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CASE1-27 「結構ですよ。訴えても」

 「出鱈目……? どの辺りがでしょうか?」


 ジョン・ドゥの恫喝にも、マイスは怯んだ様子も無く、柔らかな微笑みを浮かべてみせた。


「今一度、請求書の明細をお確かめ下さいませ。ホーリーコーティング、魔晶石適合処理……そういった各種工賃に加えて、原材料費も含めた上での価格でございます。――弊社は“明朗会計”をウリにしております。出鱈目だと誹(そし)られる覚えはございませんわ」

「そ――そんな細かい事を言っているのではない!」


 マイスの人を食ったような言葉に、ジョン・ドゥは更に怒りを募らせ、ソファから腰を浮かせ、机越しに顔を近づけて彼女を睨みつける。


「わ……儂は、最初に、これを修理に出した時に『500万エィンまでなら言い値で出す』と言ったのだ! なな……750万など……そんな値段で修理しろとは言っておらん!」

「ええ。確かに仰る通りでございますわ。修理見積金額500万エィンと――確かに受付担当は伺っておりましたね」

「だ――だろう?」


 マイスの言葉に、ジョン・ドゥはそれ見ろと言わんばかりに胸を張るが、マイスの表情に変わらぬ微笑が浮かんでいるのを見て、次第に不安げな表情へと変わる。


「あの! ……お、恐れ入りますが、ジョン・ドゥ様――」


 ここで口を開いたのは、マイスの後ろに控えるシーリカだった。彼女は、キッと顔を引き締めると、一気に捲し立てる。


「あたしたちも、見積限度額を超える修理金額になる事は早い段階で承知しておりましたので、一刻も早くお客様へお伝えしなければ――と思ったのですが……。何せ、お伝え頂いていた住所と――そのお名前が偽りのものでしたので、直接のご連絡が出来ませんでした!」

「……あ」


 シーリカの強い口調の言葉に、ジョン・ドゥの顔色が変わった。


「揚げ足を取るな、この小むす――!」

「――納期の関係もございましたので、ひとまず修理の完了を優先して作業を行った――というのが、今回の経緯です!」


 歯を剥き出してシーリカを怒鳴りつけようとしたジョン・ドゥの言葉に被せて、イクサが言葉を継いだ。彼の敵意を、シーリカから自分へと向ける為に。

 ジョン・ドゥは、ギロリとフードの奥の目をギラつかせてイクサを睨む。


「何が経緯だ、この小僧が! そもそも! 受付の時に、キチンと依頼人(わし)の情報を確認しなかった貴様たちの落ち度だろう! こ(・)ち(・)ら(・)の(・)無(・)知(・)につけ込んで、勝手に修理を進めて法外な値段をふっかけようなどと……。貴様たちのしている事は、詐欺同然では無いか! 儂は出(・)る(・)と(・)こ(・)ろ(・)に(・)出(・)て(・)も(・)良(・)い(・)の(・)だ(・)ぞ(・)! そうなれば、こんな小さな店、キレイに吹っ飛ぶぞ? それでもいいのか!」


