CASE1-21 「どうやら、上手くいったみたいね!」
――翌朝。
朝露に濡れた森の獣道を踏み分け、束ねた金色の髪をリズミカルに弾ませながら、マイスが颯爽と進む。そんな彼女の後ろを、不安げな表情を浮かべながら、ザドクムをはじめとした半人族の集団が続いていく。
「ま……マイス殿……。そノ……大丈夫でしょウカ? ウチのズゴグフと、そちらの若い方は……」
恐る恐る話しかけるザドクムに、不安の欠片も感じられない、輝く笑顔を返すマイス。
「大丈夫です。四方を弊社の『フレルナキケン3号』で囲った中に居るんですもの。何の心配も要りませんわ!」
「……そ、そうですカ……」
マイスの自信満々の様子に、ザドクム達は半信半疑で引き攣った愛想笑いを浮かべる。
「……大体、この辺りですよね――」
「――! サ! ルク ヒ! フプリン! ヒツタラ……!」
マイスがキョロキョロと辺りを見回していると、半人族のひとりが前方を指さし、目を大きく見開き、血相を変えて叫んだ。
彼の一言で、半人族達の動きが一気に慌ただしくなった。ある者は携帯した斧を構えて脇を固め、ある者は不意の襲撃に備えんと、藪に向けて弓を構える。
「――お下がり下さレ、マイス殿……。これは、ヒツタラ……ウールタイガーの足跡でスじゃ……」
ザドクムは、巨大な鉄斧を掲げて、周りの様子に目を配りながら、地面を指さした。
地面はひどく踏み荒らされ、生えている草々は薙ぎ倒されている。
そして、泥濘の中には、クッキリと巨大な肉球の跡が残っていた。深く穿たれた爪の痕も見受けられ、その痕跡がウールタイガーの足跡だというのは明らかだった。
「昨日来た時にハ、こんな足跡はありマせんでシタな……と、いう事ハ……」
ザドクムはそう呟くと、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
「マ……マイスさン……! イ――イクサさンが……」
ドヴェリクが、青ざめた顔をマイスに向ける。
地面に残るウールタイガーの痕跡をジッと見ていたマイスは、顔を上げると――ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「どうやら、上手くいったみたいね! 大成功~!」
「……エ?」
「じゃあ、急いであのふたりを迎えに行ってあげましょう。お腹を空かせて待っているに違いないわ!」
彼女は、半人族達にそう呼びかけると、恐れる様子も無く、ズカズカと森の奥へと歩を進める。
「ア……チョ――チョト待っテ下さイ! ま、マイスさン?」
「……ま、まダ、ヒツタラが潜んでいるやもしれマセぬ! ひとりで進むノハ危険ですゾ!」
ドヴェリクとザドクム、そして半人族達が、彼女の後を慌てて追いかけた。
◆ ◆ ◆ ◆
「――ア フィンヂィ セムッ!」
先行していたドヴェリクの叫び声が聞こえた。
半人族達は、期待と不安が半分ずつ混じった顔で、彼の声の方向へと急いだ。
「セム セフテー?」
「ヤ……ムウ……ア ドン ノ……」
昨日設置した時と変わらぬ姿の『フレルナキケン3号』。ザドクムに尋ねられたドヴェリクは、不安そうな顔で金網の中を指さす。
網越しに見えたのは、グッタリと横たわる、人間族の男と半人族の男の姿だった。
「い――イクサさン! ダイジョぶですカァッ?」
「ズゴグフ! アラ ヤ オクウ? ヤア! ズゴグフゥ!」
ドヴェリクとザドクムが中のふたりに呼びかけるが、彼らはピクリとも動かない。
「ヤア! ハリハリ! セム ヘリッパ! ハリハ……」
「あー、ストップストップ! 網に触れたら、タダじゃすまないですよ!」
慌てて、網を引き倒して二人の元に向かおうとする半人族の男達を、マイスの冷静な声が止めた。
マイスは、淀みない足取りで、『フレルナキケン3号』の前まで来ると、金網の中央に取り付けられた四角いボードに、手に持った丸い玉を翳した。
