CASE2-3 「修理業者として、お客様に対する際に必要な事って、何だと思う?」
「う~ん……、ちょっと難しい問題ねぇ」
その日の営業後、昼間に起こったバスタラーズ老人の件に関する報告をイクサから受けたマイスは、彼女にしては珍しく、困った顔で頬に手を当てた。
イクサは、憤懣やるかたないといった表情を浮かべながら捲し立てる。
「難しいって……。あの爺さんのせいで、コッチは大迷惑ですよ! シーリカちゃんがいなかったら、カウンターの効率がガタ落ちしてしまうってのに、延々とどうでもいい世間話を垂れ流して……。そのせいで、シーリカちゃんは昼休憩も取れてないっていうのに!」
結局……あの後、バスタラーズ老人はカウンターの一角とシーリカを占拠し続けた。例によって、持ち込んだ斧の修理受付は五分足らずで終了し、その後はずうっと、下らない話の独演会を開催していたのだった。
結局、スッキリした顔をした老人が店を辞したのは、午後五時の鐘が鳴った後……。
昼食抜きで彼の長話に付き合わされ続けたシーリカは、消耗してフラフラの状態だったが、「どうせ、あと一時間で閉店なので……休憩は要らないです!」と強情に言い張るので、半ば強引に引きずるようにして休憩室に放り込んだ。
「――あの爺さん、来る度にだんだん居座る時間が延びてるんですよね……。最初は一時間くらいだったのに……」
と、イクサは口を尖らせる。かくいうイクサ自身も、大分消耗していた。
何せ、シーリカがバスタラーズ老人に取られている間、彼女が処理するはずのカウンターの業務が、ほぼ全て彼の業務へと転嫁されたのだ(スマラクトのパフォーマンスに期待してはいけない)。――幸い、今日はたまたまいつも以下の客数だったので、どうにか凌ぎ切れたが、今後も同じように切り抜けていけるかは……分からない。
マイスは目を閉じて、彼の言葉にじっと耳を傾けていたが、その切れ長の目を開くと、机の向こうに立つイクサの顔をジロリと見た。
「……で、結局、イクサくんは何が言いたいのかしら?」
「……ぐ……えと……その――」
マイスの紫水晶のような輝きを放つ瞳に見据えられ、イクサは言葉を詰まらせる。
「ひょっとして、『迷惑だから、バスタラーズ様を出禁にしてくれ』とでも言うつもり?」
「い――いえ! そ、そこまでは!」
慌ててイクサは首を横に振る。
だが、その後、躊躇いがちな表情を浮かべて、小声で言葉を継いだ。
「……で、でも……仮にそうなった方が、こちらとしては有り難いというか……。シーリカちゃんがあの爺さんに対応する時間が浮けば、それだけカウンターの回転率も上げられますし……」
「はあ~……。責任者のクセに、全ッ然分かってないのね、キミ……」
「へ――?」
呆れた、と言わんばかりに大きな溜息を吐いて、ジト目で彼を睨むマイス。
イクサは、マイスの美貌に睨み据えられて思わずたじろいだが、必死に虚勢を張って言い返す。
「いや、マイスさん。そうは仰いますけど、あの爺さんが持ち込んでくるものって、割れた鍋とか、刃先が折れた包丁とか、今日の斧みたいに、修理金額が高くても三~四千エィン程度のものばっかりなんですよ! それで、ウチの主力を何時間も拘束されて……機会損失を考えたら……」
「――『そんな端金しか落とさないお爺さんなんか切り捨てて、もっとお金になる案件に力を注いだ方がいい』って言いたいの? 貴方……」
「ま、まあ……率直に言えば……」
たじろぎつつも頷くイクサに対して、マイスはその美しい眉を顰め、「頭が痛い……」と呟きながら、こめかみに指を当てた。
彼女はこめかみから指を離すと、デスクに両肘を立てて指を組み、その上に形の良い顎を乗せると、上目遣いにイクサの顔を見据えた。
「ねえ、イクサくん……確かにね。モノをお客様に提供するだけの、タダの商店だったら……ある意味では、そんな考え方もアリよ」
「……」
「……でもね、ウチは違うの」
マイスは、真剣な目で、諭すように言う。
「確かに、武器や防具の販売も行ってるけど、あくまで本業は、壊れた物をキチンと直してお客様にお返しする、修理業務の方なの。モノを売って終わりって訳じゃない――それは解る?」
