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CASE1-23 「雲行きが怪しくなってきた……かも」

【お知らせ】

当初、6/1の16時に公開致しましたCASE1-23から、大幅に加筆修正を行い、同日22時に改訂版を公開致しました。

 「マイスさン! コレでス、コレッ!」


 ドヴェリクはそう叫びながら、集落の外れにポツンと建つ小ぶりな祠の扉を指さした。


「いや……。ど、ドヴェリク、脚速いよ~……!」


 全速力でドヴェリクの後を追いかけてきたイクサは、ゼエゼエと息を切らしてへたり込む。

 だが、マイスの方は、息ひとつ切らしていない。


「コレ……って、祠の中って事?」

「ハイ! 今開けマス!」


 返事もそこそこに、ドヴェリクは祠の階段を跳ぶように昇り、一気に両開きの扉を開け放った。


「――これは……!」

「……何の像でしょうか、コレ……」


 ふたりの目は、祠の中のものに釘付けとなった。

 祠の中に収められていたのは、巨木の幹を彫って造られた、一つ目の巨人の像だった。


「――それは、我が半人族(ハーフヒューマー)が崇める一つ目巨神“スハガラノ”様の神像ですジャ」


 そう言ったのは、やっと三人に追いついたザドクムだ。

 彼は、祠に鎮座する神像に向かって深々と頭を垂れると、階の上で扉に手をかけたままのドヴェリクに視線を向ける。


「で……このスハガラノ様の神像がどうしタと言うのジャ、ドヴェリクよ……」

「アレでス! 長サマ!」


 ドヴェリクが、目をキラキラと輝かせながら、神像の顔を指さした。

 マイスとイクサも、彼が指さす先へと視線を移す。


「アレです、って……どこ……あっ!」

「なるほど、眼ね」


 ふたりも、ドヴェリクの言っている意味を理解した。

 神像の大きな一つ目、その蒼い瞳孔こそ――


「……魔晶石!」

「タブン、あの目が、マイスさンたちの言ってタ『蒼く輝く石』なんじゃなイでショウカ……?」

「……試してみましょう」


 マイスはそう言うと、祠の中へと入り込み、神像の瞳に手を翳した。

 すると、神像の瞳が淡い光を放ち始める。

 それを見たマイスとイクサは、顔を見合わせて頷き合った。


「……間違いないですね、マイスさん!」

「……ええ」


 ふたりの顔が思わず綻ぶ。

 マイスは、コホンと咳払いをすると、居並ぶ半人族の方へと向き直り、穏やかに言った。


「ザドクム様、もし宜しければ、我々の商品の代価として、こちらの蒼い石を貰い受けたいのですが……如何でしょうか?」


 これで目的達成――かと思われたのだが……。


「ノ! ノ! ア カト オラウ!」


 ザドクムの背後に控えていたズゴグフが、顔を炎の様に真っ赤に染め上げて、激しく首を横に振った。

 ズゴグフは、噛みつかんばかりの勢いでザドクムに詰め寄り、激しい言葉を浴びせている。

 ザドクムは、所々で口を挟むが、その言葉の勢いは、心無しか弱い気がする。

 その様子を見ていたマイスは、その顔を曇らせた。


「……う~ん、何か、雲行きが怪しくなってきた……かも」


 彼女の懸念は的中した。

 暫しの間、ズゴグフと押し問答を繰り広げていたザドクムだったが、ズゴグフはもちろん、他の半人族の多数にも『いくら何でも、御神像の目玉をくり抜いて、人間族に売り渡すのは如何なものか?』という意見を強硬に主張され、激しく責め立てられた結果、最終的には押し切られてしまったのだ。

 ――もっとも、ズゴグフ自身も、神像を毀損しようという事に対し、心の中で葛藤があった事は否めないのだが。

 ザドクムは、人間ふたりの方へと向き直ると、困ったような顔を隠しもせずに言った。


「マ……マイス殿……申し訳無いですガ、それハ、ソレダケはご容赦下サイ……。そのスガハラノ様の蒼い瞳ハ、我が半人族にとっテかけがえのなイ……」

「ウェト! ウェト チフ!」


 その時、ザドクムの断りの言葉を遮ったのは、ドヴェリクだった。

 彼は、ズカズカとザドクムの元へと歩み寄ると、腕を大きく広げて、長へ必死に訴えかける。

 今度は、ドヴェリクvsザドクムvsズゴグフ&その他の構図で、正に喧喧囂囂(けんけんごうごう)の議論が始まった。

 すっかり蚊帳の外に置かれてしまった形のマイスとイクサ。彼女たちには半人族の言葉が全く分からないので、半人族達の議論がどう推移しているのかも判然としない。


「……どうしましょう、マイスさん……?」


 不安げに自分を見るイクサに、マイスは、フルフルと首を横に振って、肩を竦めた。


「どうするもこうするも、今は、彼らの話し合いが私達にとって良い方向に向かう事を祈るくらいしか出来ないんじゃないかしら?」

「……祈る……ですかあ……」

「……ま、奥(・)の(・)手(・)を用意していなくはない……けどね」

「え……? 何ですか、奥の手って……?」

「ふふふ……ヒ・ミ・ツ♪」


 マイスは、思わせぶりなウインクではぐらかす。

 しかし、ふたりがそんな会話を交わしている間に、半人族の言い争いは、ドヴェリクとズゴグフによる単なる罵り合いの口喧嘩へと移行し、完全に頭に血の上ったズゴグフとドヴェリクが、お互いの胸倉を掴み合い、今にも乱闘が始まりそうだった。

