CASE1-26 「こちらが、今回の請求書になります」
ジョン・ドゥは、マイスの先導を受けて、廊下の奥の『特別応接室』と書かれたプレートがかかった部屋へと通された。
気品を感じさせる調度品が配置された部屋の中央には、スプリングが効いた大きなソファと大理石製のローテーブルがあり、ローテーブルの上には真っ赤なビロードのクロスが掛けられた何かが置いてある。
「ジョン・ドゥ様、こちらにどうぞ」
マイスはニコリと微笑んで、彼にソファへかけるよう促した。
言われるままに、深々とソファへと腰掛けるジョン・ドゥ。マイスは、「失礼致します」と断りを入れてから、向かいのソファに座り、改めて深々と頭を下げる。
「……ジョン・ドゥ様、改めて御礼申し上げます。この度は、当店に修理のご依頼を――」
「し、失礼しますっ!」
彼女の言葉を遮るように、不躾にドアが開いた。
ドアの向こうで立っていたのは、息を切らせたイクサと、ティーセットを載せた銀盆を持ったシーリカだった。
マイスは、ジロリとイクサを睨みつけ、たちまちイクサの顔色は青くなる。
「……イクサくん。ノックくらいしなさいな」
「あ……し、失礼しました!」
彼女の言葉にハッとして、オモチャの水飲み鳥の様に、腰を90度折って、勢いよく頭を下げるイクサ。マイスも、ジョン・ドゥに向かって軽く頭を下げて言った。
「……ジョン・ドゥ様、失礼いたしました。彼は、弊社のカウンター責任者、イクサ・ストラウストでございますわ。私共々お見知りおきを……」
「……」
マイスの言葉に、やや気圧された様子でこくりと頷くジョン・ドゥ。その間に、膝立ちしたシーリカが、ふたりの前にティーカップを並べ、ポットを傾けて紅茶を注ぐ。
マイスはシーリカに「ありがとう」と微笑みかけ、ティーカップを持ち上げた。優雅な所作で紅茶を一口啜り、ほう……と息を吐いた後、その口を開いた。
「では、改めまして……。この度は、弊社に修理のご依頼を頂きまして、誠に有難うございます」
そう言って、姿勢を正してお辞儀をする。後ろに控えたイクサとシーリカも、上司に倣って頭を下げた。
「――さて、では、早速本題に入りましょう」
マイスは頭を上げると、テーブルの上に載ったビロードのクロスの端を、その白魚のような美しい指で抓んだ。
「こちらが――お客様からご依頼頂きました、エレメンタル・ダガーでございます。どうぞ、お検め下さいませ」
そう言うと、サッとクロスを引っ張り上げる。――そして、クロスに覆われていたそれが露わになった。
「…………おお」
それまで沈黙を貫いていたジョン・ドゥが、思わず感嘆の声を上げる。
――そこには、まるで新品の美術品かと見紛う程の、美しい一振りのダガーがあったのだ。
マイスは、白手袋を嵌めると、慎重にテーブルの上のエレメンタル・ダガーを持ち上げ、ジョン・ドゥに向かって見せる。
「――修理前、全面に劣化が進んでいた鞘と柄の金象眼の装飾を、細心の注意を払って修復し、その上で徹底的に磨き上げました。――結果はご覧の通り……」
「……見事だ」
ジョン・ドゥは、キラキラと目映いばかりの光沢を放つ金象眼に感服の声を上げ、その精緻極まる装飾の美しさに目を奪われた。
「……次いで、刃毀れと錆にまみれた上、歪みまであった状態の刀身の方ですが」
マイスはそう言いながら、鞘からダガーを抜き放つ。
「――うおっ、眩しッ!」
と叫んで、ジョン・ドゥは思わず手で目を覆った。刀身の放つ鋭い光が、彼の目を打ったからだ。
少しして、目の痛みが和らいだジョン・ドゥは薄く目を開けた。
次の瞬間、彼の目が驚愕で大きく見開かれる。
マイスの胸の前に掲げられたエレメント・ダガーの刃は、肉感的とすら言える絶妙なカーブを描き、照明の光をギラギラと反射して、一片の曇りも無い目映い光を放っていた。
修理前には至る箇所に入っていた亀裂も錆も、全てキレイに無くなっている。
