CASE1-19 「明らかに、私に対して何か言ってるわよね」
「……ど、どうしたの、コレ?」
イクサは、目の前で突然始まった激しい諍いに驚いて、目を白黒させた。
「ドヴェリクさん、あの、ザドクムさんと言い争いをしている痩せた人って、どなたかしら?」
一方のマイスは、ヒートアップする二人の前でオロオロしているドヴェリクの背中をつついて尋ねる。
マイスの合図に気付いたドヴェリクは、声を顰めながら答えた。
「あァ――あのヒトは、副長のズゴグフサマでス」
「副長って事は……、ザドクムさんの次に偉い人って事ね」
彼女は、ドヴェリクの答えを聞くと、小さく頷く。
「ヤ! ア ダンツ ブリイ セム!」
「ワイ? シ タウク ブリイ ヤ!」
「シ ブリイ? ユ サニテ? シイズ ウマ! ア ダンツ ブリイ!」
ズゴグフは、かなり興奮して目を剥き出しながら、強い口調でザドクムに詰め寄っている。負けじと、ザドクムも唾を飛ばしながら、彼に掴みかからんばかりの勢いで言い返している。
マイスは、再びドヴェリクの肩をつついた。
「あ……ハイ。どうシまシタカ、マイスさン――?」
「ねえ、あの副長さんの言ってる事を通訳してくれない?」
「え……?」
マイスの言葉に、ドヴェリクは明らかに狼狽えた。それを見たマイスは首を傾げる。
「あら……? 私、そんなに変な事を言ったかしら?」
「ア……いエ……そ、そノ……ど、どうしテでしょウカ……?」
「どうしても何も……あの痩せた副長さんが、さっきから私の事を指さして怒鳴ってるみたいだから、何て言ってるのかなぁって思っただけよ」
「……あ、関係なイと思い……関係なイデス、ハイ……」
「――あ、また指さした!」
「ね? 明らかに、私に対して何か言ってるわよね……そうでしょ?」
「…………え、エエ……まア――実ハ……」
ドヴェリクは、渋々といった様子で、ようやく認めた。
マイスは、「ほら、そうでしょ!」と勝ち誇った顔になり、
「じゃあ、通訳、お願いしてもいいかしら?」
と、威圧感の籠もった声で、ドヴェリクに言った。
ドヴェリクは、ゴクリと生唾を呑み込んでから、覚悟を決めて口を開く。
「ええト……『長様! 俺様ハ認めナイデス! こんナ、子供に取りいッテ色目を使っテくるようナ人間族の女ごとキが持ち込ンデきた、うさ……うさんくサイ? 怪しイ武器なんカ』……デス」
「――は?」
「!」
イクサは、ドヴェリクが通訳したズゴグフの言葉に対して発した、マイスの短い言葉のトーンに、思わず背筋を凍らせる。
――明らかに、彼女の逆鱗に触れてしまった時に聴く声のトーンだ……。
だが、ドヴェリクは、彼女の短い声の剣呑な響きに気付いていない。彼は、実直にズゴグフの言葉を訳し続ける。
「あ……あトハ――『見てミて下サイ! あの女ノ、いかにモ男を惑わスようナ顔を! 酌女みたイナけしかラン体ヲ! あんナ怪しイ女が持ち込ンデきたようナ武器なんゾ、直ぐに折れテ曲がッテ役に立たなクナルニ決まっテル……』――デス」
「ド、ドヴェリク! ストップ! おつ……お疲れさん! い……一回止めようか! うん!」
「え、な、なンデでス……て、ア……!」
ドヴェリクは、調子よく回転し始めた舌を止められて、不満そうにイクサを見たが、自分が訳していた言葉の意味を思い返して、ようやく彼が血相を変えて止めた理由に気が付いた。
青ざめた顔で、恐る恐る背後を振り返り、マイスの様子を窺うふたり。――本当は振り返りたくない思いでいっぱいだったが。
「ふ――――――――ん……」
「…………!」
振り返ったふたりの肝が凍りついた。
マイスの美しい顔は完全な無表情と化し、彼女の背後からは、明らかに不穏な陽炎がゆらゆらと揺らめいている。
――完全な美女の完全な無表情――それは、怒った顔の何十倍も、恐怖を喚起するもの……。
イクサは、ひとつ賢くなった。
「へ~、そんな事を言ってたんだ~。ふ~ん……」
そう呟きながら、マイスは深紫の瞳にどす黒い炎を滾らせながら、ドヴェリクの肩を掴む。指が肩に深く食い込み、ドヴェリクは涙を浮かべながら悲鳴を上げる。
「ひ、ひええええ……ご……ゴメンなさイィィィ!」
「ま――マイスさん、落ち着いてぇ! ドヴェリクは、通訳しただけですぅ! 痛がってるから、肩から手を離してあげてぇ!」
「…………」
「マ……マイスさん、自分の事を貶されて、お怒りになる気持ちは解りますが……ここは抑えて――」
「……違うわよ」
ゆらありと、マイスはイクサの方に顔を向ける。カオスを湛えた地獄の穴を彷彿とさせる様な、彼女の昏い瞳孔に見据えられたイクサは、“死”を身近に感じた。
――と、マイスは、大きく深呼吸した。一回……二回……三回。
そして、三回目の深呼吸を終えると、ぱあっと、彼女の顔に表情が戻った。それは――いつもおなじみの営業スマイルだった。
彼女は、背筋を伸ばすと、未だに言い争っているふたりの方へスタスタと歩いていく。
そして、
「あ、ザドクム様! 少々宜しいですか?」
マイスは、先程までとは打って変わった完璧な笑顔で、ふたりの間に割り込んだ。
背の低い半人族のふたりは、すっかり毒気を抜かれた顔で、マイスを見上げる形になる。
彼女は、首を傾げながら言葉を継いだ。
「ドヴェリク様にお骨折り頂きまして、おふたりのお話を伺いました。どうやら、こちらのズゴグフ様は、弊社の製品の信頼性に疑問をお持ちのご様子ですね?」
突然のマイスの闖入に、若干狼狽えながらも、小さく頷くザドクム。
「あ……ああ。そ、その通りデございます。も、申し訳なイ。ワシが、こやつに言い聞かせて――」
「いえいえ~」
ザドクムの言葉に、ニッコリと笑って首を横に振るマイス。
「ズゴグフ様の御懸念も、当然でございますわ。そりゃ、突然現れた妖しい人間の女ごときが言う事なんか、そう易々と信用できる筈は無いですよね~」
「あ……いや、そノ……」
彼女の声に、ほんの少し混ざった皮肉げな響きに気付いたザドクム……とズゴグフが、狼狽えた様子で手を振る。――が、マイスはそれを華麗に無視して、話を進める。
「そこで、ご提案なのですが……」
「……て、提案……?」
「――我々、人間族の諺に、『百聞は一見にしかず』というものがあります。百回話を聞かされるよりも、たった一度目の前で見た方が、より良く理解が出来る――という意味です」
「……は、はア……」
「――そこでですね」
そう言うと、マイスは再び輝くような笑顔を披露し、言葉を続けた。
「皆様によりハッキリとご理解頂く為――、このデモ機を実際に使用して、私どもの商品が如何に信用に足る性能なのかを証明させて頂きますわ!」