CASE1-25 「ジョン・ドゥ様でいらっしゃいますね」
ダイサリィ・アームズ&アーマーは、本日もいつも通りの営業を行っていた。
シーリカ、スマラクト、そして、数日前に出張から戻ってきて、通常業務に復帰したイクサが、カウンターの中で忙しく動き回りながら、各々の客への対応に追われている。
特段のトラブルも無く、いたって平和に時間は過ぎ、やがて、城下の水晶式時計台が午後四時を報せる鐘を鳴らした。
――その時、取り付けた鈴をカランコロンと鳴らしながら、店舗の入り口の扉がゆっくりと開く。
「あ、いらっしゃいま――」
カウンターの上に広げた顧客のカルテを読んでいたシーリカが、顔を上げ、ニコリと笑って挨拶をしようとしたが、その言葉と表情は途中で固まった。
入り口の扉を少しだけ開けて、その隙間から滑り込む様に入店してきたのは……真っ黒なローブで全身を包み込み、頭にも同じく真っ黒なフードを被った背の高い人物だった。
店内のすべての視線が集中する中、その人物はブーツの踵を鳴らしながらカウンターに向かい、懐から出した紙片を、無造作にカウンターの上へ放り投げるように置いた。
カウンターに就いていたシーリカが、四つ折りになった紙片を広げ、書かれている内容に目を通してから、ぎこちなく微笑んだ。
「――あ、修理品のお受け取りで御座いますね……。畏まりました。しょ、少々お待ち下さい」
彼女はそう言うと、手を前に組んでペコリと頭を下げ、紙片を手にしてバックヤードの奥へと消える。
ひとり、カウンターに取り残された形になった黒いローブの人物は、フードの奥で大きな溜息を吐き、舌打ちをすると、カウンターの椅子にドカリと腰を落とした。
隣のカウンターで修理受付をしているイクサが、心配そうな顔で隣をチラリと見たが、黒いローブの人物は、被ったフードを脱ぐ様子もなく、その上深く俯いていた為に、その顔を見る事は叶わなかった。
――それから10分は経っただろうか。
待たされ続けたローブの人物は、明らかに苛立った様子で、カウンターの上に乗せた掌の人差し指を、何度も何度もトントンと打ち続けている。
見かねたイクサが、一旦声がけして時間を稼ごうとした次の瞬間、小さな音を立ててバックヤードの扉が開いた。
「ジョン・ドゥ様でいらっしゃいますね。大変お待たせ致しました」
次いで、鈴を転がす様な声が耳朶を打ち、黒ローブの人物はハッとした様子でその顔を上げた。
「…………ああ」
彼は、初めて声を発した。毒気を抜かれたような、呆気に取られたような男の声だった。
それも致し方なかろう。
彼の目の前に立ち、艶やかな微笑を浮かべていたのは、真っ白いブラウスにアクアブルーのロングスカートという、武器防具修理工場という場にはそぐわない清楚な姿の、実に美しい女性だったからだ。
彼女は流麗な所作で、手にした名刺をローブの男――ジョン・ドゥに差し出しながら、
「この度は、当店をご利用頂きまして、誠に有難うございます。私、このダイサリィ・アームズ&アーマーの代表取締役兼工房長を務めております、マイス・L・ダイサリィと申します。――以後、お見知りおきを」
と、その美しい顔に輝くばかりの笑みを浮かべて言い、深々と頭を下げた。
その拍子に、後頭部で束ね、まるで金糸のように光を柔らかく反射する彼女の髪がふわりと揺れる。
不覚にも、その優雅な佇まいに見惚れていたらしいジョン・ドゥ氏は、ハッと我に返って、彼女の手元に目を遣る。
――彼女は、手に何も持ってはいなかった。
「……ダガーは?」
ジョン・ドゥは、声に咎めるような響きを込めて、彼女に問いかける。
だが、マイスに怯むような様子は無い。
彼女は微笑みを崩す事無く、小首を傾げながら答える。
「ああ……申し訳ございません。ご用意は出来ております。――ですが」
そこで言葉を切ると、彼女はジョン・ドゥの耳元に口を近づけ、声を顰めて囁いた。
「何せ、お客様の修理ご依頼品は、とても高価なものでございますので……。ですから、防犯上の見地から、この様なカウンターでは無く、奥の特別応接室にてお引き渡しとお会計の手続をさせて頂きたいのですが……宜しいでしょうか?」
「…………」
彼女の言葉を聞いたジョン・ドゥは、生唾を呑み込み、そして無言でコクリと頷いた。
「――有難うございます」
それを見たマイスは、顔を綻ばせると、再び深々と頭を下げ、
「では、ジョン・ドゥ様、こちらへどうぞ」
と、バックヤードへ向かう扉を開けながら彼を招いた。
ジョン・ドゥは無言で立ち上がると、ゆっくりとした動作で、彼女の誘導に従う。
と、マイスは、ジョン・ドゥに続いてバックヤードに入る寸前にイクサの方を一瞥すると、クイッと顎をしゃくってみせた。
『――ついてきなさい』
彼女がそう示しているのは明らかだった。
「あ、はい! ――ちょっと、スマラクトさん! ちょっと代わってもらって、いいかな!」
彼女のサインに気付いたイクサは、慌てて、棚の陰でボーッと油を売っていたスマラクトに受付作業を任せると、急いで彼女達の後を追いかけたのだった。




