CASE1-29 「さすがクニージア神殿随一の秘宝!」
それから、1時間後――。
急いで店仕舞いをし、連れ立って、祭の喧騒のただ中にある城下町へと繰り出したマイス達は、“秘刀ボルディ・クワルテ特別公開展”が開催されているクニージア神殿へとやって来たのだが……。
「……うへええ……マジか」
イクサは、思わずウンザリした声を上げた。
神殿の表門からズラ―ッと見物客の列が伸び、広大な神殿の外縁を半周していたからだ。いっそ壮観ですらある。
「前々から注目されていたみたいですけど……予想以上に人気ですね……」
シーリカも、顔を引き攣らせながら、辟易した顔で言う。
マイスは、その言葉に頷く。
「二百年振りの一般公開で、たった三日間しかチャンスが無いのですもの……一生に一度の機会、そりゃ殺到するわよね」
「……どうします? 一時間半待ちみたいですけど……観るの止めてもいいんじゃないですか、マイスさん?」
イクサは、行列の最後尾を指さしてオズオズと尋ねた。最後尾には、顔のまだ幼い神官が、『こちら最後尾 待ち時間・およそ1時間半』と書かれたプラカードを持って立っていた。
だが、マイスは険しい顔で頭を振った。
「いえ、並びましょう。折角ここまで来たんですもの……というか、ここで引き返したら、何か負けた気がしてイヤ」
「いや、負けた気がするとか、そういう次元の…………ハァ……」
イクサは、何とか彼女の翻意を促そうとしたが、マイスの顔を見て、すぐに諦めた。こんな表情を見せた時の、彼の上司の意固地っぷりは筋金入りだ。
「でも、並んで待つって言うのも、こういう特別イベントの醍醐味ですよ! この待ち時間も含めて、特別展です!」
シーリカが、ニコニコ笑いながら言う。彼女が屈託の無い笑顔で、そう言うのを目の当たりにすると、(うーん、そういうものなのかな……)と思えてしまうのは不思議だ。
やれやれと天を仰いで観念したイクサは、マイスとシーリカの後に続いて列の最後尾に並ぶ。
――と、
「おや? おやおやおや! これは、主任にボスに……シーリカ君まで! こんな所で、奇遇ですなあ!」
「へ――?」
背中越しにいきなり声をかけられて、イクサは驚いて振り返る。目の前に、脂ぎったマダラ禿頭が間近にあって、彼は思わず仰け反った。
「す――スマラクトさん? な……何で?」
「何でとは――もちろん、“ボルディ・クワルテ”の美しい姿を観に来たのであります! 今日はこの為に、わざわざ有休を頂きましたのですヨ!」
スマラクトはそう言うと、脂ぎった顔に濃厚な笑顔を浮かべて、尚もグイグイ近付いてくる。
「いや、近い近い近い!」
「……でも、1日有休を取った割りには、観覧に来るの遅くないですか、スマ先輩?」
シーリカが首を傾げて尋ねる。スマラクトは、彼女の問いを鼻で笑って、胸を張った――もっとも、突き出たのは腹の方だったが。
「いやいや、今日の朝一番から何度も並び直しながら、観直しているのですよ! 今日はこれで……七周り目ですナ! アハハ」
「な――七周り目ェ? ホントですか、スマラクトさん……?」
イクサは、驚愕して目を剥いた。
「ハッハッハッ! 正に眼福ですぞ! キメ細やかな金象嵌に、光り輝くブレード! ……しかし、何より一番見事なのは、鍔に輝く真っ青な魔晶石……あれ程大きく鮮やかな物は、ついぞ見た事がございません! いやー、さすがクニージア神殿随一の秘宝!」
うっとりとした顔で捲し上げるスマラクトを前に、思わず顔を見合わせるシーリカとイクサ。ふたりは顔を寄せて、ヒソヒソと囁き合う。
「……あれ? この人……もしかして、この前の騒動のダガーがアレだって事、知らないの……?」
「……そういえば、スマ先輩、最初に応対した後は、あの件には完全ノータッチでした。――というか」
シーリカは、声を潜めて言葉を継ぐ。
「もしかしたら、スマ先輩の頭の中では、あの件自体がすっかり記憶から消えちゃってるのかもしれませんよ……」
「まさかぁ……さすがにそういう事は……」
イクサは、シーリカの言葉を一笑に付そうとして……
「……あるかもしれない……」
白々しい薄ら笑いを浮かべるマイスを前に、大袈裟な馬鹿笑いをしているスマラクトの脳天気な顔を見て、イクサは引き攣った笑いを浮かべた……。
一方、スマラクトの饒舌はとどまる所を知らない。
「いやー! というか、上がった後に皆さんが勢揃いするのは珍しい……いや、初めての事ではないですかな! せっかくですから、七周目は皆さんと見て回りましょうかな!」
「……!」
「え……ええ……と……」
スマラクトの言葉を聞いて、マイスとシーリカの顔が露骨に曇った。
――もちろん、それに気付いたのはイクサひとり。スマラクトは全く気付いていないので、空気も読まない。
「どれ、では、並んでいる間に、ワタクシが皆様に、ボルディ・クワルデの薀蓄をご披露致しましょう! とは言っても、殆どがパンフレットの受け売りでございますがな、ハッハッハッ!」
「……え、えーと……いやぁ、それは――」
辟易しながら、イクサが脳内で、断りの言葉を探している時、
「……あ――! そうだっ!」
マイスが、突然大きな声を上げた。そして、傍らのシーリカの肩を叩きながら言う。
「シーリカちゃん! そういえば、まだ、オクトル焼きの露店に行ってないじゃない! 私、お腹空いてきちゃったわ!」
「――! あ、そ……そうですよね! 忘れちゃってましたね!」
シーリカも、マイスの言葉に対して大袈裟に頷く。
ふたりは、目配せを交わすと、イクサの方に向き直って口を開いた。
「――という事で、私たちは、これからオクトル焼きを食べてくるね! そういう訳で、イクサくん、列待ちヨロシクゥッ!」
「へ……え、えええぇ〜?」
いきなりの言葉に、イクサは口をあんぐり開けて、鯉のようにパクパクさせる。
「じゃ! シーリカちゃん、お店閉まっちゃうから急ぎましょっ!」
「は――はいっ! ……イクサ先輩、ゴメンなさいッ!」
そう言い捨てると、ふたりは一目散に逃げ……離れていった。
「ちょっ……待って――」
「ンフフフ……主任〜、仕方ありませんな。なあに、1時間半程度、ワタクシのういっととゆーもあに溢れた薀蓄話であっという間に時は過ぎますぞ~! ンフフフフ♪」
「――い」
スマラクトの満面の笑みに、イクサの皮膚は忽ち泡立つ。
彼は、どんどんと小さくなる二人の姿に向かって、届かぬ腕を伸ばして絶叫するのだった。
「いやあああッ! 置いてかないでぇ! シーリカちゃん……マイスさぁぁんッッ~!」