 ジョン・ドゥは、勝ち誇った顔で吠え猛る。イクサとシーリカは『訴える』という一言に青ざめ、唇を噛んで押し黙った。


 シ……ン


 暫しの間、特別応接室は痛い程の静寂に包まれる。

 ――が、

 その静寂は、クスクスという忍び笑いで破られた。


「うふふ……結構ですよ。訴えても」

「な……な……」


 忍び笑いの主は、マイスだった。彼女は、口元に手を当てて笑いを抑えながら、目を細めて言った。


「――でも、宜しいのですか? 訴えて困るのは、寧(・)ろ(・)そ(・)ち(・)ら(・)の(・)方(・)でしょう? ジョン・ドゥ様――いえ」


  マイスは、そこで一拍置くと、ぷっくりとした蠱惑的な唇を動かす。


「――クニージア神殿神官長、デロワイヤル・メスキーア様」


 それを聞いた瞬間の、ジョン・ドゥの豹変ぶりは、劇的だった。

 彼は、雷に打たれたかのように身体を震わせ、ソファの上へ崩れ落ちた。茫然と天井を見上げた彼の頭から、被っていたフードがずり落ちる。

 薄い白髪の、初老の男の顔が露わになった。


「……な、何故……? 何故――?」


 ジョン・ドゥ……もとい、デロワイヤル・メスキーアは、譫言(うわごと)のように、そう繰り返す。

 そんな彼にマイスは、その美しい顔に酷薄な薄笑みを浮かべて……ローテーブルの上に置かれたエレメンタル・ダガーの鞘を、その美しい指で優しく撫でながら言う。


「このエレメンタル・ダガー……正式な名前は、『ボルディ・クワルテ』ですよね? クニージア神殿に安置されているはずの、門外不出の“秘刀”……」

「な……何で、分かる……?」


 ズバリ言い当てられて、デロワイヤルの目が驚愕で大きく見開かれる。彼女は、彼の言葉には答えず、ニコリと微笑んで言葉を続ける。


「――確か、三日後のユウソウリ祭初日に、『ボルディ・クワルテ』の特別公開があるんですよね? ――二百年振りの一般公開だとか」

「あ――確かに! スマ先輩がそれを見る為に、わざわざ有給取ってましたよ! 『万が一見逃したら、聖遺物マニアとして、死んでも死にきれません!』とか言ってました!」


 シーリカが、ポンと手を打った。それを聞いたイクサは、意外そうな顔をした。


「……せ、聖遺物マニア……? つうか、あの人、そんな趣味があったのか……」

「ちょっと、あなたたち……。今、一応クライマックスなんだから、話の腰を折らないでよ……」


 マイスが、渋い顔をして振り返る。ふたりは、「すみませんでした……」と頭を下げる。

 彼女は、場の空気を戻すようにコホンと咳払いをすると、話を続けた。


「――神官長である貴方は、一般公開前に“ボルディ・クワルテ”の状態をチェックしようと、安置されていた聖廟を開けました。そこで目にしたのは――保管が杜撰で、目も当てられない状態になっていた秘刀の姿でした」

「……知らぬ内に聖廟内に汚水が溜まり、その中に浸かっておった。二百年の間、徐々に刀身の腐食が進んでいた……らしい……」

「……でしょうね。でなければ、さすがにあそこまで酷い状態にはならないでしょうねえ……」


 デロワイヤルの力無い言葉に、マイスは小さく頷く。


「で――、貴方は焦ったわけです。神官長として、神殿の宝を台無しにしてしまった責任を取らされる……と」


 マイスはそう言うと、ハァと溜息を吐いて言葉を継いだ。


「――そこが間違いです。貴方は責任者として、ありのままを正直に神殿長様に報告して、対応策の指示を受けるべきでした。ホウ・レン・ソウって、ご存知ないですか?」

「う……」


 マイスの言葉に、地味にダメージを受けるイクサ。先日、同じ事を言われた身としては、彼女の言葉は耳に痛い……。


(……というか、この人、二週間前の俺と同じ状況だったんだな……)


 同時に、目の前でソファに沈み込んで俯くデロワイヤルに、妙な同情を覚えた。……あの時、マイスにバレなければ、自分も彼と同じような苦境に追い込まれていたかもしれなかったのだ。

 イクサは、ホッと胸を撫で下ろした。

 そんな彼の心中をよそに、マイスは蕩々と話を続ける。


「――そしてお客様は、ひとりで勝手に思い詰めた上で、考えついたのです。『上にバレる前に、ボルディ・クワルテを修理してしまおう』と」

「……」

「そしてお客様は、このエレメンタル・ダガーが“ボルディ・クワルテ”だという事は伏せて、修理業者に見積依頼を出しました。――城下最大手の『アナークス・RW』に」

「……ぐ」

「ですが、アナークスでは、約850万エィンの修理見積金額を提示され、その場でキャンセルされてますわね。『高すぎる』と、いたくご立腹だったとか。……まあ、当然ですわ。何せ、魔晶石交換が絡む修理ですから。アナークス・RWの見積は至極妥当です」

「……」

「――で、その次に持ち込んだのが、弊社だったと。……名前と住所を偽って、ね」


 そこまで言うと、彼女はティーカップを持ち、紅茶を一啜りする。

 そして、ティーカップをソーサーの上に置くと、話を続ける。


「――その時点で、お客様の仰っていた『こちらの無知につけ込んで』という言葉は無意味になりますよね。何故なら、貴方は既に、このエレメンタル・ダガー……“ボルディ・クワルテ”の修理に、通常なら850万前後の金額がかかってしまう事をご存知だった訳ですから」

「……」

「貴方は、それを承知の上で、閉店間際の時間帯に当店を訪れ、担当者を急かし、修理品の状態の事前確認も碌にさせない内に、半ば強引に受付を進めさせたのですよね。――事細かにダガーの状態を調べられたら、すぐに500万エィンという金額では到底出来ない修理だとバレてしまいますからね」


 デロワイヤルは顔を伏せて、マイスの言葉に対して沈黙を保っている。

 マイスは、彼の様子は気にも留めずに、言葉を続ける。


「――もちろん、すぐに500万エィンでは済まないと気付かれて、弊社から断りや確認の連絡が入る事は確実です。なので貴方は、架空の住所と偽名で、こちらからの連絡を一切不可能にするという小(・)細(・)工(・)を仕組んだのです」

「……そ、そういう事だったのか……」


 マイスの言葉に、イクサは腑に落ちたという顔で小さく呟いた。

 シーリカも小さく頷いた。


「――で、本日の修理品受け取りの際に、『限度額を伝えたのに!』とごね、更に『然るべき所に訴える』と、強圧的にこちらを脅して差額をまけさせるか、あわよくば、クレーム対応での無償修理対応を狙おうとしたのでしょうが……当てが外れて残念でしたわね」


 マイスはそこまで言うと、テーブルの上の請求書をズイッとデロワイヤルの方へと差し出し、皮肉たっぷりにニッコリと微笑んだ。


「さて――観(・)念(・)して頂けたのなら……どうぞ、こちらの請求書にサインをお願い致しますわ」

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