CASE1-18 「もっと簡単で良いのよ」
「――商談……はて、どういった事でショか?」
ザドクムは、大袈裟に首を傾げてみせた。――もちろん、“商談”の大まかな概要は、ドヴェリクに訊いて既に把握しているが、カマを掛ける意味でしらばっくれてみせたのだ。
それに対して、マイスはニッコリと魅力的な微笑を浮かべて答えた。
「ええ。風の噂で、あなた方がウールタイガーの襲撃を受けていて、身を危険に晒されているという事を伺いまして。何かお力になれれば――と、罷り越した次第で御座います」
「力になる……というノハ、詳しく言うと、どんな事……ですかナ?」
ザドクムはマイスの真意を諮ろうと、鋭い眼光で彼女の顔をジロリと見るが、彼女の太陽の光よりも眩しい微笑みに魅せられて、年甲斐もなく赤面してしまう。
「あ……そ……そノ……」
「先程もお伝えしましたように、私共はハルマイラという街で、武器防具修理工房を経営しておりまして、そこでは修理業務の他に、武器類やトラップツールの生産・販売も併せて行っております。それで、弊社の商品の中に、ウールタイガーの駆除や撃退に役立てるものがあるのでは無いか――そう考えました」
「ほ……ほほう」
立て板に水を流すようにスラスラと話す彼女の言葉の勢いに圧され、ザドクムは思わず頷いてしまう。
マイスは、もう一度ニコリと微笑むと、後ろを振り返り、「イクサくん。用意して」と、手短に指示する。
それまで、彼女の後ろで突っ立っていただけの貧弱な体躯の若い人間が、彼女の言葉を受けるや、慌てて床に置いてあった背嚢をゴソゴソ漁り、いくつかの器具を取り出した。
それは、芯にぐるぐる巻いて筒状にした、細い針金で編まれた金網だった。
彼は、ザドクムと、後ろに控える半人族に向けて一礼すると、緊張した面持ちで話し始めた。
「あ……は、初めまして。俺……私は、ダイサリィ・アームズ&アーマーのカウンター担当を務めております、イクサ・ストラウストと申します。――あの、本日、皆様にご紹介したいのが」
そう言って、彼は手に持った金網の束を高々と持ち上げ、誇らしげに言った。
「我々、ダイサリィ・アームズ&アーマーが自信を持ってお薦め致します逸品――対猛獣撃退雷光条網『フレルナキケン3号』です!」
「タイモウジュウゲキタイライ……な、何ですト?」
聞き慣れない言葉に、目をパチクリさせるザドクム。言葉が理解できるザドクムですらそうなのだから、言葉の通じない半人族にはまるっきりチンプンカンプンである。目の前の人間族の若者が、変なモノを自慢げに持ち上げた――としか分からない。
てっきり、驚愕と興奮で迎えられると思っていたイクサは、全く予想に反した反応と幾十もの白い目に晒された事で、アワアワと狼狽える。
「ま……マイスさ~ん、どうしましょう? リアクションが薄いんですけど……」
「……そりゃ、名前だけ言っても、『で?』ってなるに決まってるじゃない。……ほら、アナタが自分で言った通り、商品に自信を持って、ちゃんとプレゼンなさいな」
「あ……あ、はい……」
マイスからプレッシャーを受けて、全身に嫌な汗が浮くのを感じながら、イクサは半人族の方に向き直った。
そして、たどたどしい口調で説明を続ける。
「――え、えーとですね……。こ……この『フレルナキケン3号』は、ダンスタイル特殊鋼に、雷属性の魔晶石の粉末を混ぜ込んで針金状に引き延ばしたものを金網に仕立てたものでして……」
『……?』
「え、と……要するに、害獣がこの金網に触れると同時に、魔晶石の粉末が活性化し、部分的に小規模な電撃が流れる仕組みと、なっております……が……えと」
『???』
「ええと……つまりですね……。対象の害獣の体内の雄氣に反応して、雷属性の……その……」
『??????』
「あー、ダメダメ。イクサくん、全然皆さんに伝わってないわよ。そんな専門用語だらけで、抽象的なフワッとした説明なんかじゃ通じないわ」
堪りかねて、マイスが口を挟んだ。
「いや……でも、ちゃんと仕組みを説明しないと――」
「あー、もう。もっと簡単で良いのよ。――例えばさ」
そう言うと、マイスはイクサの手から『フレルナキケン3号』を引ったくるように受け取ると、半人族に向き直った。
「――弊社の担当が至りませんで、大変失礼致しました。私が引き継いでご案内させて頂きますわ」
そう言うと、彼女はニッコリと微笑みかけた。――それだけで、心なしか半人族の男達の鼻の下が伸びているような気が……する。
マイスは、金網を持ち上げると、満面の笑みを湛え、清涼な風のような爽やかな声で言った。
「つまりですね――」
「……はイ」
「――ウールタイガーがこれに触れたら、小さな雷が出来て、ビリビリ痺れてやっつける。――そんな感じの罠ですわ」
「――――!」
「……て、え、それだけぇ? ――ちょ、ちょっと、マイスさん!」
思わず割り込むイクサ。
マイスは、キョトンとした顔で首を傾げる。
「え? どうしたの、イクサくん?」
「雑ぅっ! 説明がいくら何でも雑すぎじゃないですか? ――もうちょっと、詳しい仕組みとか原理とかを――」
「おおう! そういう罠なのですナ! それはスゴいものではないですカ!」
「……へ?」
マイスに逆にダメ出しをしようと意気込んだイクサは、ザドクムの感心した声に、戸惑いを隠せない。
「小さナ雷に打たれるワナとな……! それニ……『ウールタイガーがこれにふれタら』って事は、つまり、置いておくだけで良いって事なんでスカ?」
ザドクムは、興奮しきりの表情で、マイスに質問する。
マイスは、そんな長の様子を見て、ニコリと微笑みかけて答えた。
「ええ、その通りですわ。この金網を集落の周りに張り巡らせてしまえば、ウールタイガーが集落の中に入る事は出来ません。更に、この『フレルナキケン3号』の有効使用期限は3年間ですので、その間はメンテナンスの必要もありません。――要するに、3年間は放っておいて良いって事ですわ」
「おおおおっ! 素晴らしい!」
ザドクムは、目をキラキラと輝かせる。
言葉が分からず、顔を見合わせるばかりだった半人族達も、ドヴェリクがマイスの言葉を翻訳した事で内容を理解したようで、喜色満面で歓声を上げた。
マイスは、目をキラリと光らせ、営業スマイルを湛えながら、更に追撃を掛ける。
「もちろん、この製品には3年間の延長保証をお付けしておりますので、その間に罠が破れたり、壊れたりしたら、無料で出張修理を行わせて頂きます。自前で修理部門を持つウチならではの、手厚いアフターサービスにより、安心してご利用頂けますわ」
「ほ、ほう……! 無料とハ、つまり、タダ……というコとなんですか! そ、ソレは素晴らしイ!」
“無料”という言葉の魅力は、種族を問わないらしい。たとえ、自給自足で数十年暮らし続け、貨幣経済とはすっかり縁遠くなった半人族といえど、だ。
すっかりテンションが上がった半人族の人達。
――だが、
『ノ! ア オポッセ!』
と、ザドクムの脇に控えていた痩せぎすの男が、大きな声を上げて、大きく首を横に振った。
そして、そのまま、彼はザドクムに詰め寄り、猛烈な勢いで捲し立て始めた。




