最終話 Once again…
その日、廊下の掲示板に、辞令が張り出された。
総勢8名に宛てた急な辞令で、しかも9月早々から始動するという。
【 営業1課 寺尾康之 9月1日を以て、営業本部 後方支援課課長職を命ずる 】
【 営業1課 山本秀実 9月1日を以て、営業本部 後方支援課課長補佐職を命ずる 】
【 営業1課 小栗綾子 9月1日を以て、営業本部 後方支援課主任職を命ずる 】
……
「…これ、何かの冗談ですかねぇ…斎須さ…じゃなかった山本さん…」
「…大木次長の仕業臭いな…。っていうより、いい加減慣れてくれ」
「それより、2人共…結婚と同時にパートタイムになったんじゃないの?」
「 「あ!!」 」
「…気付くの…遅くね?」
「うるさい、寺尾! あんたが課長なんて、やっていけるのか?」
「私より2人でしょ。次長と旦那と、よく話した方がいいんじゃないの?」
「言われなくても、そうするっての!」
「そうですねぇ」
「こらこら、何のんきに構えてんだ? 今後新人や派遣を入れて、お前が指導していく立場になるんだぞ?」
「…は?」
「は? はってなんだ? 当たり前だろ?」
いえ、初耳です。
なんで私が指導するんです? 入社して何年も経っている訳じゃないのに。
まだペーペーで当たり前なのに!
「…次長はどこです?」
「次長なら、しばらく出張で戻らないぞー」
背後から聞こえたのは、もうすっかり聞きなれて…耳に馴染んだ声。
「修平…」
「次長め…逃げたな…?」
「さ…山本さん、そんな逃げただなんて…」
「いいや、逃げた。私らが拒否権を執行出来ないように、絶対に逃げた」
確信に近い考えを、斎須さんじゃなかった…山本さんは持っているらしい。
確かにタイミングは良すぎるけれど。
でも、どうしよう。
私はまだ誰かに指導するだなんて、そんなスキルは持っていない。
ただ黙々と、営業さん達が困らないようにとやってきただけだ。
「綾子、そんなハの字眉毛にしなくても大丈夫だよ。お前がやってきた事を、地道に伝えていけばいい。覚える気がない奴は、その時点で消える。それはお前のせいにはならないよ。だから頑張ってみろって」
「…修平…」
穏やかな視線を3人から向けられ、思わず俯いてしまった。
「自信、ないか? 小栗」
「ないと言うか…不安です…」
「お前が失敗しても、それをフォローするために私達がいる。何のために次長が私らに役職を与えたと思う? 小栗を含めて、任せられると踏んだからだよ。やる事は今までと変わるわけじゃない。それを誰かに伝えるか伝えないかの違いだけだ。そうだろ?」
「寺尾さんにしては、いい事言いますね」
「おいこら、小栗夫! 文句あんのか?」
「ないですよ。綾子を頼みます」
「お、おう。任せとけ!」
「綾子。な、大丈夫だ」
「…はい…」
そうか、伝えていくだけで、やる事は変わらないんだ。
それを受け止める新人の意欲次第で、どう育つか変わるんだ…。
信じてくれる人たちの為にも、私が頑張らなくちゃいけないんだ…。
それはきっと、私の自信にも繋がるに違いない。
「うん…やってみます、私…」
しばらくして、派遣会社からの面談が始まった。
他部署からも数人移動してきていることもあって、後方支援課はにぎやかに始動した。
私は研修に次ぐ研修で、資料を作りながら業務をこなし、終わらない資料作りは自宅でも行い、ベッドに入るのが深夜になることもしばしばだった。
翔太を放っておく事はなく、家庭の事も仕事もこなすのは大変だった。
それでも、修平が誰よりも支えてくれている。
翔太も、私の仕事を理解してくれる。
仲間も、私と一緒に悩んで、励ましてくれる。
失敗をしてしまっても、その時はもう一度チャレンジすればいい。
それは…何度でも…。
何度でも…繰り返し、もう一度。
誰にでもやり直すチャンスは、平等にあるのだから。
衝立で分けただけの研修スペースで、資料の整理を済ませた時。
他部署から移動してきたばかりの同僚の声が、私のもとへ飛んでくる。
「小栗さーん! 1番、安井様から入電でーす」
「はい! お待たせいたしました、安井様。いかがなさいましたか?」
今日もまた、あわただしい一日が始まる…。
お待たせいたしました。
色々展開を悩んだのですが、だらだらと長引かせるよりも新たな道でチャレンジを始めたところで終わらせようと決めました。
若干いつもより短めかなと思います。
でも、修平と翔太と3人で新たな生活を始め、仕事もまた新しい局面を迎えました。
きっと綾子なりに淡々とこなしていくことと思います。
それを願いつつ…。
10万文字に満たないお話で、しかもこれだけ時間をかけてしまいました。
気まぐれな折原の更新をお待ちくださった皆様、ありがとうございます。
ご意見や感想をくださった皆様、ありがとうございます。
また他のお話で、お会いできますように…。