そして、彼女は振り返ると、ニコリと営業スマイルを見せて言った。
「――はい。もう大丈夫です。『フレルナキケン3号』の発動は停止させましたから」
「――ズゴグフ! アラ ヤ オクウ!」
マイスの言葉を待ちかねたように、ザドクムが網の中に入り、意識を喪ったままのズゴグフを抱え上げた。
「イクサさン! ダイジョブですカ? 死んでナイですカァッ?」
イクサの方にはドヴェリクが駈け寄り、彼の肩を揺さぶりながら、懸命に呼びかけている。
「――ま、マイスさン! イクサさン、起きナイ……」
「ああ……もう、だらしないなぁ」
心配そうな顔のドヴェリクとは対照的に、呆れ顔でゆっくりと歩いてきたマイスは、横たわるイクサの横にしゃがみ込むと、「しょうがないなぁ」と呟き、彼の耳元に形の良い唇を近づけ、
「…………よ」
と、何かを囁いた。
次の瞬間、イクサの目がクワッと開き、彼は真っ青な顔をして跳ね起きる。
「あ! た、大変申し訳ございませんッ! お待たせしま……し……た?」
寝呆け眼のイクサは、手を前に組んで姿勢正しく頭を下げた所で、ようやく何かおかしいという事に気が付き、目をパチクリさせながら周囲を見回す。
傍らのマイスは、口に手を当て、笑いを堪えながら、
「……おはよう、イクサくん。よく眠れた?」
と、声をかけた。
「へ……? マイスさん? えと……何で? というか……ここは…………って!」
イクサは、最初の内は状況を飲み込めていないようだったが、だんだん頭がハッキリしてきて、その顔から一気に血の気が引き、真っ白になった。
「ま……マ……マイスさん……! で……でま……出ましたぁ! イ、いっぱい! メチャクチャ、イッパイィィッ!」
彼は、縺れる舌を必死で動かして、マイスに言う。
マイスは、ニコリと笑うと、ちょっとだけ首を傾げた。
「出ました……って言うのは、ウールタイガーね。いっぱい来たの?」
「は……はひ! たくさん……多分、五頭……いや、十頭……いや、もっとかも!」
イクサは、その時の様子を思い出したのか、ブルブルと震える。
マイスは、そんな彼の震える背中を優しく撫でながら頷いた。
「そう……怖かったのね」
「そ……そりゃあもう! 何度もウールタイガーが……牙を剥き出して金網に突っ込んできて……何度、もうダメかと……」
「でも、大丈夫だったみたいね。――『フレルナキケン3号』は、キチンと発動していたのかしら?」
「は……はい……。ウールタイガーが突っ込んでくる度に雷撃が発生して、撃退してました。――その内に、諦めて逃げていったみたいです……実は俺達、途中で気を失ってて、そこら辺は見てないんですけど……」
と、仄かに顔を赤くしながら言ったイクサに、マイスはニコリと微笑みかけて、今度は隣で介抱されていたズゴグフの方に顔を向ける。
「ズゴグフ様、弊社のイクサの言葉に間違いはないですね?」
「…………」
ドヴェリクの通訳を聴いたズゴグフは、口惜しそうな顔をしながら、不承不承といった様子で頷いた。
半人族の面々から、どよめきと歓声が上がった。
あの脅威のウールタイガーの群れ……その襲来を、タダの金網が完璧に防ぎ切ったのだ。
これを集落の外周に設置すれば、彼らを悩ませ続けた問題は一挙に解決する。夜中に、集落外の見回りをする必要性は今よりグッと少なくなるし、集落壊滅の恐怖に怯える事も無く、安心して夜を過ごす事が出来るのだ。
――何と喜ばしい事だろうか!
「結構です」
彼女は満足そうな笑みを湛えて、半人族の面々を見回しながら言った。
「“実証実験”は、大成功に終わったようでございますわ。――ズゴグフ様をはじめとした半人族の皆様も、弊社製品の信頼性を存分に理解して頂けたと思います」
彼女の言葉に大きく頷く半人族たち。マイスは、その美貌に最高級の笑みを浮かべて、言葉を続けた。
「――でしたら、早速、商談に移らさせて頂きたいと思いますが、宜しいでしょうか?」