「――我が工房が誇る熟達した職人によって、歪んだ刀身の整形、発生していた亀裂と錆の徹底的な除去、そして刃の研磨を実施致しました。その上でホーリーコーティングを施しまして、対屍霊属性を著しく向上させる事に成功致しました。――もちろん、切れ味自体も上がってますわ。鉄製のプレートメイルくらいなら、容易く断ち切れます」
マイスはそう言うと、ダガーを煌めかせて軽く一振りしてみた。
「――宜しければ、試し切りでもなさいますか?」
「――あ、いや……結構……」
彼女の提案に、慌てた様子で首を横に振るジョン・ドゥ。マイスは、その言葉に少しだけガッカリした表情を見せたが、直ぐに気を取り直す。
そして、
「さて――、こちらが魔晶石です」
と、艶やかな微笑みを浮かべ、鍔に嵌め込まれた蒼い石を指さした。
「元々嵌め込まれていた魔晶石は核まで損傷していて、修復不能の状態でした。――ジョン・ドゥ様も、もちろんご存知の事かと思いますが」
「…………」
彼女の言葉に対するジョン・ドゥの沈黙が、何より雄弁な答えだった。
マイスは、先方に聞こえないくらいの密やかな溜息を吐くと、営業スマイルを湛えながら言葉を続ける。
「その為、やむなく弊社の独自のルートを駆使して、同じ大きさの水属性の魔晶石を取り寄せ、適合調整を行いました。――正直、この作業が一番大変でしたわ。大分苦労しましたが、何とか、本日の未明に適合させる事に成功いたしました」
そこで、マイスは一旦言葉を切り、右手に持ったエレメンタル・ダガーの魔晶石に左手を翳した。
――数瞬後、キ――ンという甲高い音を立てた魔晶石が蒼く輝き、その刀身から夥しい水が噴き出す。
そして彼女は、刀身を芯にして、忽ちの内に形成された水の長刃を掲げてみせながら、ニッコリと笑った。
「――ご覧の通り、稼働もバッチリですわ。……もしご希望でしたら、この場で実践テストも行いますが……?」
マイスはそう言って小首を傾げてみせるが、ジョン・ドゥは、再び無言で頭を振る。
また、マイスはつまらなそうな表情を浮かべたが、黙って水刃を解除して、水気を拭き取ってから、刀身を鞘に収めた。
そして、静かに白手袋を外すと、ソファに座り直し、小首を傾げて、正対するジョン・ドゥに伺いを立てる。
「――私からの、修理完了のご案内は以上になりますが……、何かご不明な点はございますでしょうか?」
彼女の問いかけに対し、ジョン・ドゥは首を横に振り、上機嫌な様子で答えた。
「……いや、問題ない。実に素晴らしい出来だ。正直、不安半分だったが――この修理工場に依頼して良かったよ」
「有難うございます、ジョン・ドゥ様」
マイスは、彼の言葉に、心の底からの笑みを浮かべた。
そして、背後のイクサに目配せをしてから、言葉を継いだ。
「――では、恐れ入りますが、お会計へと移らせて頂きますわ」
「あ、ああ。そうだな、会計がまだだったか……」
忘れていた、といった態度のジョン・ドゥの前に、イクサが『請求書』と書かれた封書をスッと差し出した。
「ジョン・ドゥ様……こちらが、今回の請求書になります。……どうぞご確認下さい」
イクサは、何故か目を逸らしながら言った。
が、ジョン・ドゥは気付かず、封書の封を切って、三つ折りにされた書面を開く。
フードの奥の目が、書面の上を走り――硬直した。
「……おい。これは、何の冗談だ?」
彼は顔を上げると、フードの奥からマイスを睨みつけ、怒気を含んだ声で尋ねた。
彼女は、すました顔で紅茶を啜り、ティーカップをソーサーに置くと、小首を傾げてみせる。
「冗談……? さて、一体何の事でしょうか?」
「この請求書に決まっておるだろうが!」
彼女のとぼけた言葉に激昂し、ジョン・ドゥは手に持った請求書を思い切りローテーブルに叩きつけた。その振動で、卓上のティーカップから紅茶が零れる。
ジョン・ドゥは、怒りに身を震わせながら、目の前の女を怒鳴りつけた。
「な……何だ! 何なんだ? ――この『請求額752万9766エィン』という、出鱈目な数字はっ!」