「――はい。それはもちろん……」
イクサが頷くのを見て、マイスは少しだけ表情を和らげた。
「じゃあ……、修理業者として、お客様に対する際に必要な事って、何だと思う?」
「……ええと、それは――」
マイスからの問いに、イクサは目を宙に泳がせながら、必死で答えを考える。
「ええと……まず、ひとりひとりのお客様を大切にする事。……個々のお客様のご要望に対し、柔軟に考え、一番お客様の為になる事を提案し、実行する……でしょうか?」
「――うーん、60点」
マイスは、イクサの答えに対して小さく頭を振った。
「ろ……60点……ですか……」
「抽象的な答えとしては無難なんだけどね。それだけで満点あげられるほど、修理業務は単純でもカンタンでも無いわよ……って話」
マイスは、そう言って苦笑いを浮かべた。
「というか、イクサくんも、自分で言ってて『コレじゃないなぁ』って思ってたでしょ?」
「……実は……はい」
イクサは、心の中を見透かされて、驚きながら首を縦に振る。マイスは、「やっぱり」と言わんばかりに微笑むと、静かに話し始める。
「……私はね、イクサくん」
「はい……」
「――修理業務は、物のやり取りではなくて、心のやり取りなんだ――って思ってるわ」
「……『心のやり取り』……ですか――?」
「そう、心」
首を傾げるイクサに、ニコリと微笑みかけるマイス。
「修理金額の多寡じゃないのよ。――あ、勘違いしないでね。ウチもあくまで営利企業ではあるから、修理といえども利益を出さなければならない。どうしても出来ない事、対応できる限界点っていうのはあるからね――で、それを踏まえた上で大切なのは」
マイスはそう言うと、真剣な表情を浮かべる。
「私達ができる限り、お客様の気持ちに寄り添って、どうすればお客様が喜んでくれるのか――っていうのを、常に考えながら対応していく……そういう事なんじゃないかしら?」
「……はい」
「キミの話を聞いた限りだと、その、バスタラーズ様って方は、まだ全然お客様よ。修理に関して無理難題を言うわけでもないし、お支払いをゴネてる訳でも無い。ただ単に、シーリカちゃんの事がお気に入りで、キミたちの事が大っ嫌いってだけでしょ?」
「……大っ嫌いって……身も蓋もない。まあ――そうなんですけど……」
「――だったら、今のところは、お年寄りの我が儘だと思って、付き合ってあげるしかないわね……」
彼女は、溜息混じりに苦笑した。
「その、バスタラーズ様って方が、キチンとしたお客様である内は、ね……」
「いや! でも、それじゃ……シーリカちゃんの負担が……!」
マイスの言葉に、激しく言い返すイクサ。マイスは、彼の言葉に小さく頷いた。
「そうね。……だから、あの子に対しては、今後は私がフォローに入るわ」
「え――! ま、マイスさんが……ですか?」
「他に誰がいるのよ」
彼女はそう言って、悪戯っぽく微笑った。
「だって、キミは、バスタラーズ様から目の敵にされるレベルで嫌われてるんでしょ? ――スマラクトさんは……まあ、ね……」
「……まあ、はい……」
ふたりは顔を見合わせて、共に顔を引き攣らせる。
マイスは、気を取り直すようにコホンと咳払いをすると、言葉を継いだ。
「これから、バスタラーズ様がご来店されてシーリカちゃんがキツそうだったり、キミたちがお客様を捌ききれなくなった時には、遠慮なく取締役室に連絡をちょうだい。――もちろん、商談中だったり、外に出てる時もあるから、絶対に……とは言えないけど、私ができる限りサポートするわ」
そう言って、マイスはお茶目にウインクをしてみせた。
……イクサは、思わず目を潤ませながら、そんな彼女に対して深々と頭を下げる。
「――マイスさん……、いえ、ボス……。本当に、有り難うございます」
「ちょ……何を今更、畏まってるのよ。――と、当然じゃない!」
マイスは、イクサに心からの感謝の言葉を伝えられて、思わず紅くなった顔を隠すように前髪を弄りながら、ぶっきらぼうに言い放った。
「従業員を守るのが、トップの務めだから……ね!」




