CASE1-24 「……可愛いなぁ」
「何とか……手に入れられましたね」
ハルマイラへ向かう荷馬車の御者台で、イクサは手綱を握りながら隣に座るマイスに話しかけた。
「……そうねえ。――もうちょっと、すんなり行くかと思ったけど」
マイスは、呟くように言うと、掌に載せた蒼い魔晶石を眺めた。
彼女の掌の上で、魔晶石は仄かに蒼く光っている。
「それにしても、見事な“説得”でしたね。魔晶石の湧水反応を“神像の涙”と言って、半人族の支持を得るとは……」
「……何よ。『うまい事騙しましたね』って皮肉でも言いたいの?」
「あ……いえいえ! 滅相も無い!」
ジロリと睨むマイスに、慌てて首を振って否定するイクサ。
マイスは空を仰ぐと、はぁ~……と、小さな溜息を吐いた。
「……でも、実際騙したようなものよね……。正直、成果の割りにスッキリしない気分なのは、そのせい」
「……」
「本当は、もっと時間を掛けて、じっくり説得したかったんだけど……、今回は何せ時間が無かったからね……」
そうは言いながらも、彼女の顔は晴れない。
あの日、彼女の手による“奇跡”を目の当たりにした半人族の民たちは、ダイサリィ・アームズ&アーマー製の武器と罠を、神像に嵌め込まれた蒼い瞳と引き替えに購入する事に、全員一致で納得したのだった。
往路で御者を務めていたファンガスに、半人族との具体的な取引の交渉を任せたマイスとイクサは、受け取った蒼い魔晶石だけを持って、空荷にした荷馬車でハルマイラへの帰路を急いでいる所だ。
腐食し、破損したエレメンタル・ダガーの修復は、直営の工房で進めている。
ダイサリィ・アームズ&アーマーが誇る優秀な職人たちの手にかかれば、早ければそろそろ仕上がる頃だ。だが、それだけでは、ただの“意匠に凝ったショート・ダガー”にすぎない。
ショート・ダガーを元素短剣とする為には、魔晶石を嵌め込んだ上での調整作業が必要で、その調整には、急いでも3日はかかる。
今から荷馬車を飛ばしまくって、最速でハルマイラに帰り着き、すぐに作業に取りかかったとしても、顧客が指定した納期に間に合うかどうかは微妙な状況だ。
その為、マイスは苦渋の判断で、非常手段を用いて無事に魔晶石を手に入れたのだが……、決して本意では無い搦手の手段を使った事に、彼女なりに慚愧の念を抱いている様子だった。
――そんな彼女を、何とか元気づけられないものかと、マイスは言葉を探した。
「……で、でも、今回の取引で、半人族向けのハーフブレードやハンディボウが、彼らの手に渡りますし、何より、半人族の集落の周りに『フレルナキケン3号』が張り巡らされる事になるじゃないですか! 今までよりは、ずっと安全になるんです。彼らにとっても、良い事だと思いますよ」
「――うん、そうよね。……あのフェンスがあれば、あの子達がウールタイガーに襲われる事も無くなるのよね。――それは絶対、いい事よね……」
そう言うと、彼女は自分の左手首を飾る不格好なブレスレットを眺め、右手で優しく撫でた。
そのブレスレットは、村から帰る間際に、半人族の子供たちから彼女に贈られたものだ。
『おねえちゃん! ぼくたちとあそんでくれてありがとうねえ!』
『また、“みらくるまじっくしょー”を見せてね!』
『またきてね~』
別れ際に、そんな言葉と共に贈られたブレスレットを撫でるマイスの深紫の瞳が心なしか潤んでいたように見えた事に、敢えて気付かないフリをしたイクサは、
「あ――そう言えば、ド……ドヴェリクは、大丈夫ですかね。――またマイハラスでスリ稼業に戻ったりとか……しないですかね?」
前方に視線を移して、話題を変えようとする。
そんな彼の問いかけに対し、マイスは横に首を振った。
「ううん。ドヴェリクさんは大丈夫よ。彼は元々猟師をしていて、ウールタイガーのせいで狩り場を追われたせいで、仕方なくスリをして生計を立てていただけですもの。ウールタイガーが居なくなれば、元の猟師に戻って、真っ当に生活できるはずよ」
「ですよね……そうなら安心ですね。あの人にはお世話になりましたから」
イクサの言葉に、マイスは小さく頷く。
彼は、ふと天を仰いだ。雲一つ無い青空の中に、ドヴェリクやザドクム、そして子供たちの顔が浮かぶ。
「……みんな、純朴でいい人たちだったですよね。俺達の商品を使って、これからも幸せでいてくれればいいですね……」
イクサの言葉に、マイスは「そうね」と小さく頷き、微笑んだ。それはいつもの――店や他人の前で見せる、造られた営業スマイルとは違う、自然で優しく……そして美しい笑顔だった。
その横顔に思わず見とれたイクサは、思わず呟く。
「……可愛いなぁ」
「! ――な、何を言うのよ、イクサくん!」
イクサの呟きを耳聡く聞き取ったマイスは、目を剥いて叫んだ。その白磁の陶器を思わせる頬は、耳の先まで真っ赤に染まっている。
「い――イクサくん! 上司に向かって『可愛い』って、どういう事よ!」
「あ……す、スミマセン……。つい、思った事が……」
「つ――ついって……! き、キミって、本当は私の事を、若い女だからって舐めてるんでしょ! 侮ってるんでしょ! 生意気で五月蠅いとか思ってるんでしょうっ!」
「い……いえ、滅相も無いっす! 寧ろ逆……」
イクサは、慌てて首を振ったが、マイスの眉は、更に吊り上がる。
「逆? 逆って何よっ! 私が若くないって言いたいのぉ?」
「い――いえいえ、そうじゃないです! 俺が言ったのは――」
「もう、キミの事なんか知らないから! 何よっ! キミの為に、ここまで出張ってあげたのに……そんな風に思ってたなんてさ!」
「あ――――っ! だぁかぁらぁ! 違いますってぇ~ッ! …………」
抜けるような初夏の青空に、楽しそうな? ふたりの声が溶けていった――。
【イラスト・トド様】




