。彼はバックヤードで、預かった修理品が傷つかないように麻布を巻き付けていたのだ。

 彼は、軽く腰を回しながら、ふと呟く。


「……マイスさんが出張に行って、もう十日か……」


 金髪紫眼の美しい上司は今、“アリエテルタの大戦槌”の修復作業の付き添いと新たな商談の為、白獅子城に逗留している。

 その間は、ブリトヴァ経理部長が彼女の仕事を代行しており、特に業務上の問題が発生しているという訳ではないのだが……、


「はあ……まだ時間がかかるのかなぁ……?」


 イクサは、消化不良のモヤモヤとした思いが、心のどこかで澱のように積もっているかのような重みを感じていた。

 ふと、彼は白獅子城の主であり、近衛騎士団総団長であるフリーヴォル伯爵の噂を思い出した。

 ――伯爵は、弱冠二十五歳で近衛騎士団のトップに君臨する、文武両道かつ眉目秀麗の偉丈夫。

 実は、物語の世界から抜け出してきた勇者か何かではないのかとまことしやかに囁かれる程、非の打ち所の無い男だという話だ。

 顔良し頭良し腕っ節良し金持ち城持ち地位持ち……しかも、未婚。

 ――自分と三歳ほどしか違わないのに、この違いは何なのだろう。もはや嫉妬とか羨望とかを感じないレベルの、圧倒的なスペックの差を感じてしまう。

 そして、そんな完璧超人たるフリーヴォル伯爵の元から一向に帰ってこないマイス……。


(ひょっとして、マイスさんは、伯爵と……)


 そんな推測が頭を掠め、イクサの心は小さく揺れる。

 ――だが、マイスと伯爵……。改めて考えてみれば、正に美男美女のお似合いのカップルだ。マイスは、イクサよりひとつ年上なので、今は二十三歳のはず。

 二十五歳と二十三歳――。


(……お似合いじゃないか)


 そう考えた途端に、また、胸の奥がチクリと傷む。

 無意識に胸を押さえたイクサは、ハッと我に返ると、慌ててかぶりを振った。


「さ……さーて! あとは、カウンター周りを片付けて、早く上がろう!」


 気鬱な気分を吹き飛ばそうと、殊更に声を張り上げて、自分の頬を張る。パァン! と乾いた音が、狭いバックヤードで反響した。


「よォーし! もうひと頑張り――」


 ドォォォンッ!


「うわッ――!」


 気を取り直して、カウンターへ続く扉のノブに手をかけた瞬間、凄まじい轟音が建物全体を大きく揺らした。パラパラと音を立てながら、天井から夥しい埃が降ってくる。


「な――何だっ?」


 泡を食ってカウンターへと飛び出すイクサ。

 先ず目に入ったのは、無数の亀裂が入った、入り口のオーク材の木扉。

 明かな異状を目の当たりにし、思わず呆然とするイクサだったが、すぐに気を取り直すと、キョロキョロと辺りを見回し、もうひとりの店員の姿を探す。


「ス――スマラクトさん! 何処ですかっ?」

「……しゅ、主任~! こここコッチですぅ~!」


 間抜けた震え声は、彼の足元から聞こえた。イクサが視線を下に落とすと、カウンターの中で背中を丸めた男のまだらハゲた頭が見える。

 かなり滑稽な絵面だった。

 だが、今のイクサには、それを面白がる余裕も無い。

 彼もカウンターの下へ屈み込むと、ブルブルと震えているスマラクトに問いかけた。


「ス……スマラクトさん! 一体何が起こったんですかっ?」


 問われたスマラクトは、ありありと当惑を浮かべた表情を浮かべながら、興奮した様子で捲し立てる。


「わ――分かりませぇん! 何だか外が騒がしくなったと思ったら、いきなり大きな音がして、扉にヒビが……!」

「――外?」


 彼は、スマラクトの話を受けて、顔を上げると、そろそろと中腰で壁伝いに忍び歩きをする。

 そして、木扉の横の横の壁にへばり付き、歪んでヒビの入った扉の隙間から外を覗き、何が起こっているのかを確かめようとした。

 外はすっかり夜闇に包まれ、判然としないが、店の前で数十人の人影が蠢いているのは判った。


「……何だ? あの集団は……?」


 イクサが訝しげに首を傾げた直後、集団の先頭に立つひとりの人影の手元が緑色に光った。

 イクサの目が驚愕で見開かれる。


(――あの反応光は……風の魔晶石の……!)


 次の瞬間、猛烈な衝撃が、店の木扉を再び襲う。

 丈夫なオーク材で作られた扉は、破砕こそ免れたものの、新たなヒビと亀裂が無数に入っていた。……恐らくもう一度、今のと同じ衝撃を受けたら、今度こそ保たないだろう。

 と、その時、


「あー、あー! 聞こえるかな? ダイサリィ・アームズ&アーマーの諸君!」


 先頭の人影が、大きな声で、店の中へと呼びかけ始めた。


「……最悪だ」


 その声を聞いた瞬間、イクサは顔を蒼白にして、ぎりぎりと唇を噛んだ。

 先程の、風の魔晶石を組み込んだ元素武器《エレメンタル・アームズ》の一撃が見舞われる直前、魔晶石が放った光で、サディスティックな嗤いを浮かべる顔がハッキリ見えたのだ。

 ――その顔は、忘れもしない。

 イクサは、搾り出すような声で、その名を呟いた。


「……ラシーヴァ!」

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