CASE2-2 「さっさとシーリカさんを出せぃ!」
「あ――ば、バスタラーズ……様」
イクサは、老人の顔を見た瞬間、ほんの少しだけ眉を顰めてしまった。――すかさず、老人の怒号が飛ぶ。
「なんじゃ若造! その顔はぁっ! ワシャ客だぞ!」
「あ――し、失礼しましたっ!」
正に雷が落ちたかのような老人の激しい叱責に、イクサは思わず身を竦める。
老人は顔を真っ赤にして、ブンブンと杖を振り回しながら怒鳴りつける。
「もういいわい! もういいから、さっさとシーリカさんを出せぃ!」
イクサは、チラリとバックヤードの扉を見た。シーリカは、正に今、休憩に行かせたところだ。ここは――。
「――バスタラーズ様、大変申し訳ございません。生憎とシーリカは今、席を外しておりまして……。宜しければ、私がご用件をお伺い――」
「ええい! 貴様なんぞに話す事はないわ! いいから、ごちゃごちゃ言わずにシーリカさんを連れてこんかい!」
イクサの声を途中で遮り、口から唾を飛ばしながら捲し立てるバスタラーズ老人。イクサは、こめかみの辺りがひくつくのを覚えながらも、顔面では柔らかな笑みを湛えて、深々と頭を下げる。
「――大変申し訳ございません。先程申し上げましたように、、シーリカは今……」
「だから! お前ごときと話す舌は持たんと言うておろうが! ワシャ、シーリカさんと話したいんじゃ! さっさと呼んでこい!」
語尾全てに「!」を付けながら、目を剥き出して「シーリカを呼べ」の一辺倒。イクサは、自分の堪忍袋の緒がブチブチと切れる音を聞いた。
彼は、殊更に慇懃な態度で、深々と頭を下げる。
「……大変申し訳ございません。では、シーリカが戻るまで、あちらの椅子に掛けてお待ち下さい。――大体、あと四十分くらいで戻ってく――」
「よんじゅっぷんんっ? 貴様、ワシに四十分も待ってろと言うのか? ワシを誰だと思っとるんじゃぁ!」
思わず『知らねーよ、クソジジイ!』と叫び返したくなる衝動を、何とか腹の中で噛み潰して、イクサは引き攣った笑顔で対応する。
「もちろん、バスタラーズ様の事は存じております。いつも、弊社をご利用頂きまして、有り難うございます」
――彼の言う事は間違いない。
バスタラーズ老人は、月に何回かの頻度でこの店に顔を出し、包丁や鍋などの修理を依頼してくる客の一人だ。もちろん、それだけならタダの上得意様なのだが、この老人の場合は少し違う。
まず、バスタラーズは、対応する担当に必ずシーリカを指名する。――まあ、それは分からないでもない。男だったら、同性であるイクサやスマラクトよりは、若く可愛らしいシーリカに対応して貰いたいというのは、ごく自然な欲求だろう。……正直、「いい加減枯れろ」と思わないでもないが。
バスタラーズは、一際そのこだわりが強いが、他にも同様の要求をしてくる客はいない事もないので、まあその程度の事であれば、然程の実害は無い。
――この老人の厄介なところは別にある。
それは、持ち込んできた修理品の受付も引き渡しも、それこそ10分程度で済む内容なのだが、バスタラーズはその用が済んでも一向に帰ろうとしないのだ。――寧ろ、彼にとっては、そこからが本番である。
彼は、根を生やしたようにカウンターの椅子に深く腰を下ろしたまま、三時間から四時間もの間、嫁の愚痴から近所の野良猫への怨嗟、近所の奥さんの非常識への慨嘆、果ては王国の施策に対する批判などなど……を蕩々と話し続けるのである。
当然、聞き手であるシーリカはその間、一切の仕事が出来ない。困ったように愛想笑いを浮かべながら、時折相槌を打つだけである。
一年目でありながら、その有能さから早くも受付カウンターのエース的存在になりつつあるシーリカが、何も出来ずに拘束され続ける――そのしわ寄せは、他の二人――主にイクサへといく。
――正直、キツい……。
という事で、修理に関しては、クレーマーのような無理難題は言わないし、金払いも悪くないのだが――『シーリカが長時間拘束される』という一点だけで、充分に彼は“迷惑な客”だったのだ。
……閑話休題。
「バスタラーズ様は、弊社にとって大切なお客様の一人でございます。ですが――、先程から申し上げておりますように、シーリカがこの場にいない状況でございますので、彼女が戻るまでお待ち頂くか、お急ぎでしたら、私が対応させて頂き――」
「じゃから! 貴様と話す事は無いッちゅうとんのじゃ! いいから、シーリカさんを連れてこんかいっ!」
……振り出しに戻る。
そして遂に、プッチーンと音を立てて、イクサの堪忍袋の緒がぶち切れた。
イクサは、血走らせた目を剥いて、深く息を吸い込む。目の前の頑固爺に、溜まりに溜まった憤懣をぶちまけてやろうと口を大きく開け――
「あ! バスタラーズ様! お待たせしましたっ!」
――ようとした寸前、彼の背後から上がった声に、イクサは気勢を削がれる。
思わず振り返ると、眼鏡をかけた小柄な銀髪の少女が、バックヤードの扉を開けて入ってきた。
「し、シーリカちゃん――!」
「おう、シーリカさん! なんじゃ、おるじゃないか! 出鱈目ばっかり言いおって、この若造めが!」
驚きで目を丸くするイクサと、パアッと顔を輝かせるバスタラーズ老人。
イクサは顎をしゃくって、シーリカに戻るよう指示するが、彼女は力無く微笑むと頭を振り、バスタラーズ老人に向かって深々とお辞儀をする。
「――いらっしゃいませ、バスタラーズ様。――本日は、どの様なご用件で……?」
「おう、そうじゃ! じつはのぉ、薪割り用の斧が刃毀れしてしまっての。刃研ぎと、ついでに持ち手の交換をして貰おうと思ってのぉ」
「かしこまりました。――では、こちらでお受付を……」
そう促され、先程までとは打って変わった上機嫌な表情で、素直に従うバスタラーズ老人の後ろ姿を見送るしかないイクサ。
彼の横を通り過ぎようとするシーリカの細い腕に触れて、イクサは声をかける。
「……シーリカちゃん、いいよ。俺がお客様の相手してるから、休憩に戻って。まだ、お昼食べてないだろ? 無理しないで……」
という彼の言葉に、シーリカは力無く微笑んで首を横に振った。
「……大丈夫です、イクサ先輩。いいダイエットですよ。――あとは任せて下さい」
「……」
彼女にそこまで言われてしまっては、止める術が無い。……心配そうな顔で彼女を見送るイクサ。
ふと、視線を移すと、バックヤードの扉の隙間から、スマラクトが顔を覗かせ、ドヤ顔でサムズアップしていた。
――イクサは察した。どうして、休憩に行ったはずのシーリカがカウンターに戻ってきたのかを。
「……」
彼は、ドヤ顔のスマラクトに、無性に腹が立った。




