CASE1-30 「ほへははいほうふほ」
「凄かったなぁ……」
未だ祭の喧騒が止まないハルマイラの城下町。その一角に出店している露店前のテーブルに肘を乗せて、イクサはうっとりとした顔で先程の光景を思い返していた。
――クニージア神殿の聖壇に鎮座していた、一振りのエレメンタル・ダガーの姿を。
「いやあ……改めてきちんと見てみたら、凄かったですね……。三日前に見た時よりも……何というか、オーラっていうか、圧っていうか……聖壇に祭られてたからですかね……とにかく、凄かった」
「……イクサ先輩、結局『凄かった』しか言ってませんよ」
シーリカが、クスクス笑いながら、イクサにツッコむ。
「ほいほふふぁひんほんはほほへえ」
「……いや、何言ってるか分からないッス、マイスさん。つか、子供ですか!」
口いっぱいにオクトル焼きを詰め込みながら話すマイスの顔を、ジト目で見るイクサ。
「でも、確かに『凄い』しか感想が出てきませんね。美しいとか神々しいとか、そういうのを全部含んでの『凄い』ですけど……。いやー、二時間以上も並んだ甲斐がありましたねぇ!」
「……いや、それは俺のセリフだから!キミたちは、俺達の番になる直前まで露店巡りしてて、さんざん祭を満喫してたよね。……ていうか、それ、もう何皿目だよ?」
「……五皿目……デス」
「いや、食べ過ぎでしょ!」
「だって、しょうがないじゃないですかぁ。『美味しいものは別腹』って言うじゃないですか?」
「言わないよ! それを言うなら『甘いもの』でしょうが……」
そうぼやきながら、自分も皿に載ったオクトル焼きをひとつ串で刺して口に運ぶ。ハフハフ言いながら、ゆっくりと口の中で冷まし、咀嚼する。
「まあ……確かに美味いけどさ……」
イクサはそう呟いて、もう一つオクトル焼きを串に刺しながら、先程観た秘刀の姿を思い返す。
傍らに並んでいたスマラクトから秘刀ボルディ・クワルテに関する蘊蓄話を延々と聞かされ続け、精神力と忍耐力をゴリゴリに削られながら二時間以上も耐えた末に、ようやくありついた“ボルディ・クワルテ”特別展の実質鑑賞時間は、たったの三分ほどだった。
しかし、それでも充分に満足できるほど、聖壇の上に飾り付けられ、数百本の蝋燭の光で照らし出された聖なるエレメンタル・ダガーの姿は、美しく、冒しがたい荘厳さを湛えていた。
「……あんな厳かで凄い宝物の修復を、俺たちが請け負ったんですよね……」
「――ですね」
シーリカも、手にしたフォークを置いて、ニコリと微笑む。
「最初に持ち込まれたものを見た時は、本当にどうなるのかと思いましたけど……。ああやってキレイになって飾り立てられてるのを見たら、やって良かったなぁっていう思いしかありませんね」
シーリカの言葉に、イクサは頷く。
「納期がニ週間しか無かったり、魔晶石がダメになってたり……問題だらけだったけど、何とかなって、本当に良かったなぁ」
「ま、どこかの誰かさんが、上司に相談もしないで、ひとりで処理しようとしたりしたおかげで、結構ギリギリだったけどねえ」
「……う」
マイスの辛辣な言葉に、イクサは喉から変な声を出した。
「ま、マイスさん! イクサ先輩だって頑張ってたんですから、そういう言い方――」
「いや、いいんだ、シーリカちゃん。本当の事だからさ……」
マイスの言葉に血相を変えるシーリカを制して、イクサは微笑んでみせた。
それを見たマイスも、ふっと表情を和らげる。
「――なんてね。今回は、イクサくんも色々頑張ってくれたわ。マイハラス出張とか、『フレルナキケン3号』の実践テストの時とかね」
「あははは……」
イクサはあの背筋が凍る思いをした夜の事を思い出し、全身から冷や汗を流しながら引き攣り笑いを浮かべた。
――だが、その顔がつと曇る。
「あ、でも……結局、ボルディ・クワルテの修理金額を値引きしちゃったじゃないですか? あれは大丈夫なんですか?」
「――あー、あれねぇ」
「最終的には、向こうの見積限度額の500万エィンまで下げちゃったんですよね……?」