 その様子を見たマイスは、深い溜息を吐く。


「……とはいえ、傍観し続けてても上手くいきそうには無いわね……」


 彼女はそう呟くと、おもむろにヒートアップしているドヴェリクとズゴグフの間に割って入った。


「ふぁっ! ウマ! ドンゲ インザウェ!」

「ま――マイスさン?」


 いきなり割り込まれて、驚くと共に気色ばんで彼女を見上げる二人を片手を上げて制し、彼女は短く、そして有無を言わさぬ調子で言った。


「ドヴェリクさん、通訳お願い」

「は……? イヤ、マイスさン――これはワタしが――」

「通訳!」

「――! ……は、ハヒッ!」


 ドヴェリクは、彼女の短い命令に、縮み上がってコクコクと頷き、それを横目で見たマイスは、今度は痩せぎすの副長(ふくおさ)の方をジロリと見た。

 怖気(おぞけ)を震う程の美女に睨みつけられたズゴグフは内心震え上がったが、彼が持ちうるありったけの勇気と虚勢と副長としての矜恃を総動員して、彼女を睨み返す。

 と――、つい先ほどの表情が幻だったかの様に、マイスの顔が艶やかに綻んだ。


「ズゴグフ様、お話し中に失礼致しますわ」


 横目でドヴェリクに合図して、彼に通訳をさせながら、彼女はスラスラと話し始める。


「ズゴグフ様のお怒りになる理由もご尤もで御座いますわ。半人族(ハーフヒューマー)の集落に代々伝わり、守られてきた御神像の瞳を譲ってほしいなどと……。確かに、皆様にとっては到底納得のできない話なのも無理はありません」

『そ――その通りだ! この御神像は、古くから我々を守り慈しみ賜うてこられた、我々の父にも等しいものなのだ! その目をくり抜いて、よりによって人間風情に渡そうなど――出来るはずが無かろうが!』


 ドヴェリクが訳したズゴグフの答えを聞いたマイスは、ウンウンと深く頷いていた。


「ですよねえ」

『わ……分かってくれたか? だから、この話は諦めて――』

「ですが、私どもの『フレルナキケン3号』も、皆様もお守りする事が出来ます。この御神像――スハガラノ様よりも確実に!」

『な――』

「ま……マイス殿! それハ……我らが神に対すル冒涜の……」

「あら、とんでもございません!」


 マイスは、そう言うと、ニコリと柔らかな笑みを浮かべてみせた。


「なぜなら……当のスハガラノ様も、ご自身の瞳が、集落の平和と安寧をもたらす事を喜んでおられます。――先程、それは証明されましたわ」

『な――何だと? 口からデタラメを言うな、この人間――いや、女狐が!』

「あら、では、試してみましょうか?」


 そう言うと、マイスは神像の蒼い瞳を指さした。


「スハガラノ様がどちらを望まれているのか……あの御神像の瞳に手を翳してみれば判ります。私の言う事がスハガラノ様の意に沿うものであるのなら、その瞳から涙を流されるはずですわ」

『涙ぁ? フン! そんな事があるはずが無かろうが!』


 ズゴグフは、マイスの言葉を鼻で嗤う。

 マイスは、彼の嘲笑に微笑を以て応ると、ツカツカと祠の階を昇り、巨像の傍らに立った。

 半人族たちは、これから彼女が何をしようとしているのか分からぬまま、ただ固唾を呑んで見上げている。


「――では、試してみますわ。よく見ていて下さいね」


 マイスは眼下の半人族たちに向けてそう告げると、巨神像の耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。


「――スハガラノ様……。この集落の安寧と繁栄の為に、その瞳を与える事へ、お赦しを頂けますか……?」


 すると……、

 彼女が翳したスハガラノ像の蒼い瞳が、目映い光を放った。

 それを見て、どよめきを上げる半人族たち。

 更に――、


『おお……! 涙だ……! スハガラノ様が――泣いておられる!』

『き……奇跡じゃあ……!』


 スハガラノ像の瞳から、滂沱(ぼうだ)の涙が溢れ出ていた。

 目の前で起こった奇跡に恐れおののいた半人族たちは、次々とその場に跪き、地に額を擦りつける。それは、ドヴェリクとザドクムも例外では無かった。

 例外は、ただひとり――。


『ば……バカな! あり得ん! こんな人間の女狐に、スハガラノ様が奇跡をお示しになるなどと――!』

「――あら、やはり、貴方は信じては頂けませんか。……では、ズゴグフ様もお試しになったら如何ですか?」

『へ? あ、いや……そ……それは当然だろう! もちろん、スハガラノ様は、オレ様にも奇跡をお示し下さるに決まっている!』


 ズゴグフは、冷や汗を流しながらも胸を張り、祠の上によじ登ると、爪先立ちして、自分の手をスハガラノ像の蒼い瞳の前に翳す。


『スハガラノ様! どうぞ、私にも奇跡をお示しになり、この女の戯言を否定して下さいませ――』


 ――すると、彼の声に応じるように、像の瞳がぼんやりと蒼い光を放ち始める。


『ど――どうだ! スハガラノ様は、オレ様の事を支持されておられる――』


 ――が、そこまでだった。ズゴグフが、何度祈ろうとも、額に脂汗を浮かべて掌に力を込めようとも、マイスの時のように、スハガラノ像が涙を流す事は無かった……。


「――ハッキリしたようですわね」


 精根尽き果て、その場にへたり込んだズゴグフの背を優しく――そして、皮肉を込めてポンポンと叩いたマイスは、満面の笑みを浮かべて言ってみせた。


「――ご覧の通り、スハガラノ様は、ハッキリとその意思をお示し下さいましたわ! さあ、皆様。これを踏まえて、宜しくご検討をお願い致しますね」

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