CASE1-17 (一体どういう腹積もりなのかのう……)
『――その人間族どもは、本当に商売をしに来ただけなのか?』
大広間の戸の前で立ち止まり、半人族の年老いた男は、傍らに控えるドヴェリクの方を振り返り、確認するかのように問い質した。
ドヴェリクは、その問いに大きく頷く。
『左様で御座います、長様。イクサさんは、ウールタイガーに悩まされているオレたちを助ける為に、便利な武器や罠を持ってきてくれたんです』
『――そんな旨い話があるのか? 人間など、信用ができんわ!』
ドヴェリクの言葉に異を唱えたのは、細長い針金を思わせるような引き締まった体躯をした中年の男だった。
『――大方、甘い言葉で我々を油断させ、気を許したところを狙って付け入ろうという、浅ましい魂胆に決まっておるわ!』
『い――いや、ズゴグフ副長様。マイスさんに限って、そのような事はしない。あの方は、マイハラスで殺されかけていたオレを助け、親切に介抱してくれたんだ! ――マイスさんは、地神ガイザルドイの様に慈悲深い御心をお持ちなん――』
『それが懐柔されているというのだ、ドヴェリク! お前は、その人間族の女の外面に騙されて、まんまと思い通りに集落まで案内させられてしまったのだ……そんなことも解らんのか、バカモン!』
『だ――誰がバカだと! これでもオレは、半年もマイハラスの人混みに揉まれながら、人間どもと関わっていたんだ。人間族の本性を鑑る目ってヤツは、仲間しかいない集落ン中でまったり過ごしてたアンタらより、よっぽど肥えてる!』
『お前、この俺様に――』
『――やめんか!』
白熱して、胸倉を掴み合わんばかりの勢いの二人を一喝する半人族の長。万雷の如きその声に、ふたりは首を竦めて口を閉じる。
『事ここに至って、そんな事を言い合ってる段階ではないだろう。その人間族に、直接ワシが会って見極める。――それ以上に確かな事があるか?』
長は、静かな口調で二人を諭すと、ギロリと一睨みする。
『い――いえ……。長様の判断に間違いが無い事は、重々承知しております』
ズゴグフが恐れ入った様子で頭を下げ、ドヴェリクも慌てて頷いた。
長は、二人の態度に満足した様子で口元の白髭を撫でるが、すぐにその表情を引き締めた。
(――さて、久方ぶりの人間族の来訪者……。彼女たちは、一体どういう腹積もりなのかのう……)
そうなのだ。
この半人族の集落に、異人種が意図して訪れることは、めったにない事なのだ。
半人族は、己が生きていく上で必要なものを、森の中でほぼすべて賄う事ができる。彼らは、森と共生しているのだ。今まで、敢えて外の人間族と取引をする必要性を感じる事は無かったと言っていい。
むしろ……過去の苦い経験から、外からやって来る人間族をはじめとした異人種は、おしなべて悪しき心を持ってやってくる者たちばかりだと固く信じている。
その為、半人族の先人達は、集落へ続く獣道に惑乱の聖句を施し、半人族以外には決して辿り着けないよう細工を施したのだ。
――その結果、数十年に渡り、偶然迷い込んだ数件以外、この集落に異人種が訪れる事は無かったのである。
その長年の慣習を破って、ドヴェリクが人間族を自ら進んで集落まで案内してきたのは、本来ならば決して許されない行いだ。
しかしながら、彼が連れてきた人間族が、半人族の目から見ても並外れて美しい女と、ひ弱そうな若い男のたった二人だった事と、ドヴェリクが二人の善良さを必死で訴えかけてきた事で、長の判断に迷いが生じた。
(――ひょっとして、あの二人は、本当にワシ達を助けてくれようとしているのではないだろうか……?)
彼の頭に浮かんだ小さな希望――それが自分の妄想なのか、それとも真実なのかを確かめる為に、長は直接ふたりと面会して見極める事に決めたのだった。
『……では、参ろうかの』
長は、後ろに控える半人族の男たちを見回してそう言うと、粗末な木の扉を押して開けた――。
『キャハハハ! スゴイスゴイ!』
『え~、どうやったの? 教えてよぉ、お姉ちゃん!』
『もう一回! もう一回やってみせてえっ!』
『――へ?』
己の判断が、半人族の未来を左右するかもしれないという重圧に心が圧し潰されそうになりながら扉を開けた長の耳に届いたのは、子どもたちが上げる朗らかで楽しそうな笑い声だった。
呆気に取られた長は、扉を開けたままの体勢で、目をパチクリさせる。
『だ、だってさ。この札は、さっきボクが破った札のハズだよぉ? 何で、お姉ちゃんが持ってるのさぁ!』
『さっきのまじっくもスゴかったね! 何でアタシの選んだ札が分かったの?』
「えへへへ~、ビックリした?」
子どもたちに周りを取り囲まれ、ニコニコと笑いながらカードを並べているのは、金髪を後ろで束ねた、とても美しい人間族の女――。
『――おい! 何でガキたちが、この部屋に居るんだ!』
ズゴグフが、こめかみに青筋を立てて、見張りに怒鳴る。
見張りは、怒鳴りつけられて、狼狽しながら答える。
『す――すいやせん! いつの間にか勝手口の方から入ってきちまったみたいで……。で、この女が、子ども達を集めて“まじっくしょー”とかいうのを始めてしまって……。でも、これがまたスゴいんですよ! 選んだ札を当ててみせたり、札が消えたと思ったら、オレの袖の中から出てきたり――』
『ええい! そんな事を訊いているんじゃないわい! さっさとやめさせんか! ガキどもも早く追い出――!』
「――あらあら。これは気付きませんで。失礼致しましたわ」
『!』
見張りに怒鳴り散らしていたズゴグフは、不意に背後からかけられた、鈴を転がす様な涼やかな声に度肝を抜かれた。
彼が慌てて振り返ると、人間族の女の美しい笑顔が目の前にあった。
『……ア ウェ……』
「初めまして。私、ハルマイラという街で“ダイサリィ・アームズ&アーマー”という武器防具修理工房を経営しております、マイス・L・ダイサリィと申しま――」
『ウェ! ウェ! ア……アム カト スピイカ――』
「……あ、申し訳御座いません。……言葉、解りませんよね。――私も解らないですけど……」
マイスは、困った様子で顔を曇らせる。その深紫の瞳で周りを見回し、半人族の男達の中から、ドヴェリクの姿を探し出す。
「ゴメン、ドヴェリクさん! 通訳お願い――」
「あ。ワシ、少しわかります。アナタ達の、言葉」
と、マイスの言葉を遮り、一歩前に出たのは、半人族の長だった。
彼はしきりに口元の髭を撫でつけながら、緊張の面持ちで、慣れない人間族の言葉を口にする。
「はじめましテ、お嬢さン。ワシ、ザドクム言います。このムラの、長してまス」
「あ……こっち――こちらの方が……。コホン……大変失礼致しました。ザドクム様」
女は一瞬焦った顔を見せたが、すぐさま穏やかな微笑をその美しい顔に湛え、落ち着いた物腰で、長に向かって深々と頭を下げる。
そして、懐から小さな紙切れを取り出し、それをザドクムに向けて差し出しながら言った。
「改めまして……。私、ハルマイラという街で“ダイサリィ・アームズ&アーマー”という武器防具修理工房を経営しております、マイス・L・ダイサリィと申します。――この度は、半人族の皆様に、お得な“商談”をお持ちしましたの」




