CASE1-20 「何で、こんな事に~っ!」
「……な」
イクサは、真っ暗な森のただ中で、拳をブルブルと震わせながら呟いた。
「……何で――」
繁る木々で遮られ、星一つも見えない虚空を見上げ、イクサは叫んだ。
「――何で、こんな事に~っ!」
彼の絶叫に驚いた鳥たちが、ギャアギャアと鳴きながら、木々から一斉に飛び立った。
「シャアッ! ビ クワエテッ!」
「あ……スミマセン……副長さん」
隣で胡座をかいて座っていた副長のズゴグフに、(恐らく「黙れ!」と)鋭い声で怒鳴られたイクサは、慌ててペコペコと頭を下げる。
ズゴグフはイクサをギロリと一睨みすると、プイッと顔を背けた。
イクサは、ズゴグフの態度に内心カチンときながらも、黙って草の上に座り直す。そして、前方に目を凝らすが……目の前に広がるのは、微かな光を反射する、彼らの周りをぐるりと取り囲んだ金網――そして、森の木々を呑み込み、圧迫感・重量感すら感じる濃密な闇だけであった。
彼は、ブルリと身を震わせると、もう一度天を仰いだ。
(……何で、こんな事に……)
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時間は、半日前に遡る。
「……マイス殿。こんな所で、一体何をしようトいうのでスカな?」
と、半人族の長・ザドクムが、忙しげに作業をするマイスに、訝しげな表情で尋ねた。
鎌を振るって、森に繁る下草を刈り取っていたマイスは、作業服の袖で汗を拭いながら顔を上げた。
「何……って、実演テストの準備ですわ」
「じ……実演……テスト――ですか?」
「ええ」
マイスはコクンと頷くと、背後に屹立したものを指さした。
「昨夜も申し上げました通り、対猛獣撃退雷光条網『フレルナキケン3号』をはじめとした、弊社の製品に疑問をお感じの方がいらっしゃるようなので、その憂慮を払拭して頂く為の実演テスト……という事でございます」
「は……はあ」
分かったような分からないような顔をするザドクムと、後ろに控えるズゴグフをはじめとした半人族の男達。
彼らの頭上に浮かぶ「?」マークには気付かないのかのように、マイスは蕩々と説明を続ける。
「テストについてですが、ウールタイガーの通り道にあたる此所の一角に、『フレルナキケン3号』を張り巡らしたスペースを作って、一晩の間、ウールタイガーの進入を拒んで撃退する事が出来るか――それを確認するのが目的です」
確かに、この辺りはウールタイガーの縄張りの一部で、彼らの通る獣道も確認できる。
ウールタイガーは、夜行性である。――つまり、この一帯は、日が照っている今の内は安全だが、日が暮れた途端、この森の中でも桁違いに危険な地帯へと変わるのである。
しかし……と、ザドクムとズゴグフ達は、当惑した顔を見合わせる。
「……いま、『実際にウールタイガーの進入を防いだかどうかなんて分からないのでは?』――そうお思いになったでしょう?」
「!……は、はイ……」
図星を指されて、目を丸くしながら頷くザドクム。ドヴェリクに通訳されたズゴグフ達も同じ表情を浮かべている。
マイスは、ニッコリと微笑んで言葉を続けた。
「皆様がそうお考えになるのは当然ですよね。――なので、今夜一晩、四方を『フレルナキケン3号』で囲んだこのスペースの中で私が過ごしてみせて、『フレルナキケン3号』が本当に有効で安全だという事を証明して差し上げますわ」
「――え!」
マイスの、勇敢と言うよりは無謀という方が近い一言に、ザドクムをはじめとした半人族達は、目と口をあんぐりと開けて、驚いた。
「は――? イヤイヤイヤイヤ! 何言ってんですか、マイスさんっ!」
そして、彼女の言葉にもっと驚愕したのは、イクサだった。
彼は、血相を変えて、手にした鍬を放り出すと、マイスの元に詰め寄った。
「ダメですよ、そんな危険な……危ない事にマイスさんの身を晒させる訳には――」
「危なくないわよ。だって、ウチ自慢の『フレルナキケン3号』が周りを囲っているんですもの。これ以上に安全な空間は無いはずよ。一体、何を怖れるというのかしら?」
「いや、そうなんですけど……でも、ダメです! 万が一って事があるかもしれないし――」
「そんな事言ってもさ……。誰かがその場に立ち会ってないと、証明にならないじゃない」
「う――、た、確かに……。いや、だからって……ダメです! マイスさんは!」
「……分かったわよ」
「――ホッ……」