シーリカも、その事を思い出して眉を曇らせる。
マイスはニッコリと微笑むと、またひとつオクトル焼きを口に放り込んで言った。
「ほへははいほうふほ」
「……いや、だから、口の中に食べ物入れて喋らないで下さいよ」
呆れ顔を浮かべたイクサの指摘に、ぶうたれた表情になったマイスは、口の中のオクトル焼きを水で流し込むと、再び口を開いた。
「……それは大丈夫よ。それに見合う"対価"はちゃあんと回収できる見込みだから」
「……対価……ですか?」
シーリカが、訝しげな表情を浮かべながら首を傾げる。
マイスは、そんな彼女に小さく頷きかけると、更に言葉を続けた。
「それは、魔晶石を手に入れる際に獲得できた、半人族とのコネクションね。つまり、今後は半人族に商品を卸して、その代価として、森や迷宮遺跡で回収したレアな部材やアイテムを提供して貰えるって事。武器防具修理工房としては、喉から手が欲しい素材が、格段に入手しやすくなるわ」
「それは確かに……」
イクサは、マイスの言葉に感心したように唸った。
マイスは、白魚の様な人差し指を立てる。
「まず、それが一つ」
「まずって事は、まだあるんですか?」
彼女の立てた指先をまじまじと見つめ、目を丸くするシーリカに、マイスは優しく微笑みかけると、今度は中指を伸ばした。
「――もうひとつは、今回の“ボルディ・クワルテ”の修理を、我が『ダイサリィ・アームズ&アーマー』が手掛けたという事実を、王族や貴族・騎士階級の方々へ向けて積極的に言い広めて貰うよう、デロワイヤル神官長にお願いしたの」
「あ――! なるほど!」
「……要するに、クニージア神殿にウチの広告宣伝をして貰ったって事ですか!」
「ま、ね♪」
マイスは得意そうな顔をして、えへんと言いたげに胸を張った。
「で、ウチの武具修復の確かさは、今回の特別展示を見に来たみんなの口から勝手に広がるでしょ? ――もう、噂が噂を呼んじゃって、数日中には受付に依頼が殺到して、カウンター受付は大変な事になっちゃうかもよ!」
イクサとシーリカは顔を見合わせて、嬉しいようなウンザリするような、複雑な表情を浮かべた。
マイスは、目聡くふたりの表情を見咎める。
「ちょっと、ふたりとも! 何、嫌そうな顔をしてるのよ〜!」
「あ、いや……そうではなくて……」
イクサは慌てて、手をブンブンと振る。
「……また、スマラクトさんがやらかさないかなぁ……って、少し心配に……」
「――あたしも」
「…………確かに」
三人は、この場に居ない(現在、八周目の観覧の為、神殿の行列に並び中)中年男の脂ぎった顔を思い浮かべて、揃って頭を抱えた。
「で――でも!」
イクサは、沈鬱した気分を奮い立たせようと、敢えて明るく声を上げて言った。
「――そ、そう考えれば、確かに値引き分250万エィンくらいの損失は、すぐに回収できそうですね!」
「でしょ? 損失を取り返すどころか、何倍もプラスに転化できるに違いないわよ。ほら、言うでしょ? 『ピンチはチャンス』だってね」
「うわぁ……さすがマイスさんです。まるで、敏腕経営者みたいですね!」
「何よ、シーリカちゃん。敏腕経営者みたいって! 私は正真正銘の超敏腕経営者ですっ!」
シーリカの言葉に、ブゥと頬を膨らませるかもマイスだったが、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
「――この前、イクサくんにも言ったでしょ?」
マイスはまたひとつ、オクトル焼きを口に放り込んで、言葉を継いだ。
「ふぁいふぁっへ、はひほおふぁへはへははいほほ♪」
「……いや、だから何言ってるのか分かりませんってぇ!」
――祭で賑わうハルマイラの夜は更けゆく。
イクサの渾身のツッコミは、散りばめられた宝石の様な星々で覆い尽くされた満天の夜空へと吸い込まれていったのだった。
【イラスト・トド様】
この回で、CASE1は完結です。
お付き合いいただきまして、本当にありがとうございます!
次回から、CASE2が始まります。どうぞご期待下さいませ!