頬を膨らませて、渋々頷いたマイスを見て、イクサは胸を撫で下ろした。
と、半人族たちの方へ向き直ったマイスは、営業スマイルを湛えながら――掌を上にして、イクサの事を指した。
「――という事で、今夜一晩、こちらのイクサがココに残りまして、弊社製品の機能を証明する事に決まりました! どうぞ、明日の成果をご期待下さいませ♪」
「え……へ……?」
彼女の言葉の意味が飲み込めず、目をパチクリさせながら茫然と突っ立っていたイクサだったが、
「――え? ええ? ええええええっ?」
ようやく内容を理解して、目を飛び出さんばかりに剥いて絶叫した。
彼は、思わずマイスの肩を両手で掴んで、必死で訴える。
「ちょ! ちょっと! マイスさん! ダメ! ヤバいっす!」
「だーかーらー、大丈夫よ。キミも、ダイサリィ・アームズ&アーマーの社員なら、もっとウチの製品を信用しなさい♪」
「い……いや、信用するとか、そういう次元では――」
「……キミも、ウチの製品なんか信じられない……って、そう言いたいの――?」
そう、低い声で尋ねた彼女の紫瞳に、魔龍の一睨みも斯くやというような、剣呑極まる光が宿る。
イクサは、全身が総毛立つのを感じ、青ざめた顔で頭を振った。
「…………いえ……そんな事は――」
「そ。絶対に大丈夫よ。大船に乗った気で、安心しなさいな♪」
「……」
マイスは、微笑を湛えた顔に戻って、固まったイクサの肩をポンと一叩きすると、
「――あ、そうそう」
思い出したような顔で、再び半人族の方へと向き直った。
そして、穏やかな微笑みを浮かべながら、ドン引きしている半人族たちに声をかける。
「あのー。出来ればなんですけど、半人族からもお一人、立会人を出して頂きたいんですけど~」
「へ……? た、立会人ですトナ……?」
マイスの言葉に、目を白黒させて戸惑うザドクム達。
マイスはにんまりと薄笑むと、掌で痩せぎすの半人族を指した。
「そう――出来れば、ズゴグフ様にお願いしたいと思うのですが」
「ふぁ――ア? ユ チョオズ ……ミ?」
「はい!」
顔を引き攣らせながら自分を指さすズゴグフに、マイスは満面の笑みを浮かべて首肯した。
「やっぱり……弊社製品の導入に反対されている方にこそ、如何に弊社の製品が安全で信用に足るかを知って頂きたいので、是非ともお願いしたいですわ」
「――ノ! ノ! レヒュージ! ノ! ……」
「……まさか、嫌だとは言いませんよねえ。――誇り高い半人族の副長様ともあろうお方が、ねえ?」
「……………………」
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――そして、現在へ至る。
「……あれって、やっぱりわざとだろうなぁ……」
昼間の事を思い出し、横で不貞寝しているズゴグフの小さな背中をチラ見しながら、イクサは溜息交じりに呟く。ズゴグフを持ち上げる体で、挑発し煽る事で、彼に立ち会いをさせる事を言葉巧みに了承させた。
――多分に、彼がダイサリィ・アームズ&アーマーの製品と彼女自身を貶し、侮った事に対する意趣返しなのだろう……。
(マイスさん……計算高いのか、子供っぽいのか……)
イクサはまたひとつ溜息を吐くと、緊張で固まった肩の凝りをほぐそうと、首をグルグルと回し――
「……あれ?」
――真っ黒な闇の向こうで、何かが光った気がして、彼は身を乗り出した。
張り巡らされた『フレルナキケン3号』の網の間に顔を近づけ、闇の向こうへと目を凝らす。
光だけではない。何やら地鳴りのような低い音が聴こえてくる……。
…………ぐるる…………グルルル……グルルルル!
「! あ……あわわわ……!」
イクサは、光の正体を察して、腰を抜かした。
「……う……ウール……ウールタイガー……!」
「ファッ……カン……ヒツタラ……クルド アジッ!」
ズゴグフも脅えた顔で後ずさり、イクサと背中をぶつける。
グルルルル……グルルルルル!
地鳴りのような、ウールタイガーの唸り声が彼らの四方から鳴り響き、深い闇の中からゆっくりとウールタイガーの群れが姿を現した。
「ひ……ひいいい……」
完全に四方を囲まれている。ウールタイガーと二人を隔てるものは、彼らを囲むように設置された金網――『フレルナキケン3号』のみである。
イクサとズゴグフは、無意識の内にお互いをきつく抱きしめ合い、恐怖で見開いた目をウールタイガーに向けながら、ガタガタと震えるのみだった。
「――た……た……たす……助けて――マイスさぁ―――ん!」




