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第5話 狩る側が見られている

第五話


「狩る側が見られている」


午前二時十三分。


都内某所。


コンビニエンスストアの自動ドアが開いた。


「いらっしゃいませー」


九条ホオズキが入ってくる。


黒いパーカー。


ジャージ。


サンダル。


完全に深夜の買い出しである。


手には財布とスマートフォン。


武装はしていない。


今日は任務ではない。


ただ単に、


プリンを買いに来た。


ホオズキは冷蔵棚へ向かった。


そこで、ふと止まる。


天井を見る。


半球型の監視カメラ。


「…………」


少し歩く。


レジ上。


監視カメラ。


ATM。


カメラ。


コピー機。


操作パネル。


入口。


防犯センサー。


店の外。


道路監視カメラ。


信号機。


駐車場。


ドライブレコーダーを搭載した車。


通行人。


スマートフォン。


向かいのマンション。


オートロックのインターホン。


ホオズキはプリンを持ったまま固まった。


数秒後。


スマートフォンを取り出す。


久世トウマに電話した。


『……はい』


寝起きの声だった。


「久世」


『なんですか』


「今この瞬間も見られてると思う?」


沈黙。


『……どこにいるんです?』


「コンビニ」


『何してるんですか』


「プリン買ってる」


『だったらプリン買って帰ってください』


「いやでもさ」


ホオズキは天井のカメラを見る。


「カメラあるじゃん」


『コンビニですからね』


「外にもある」


『東京ですからね』


「スマホもある」


『持ってますね』


「車にもカメラ」


『ありますね』


「信号にもある」


『場所によりますけどあります』


ホオズキは真顔になった。


「世界ってカメラ多くない?」


『今さら気付いたんですか』


「昨日まで気にならなかった」


『NIGHT SHIFTのせいですね』


「そう」


ホオズキは再び監視カメラを見た。


「これ、今ミレイユが見てたりする?」


久世の声が少しだけ真面目になる。


『可能性はあります』


「…………」


ホオズキは考えた。


そして突然、


監視カメラへ向かって、


思いきり変顔をした。


頬を膨らませる。


目を寄せる。


舌まで出す。


『何してるんですか』


「見てるならサービスしようかなって」


横から声。


「やめろ」


黒崎だった。


いつの間にか店に入っていた。


ホオズキが振り向く。


「なんでいるの」


「コーヒーだ」


「私の監視?」


「違う」


「怪しい」


「午前二時にプリン買いながら監視カメラへ変顔している女よりは怪しくない」


「失礼だな」


黒崎は缶コーヒーを取った。


店員が、


できるだけこちらを見ないようにしていた。


久世の声が電話越しに聞こえる。


『ちなみに店員さんには確実に見られてますよ』


「…………」


ホオズキはカメラから顔を背けた。


「帰ろ」


「プリン買え」


「忘れてた」


---


翌朝。


ヤタガラス本部。


会議室。


ホワイトボードに大きく書かれている。


《監視対策》


その下に久世が書き足す。


《NIGHT SHIFTによる生活圏把握の可能性》


室内にはホオズキ、黒崎、レンジ、真壁、数名の隊員。


空気は重かった。


第四話で判明した事実。


NIGHT SHIFTは、


ヤタガラス内部へ侵入しているわけではない。


システムも破られていない。


通信も盗聴されていない。


それなのに、


こちらの行動が読まれている。


理由は単純だった。


街そのものを利用している。


監視映像。


SNS。


電子決済。


位置情報。


車両記録。


店舗予約。


目撃情報。


ヤタガラスが使っているのと、


同じ情報。


久世は説明した。


「さらに過去二週間を調べた結果、少し気になることが分かりました」


画面が切り替わる。


地図。


赤い点が大量に表示される。


「隊員の生活圏です」


全員黙った。


通勤経路。


よく使う駅。


よく行く飲食店。


コンビニ。


ジム。


スーパー。


病院。


駐車場。


レンジが腕を組む。


「どの程度まで?」


「かなり」


「かなりとは?」


久世が別の画面を出す。


《九条ホオズキ》


よく利用するコンビニ。


利用時間帯。


購入傾向。


久世が読む。


「プリン」


ホオズキが顔を上げた。


「待て」


「エナジードリンク」


「待て待て」


「カップ麺」


「それ以上言うな」


「あと」


「久世」


「唐揚げ」


「やめろ」


黒崎が言った。


「健康診断の数値が悪い理由が分かったな」


「NIGHT SHIFTより先にお前を始末するぞ」


「それは脅迫だ」


久世が続ける。


「レンジさん」


画面が変わる。


「コーヒー」


「はい」


「書店」


「はい」


「トレーニングジム」


「はい」


「香水」


少し沈黙。


ホオズキがレンジを見る。


「香水?」


「悪いか」


「いや」


ホオズキが鼻を近づける。


レンジが避ける。


「嗅ぐな」


「確かにちょっといい匂いする」


「やめろ」


真壁が呟いた。


「平和だな」


久世は咳払いした。


「重要なのはそこじゃありません」


「そうだった」


画面に戻る。


「NIGHT SHIFT側が、我々個人の行動パターンを把握している可能性があります」


黒崎の表情が変わる。


「自宅は」


「把握されている前提で考えた方がいいです」


空気が一気に冷えた。


家族。


友人。


恋人。


生活圏。


任務中ではない時間。


隊員が最も無防備になる場所。


ホオズキも笑わなくなった。


「家族の方は?」


「調べました」


久世が答える。


「現時点で接触の痕跡はありません」


「尾行は」


「確認できません」


「脅迫」


「なし」


「不審者」


「なし」


「侵入」


「なし」


黒崎が眉を寄せる。


「妙だな」


そう。


妙だった。


NIGHT SHIFTは知っている。


しかし、


何もしない。


住所を知っている。


家族構成も調べようと思えば調べられる。


生活時間も把握できる。


それなのに、


襲わない。


人質にも取らない。


暗殺もしない。


ホオズキが椅子にもたれた。


「何したいんだ、あの人」


誰も答えられなかった。


---


それから数日。


ヤタガラス内で妙な現象が起きた。


全員がカメラを気にするようになった。


エレベーター。


「カメラ」


駐車場。


「カメラ」


駅。


「カメラ」


飲食店。


「カメラ」


自販機。


ホオズキ。


「これも?」


久世。


「それは商品サンプルです」


「丸いから」


「全部レンズに見える病気になってますよ」


別の日。


黒崎が会議室へ入る。


ホオズキがノートPCのカメラ部分に、


絆創膏を貼っていた。


「何してる」


「セキュリティ」


「専用品を使え」


「これ安い」


レンジのPCを見る。


黒いテープ。


真壁のPCを見る。


付箋。


黒崎が黙る。


「……お前ら」


ホオズキが言う。


「全員疑心暗鬼」


久世がため息をつく。


「それ自体がNIGHT SHIFTの狙いだったらどうするんですか」


全員止まる。


数秒後。


ホオズキが絆創膏を剥がした。


「じゃあ貼らない」


レンジもテープを剥がした。


真壁も付箋を取る。


黒崎が言った。


「素直だな」


---


さらに翌日。


事件が起きた。


午後三時二十分。


ヤタガラス本部受付。


「宅配便です」


普通の宅配業者だった。


宛先。


隊員個人。


発送元。


都内の菓子店。


不審物処理班が確認。


爆発物反応なし。


毒物反応なし。


生物剤反応なし。


放射線反応なし。


通信機器なし。


発信機なし。


盗聴器なし。


ただの箱。


会議室へ運ばれた。


ホオズキ。


黒崎。


久世。


レンジ。


真壁。


そして荷物の受取人である隊員。


全員で箱を見る。


誰も触らない。


ホオズキが言う。


「開けろ」


隊員が言った。


「なんで俺が」


「お前宛てだから」


「爆発したら?」


久世。


「検査済みです」


「毒は?」


「検査済みです」


「呪いは?」


久世が止まった。


「……専門外です」


隊員の顔が引きつった。


ホオズキ。


「やめろ久世。不安にさせるな」


「聞かれたので」


黒崎が箱を開けた。


全員が一歩下がる。


「お前ら」


中身。


高級菓子。


きれいに包装されている。


それだけ。


そしてカード。


黒崎が読む。


《誕生日おめでとうございます》


沈黙。


全員、


受取人の隊員を見る。


隊員が青ざめる。


「……今日です」


空気が凍った。


ホオズキの顔から完全に笑みが消える。


「脅迫だな」


久世。


「たぶん」


「完全に脅迫だろ」


「文面だけなら祝福です」


「状況込みで考えろ」


黒崎がカードを裏返した。


裏にも文字。


《アレルギーあるって聞いたので、ナッツ抜きです》


沈黙。


ホオズキが言った。


「気遣いが怖い」


久世が頷く。


「かなり」


レンジが箱を見る。


「本当にナッツ抜きなのか」


「成分表示上は」


「そこ確認するんだ」


「重要でしょう」


真壁が腕を組む。


「食うのか?」


受取人。


「食えるわけないでしょう!」


ホオズキ。


「でも結構高いやつだぞ」


「九条さん!」


「捨てるなら私が」


黒崎。


「食うな」


「検査済みだろ」


「問題はそこじゃない」


「食品ロス」


「今その話をするな」


そのとき、


久世が箱の底からレシートを見つけた。


普通の購入記録だった。


正規店。


正規商品。


普通に金を払って買っている。


ホオズキが頭を抱える。


「なんなの、あいつら」


レンジが言う。


「殺せるぞ、と示したいなら、もっと分かりやすい方法がある」


黒崎が頷く。


「ああ」


家族を襲う。


自宅へ侵入する。


本人を狙う。


もっと直接的な脅迫はいくらでもできる。


だが、


NIGHT SHIFTはやらない。


知っている。


それだけを伝えてくる。


ホオズキがカードを見る。


《誕生日おめでとうございます》


《ナッツ抜きです》


「……腹立つなあ」


久世が聞く。


「どの辺が?」


「礼儀正しいところ」


「そこですか」


「もっと悪党っぽくしてほしい」


「希望を出さないでください」


「『次はお前だ』とか」


「それはそれで嫌でしょう」


「嫌だけど分かりやすい」


黒崎が低い声で言った。


「分からないから怖いんだ」


全員黙った。


その通りだった。


---


同日夜。


NIGHT SHIFT。


雑居ビルの一室。


ミレイユ・ヴァイスはモニターを見ていた。


監視映像ではない。


ニュース。


交通状況。


店舗情報。


SNS。


公開情報。


どこにでもあるものばかりだった。


ジャックがソファに座っている。


「姐さん」


「なに」


「菓子、届いたって」


「そう」


「めちゃくちゃ警戒されたらしいぞ」


「当然でしょうね」


「だったら送らなきゃよかったんじゃねえの?」


ミレイユは画面から目を離さない。


「誕生日だったから」


「いや」


ジャックが困る。


「そういう話じゃなくて」


「何」


「敵だろ?」


ミレイユがようやくジャックを見る。


「だから?」


「敵に誕生日プレゼント送る?」


「送ってはいけない理由は?」


ジャックはしばらく考えた。


「……普通?」


「普通というのは理由にならない」


ジャックは頭を掻いた。


「相変わらず会話しづれえなあ」


ミレイユは画面へ戻る。


ジャックが続ける。


「でもよ」


少しだけ声が真面目になる。


「家まで分かってんなら、もっとやり方あるだろ」


ミレイユの指が止まる。


「ある」


即答だった。


「家族を使うとか」


「できる」


「一人ずつ消すとか」


「できる」


「じゃあなんでやらねえ」


ミレイユは少しだけ不思議そうな顔をした。


「必要がないから」


ジャックが黙る。


ミレイユは淡々と続ける。


「人を殺せば警戒が強くなる」


「まあな」


「家族を狙えば感情的になる」


「なるな」


「感情的になった相手は行動が読みにくい」


「……ああ」


「死体を増やせば警察も動く。行政も動く。メディアも動く。私たちにとって不必要な変数が増える」


ジャックが苦笑する。


「人殺さねえ理由が優しさじゃねえんだな」


「当たり前でしょう」


ミレイユは本気で分からないという顔をした。


「殺す必要がない人間を殺す意味がない」


「怖えよ」


「なぜ?」


「そういうとこだよ」


ミレイユは再び画面を見る。


少しして、


ジャックが聞いた。


「じゃあ必要なら?」


ミレイユは答える。


「殺す」


間がなかった。


声の温度も変わらなかった。


「必要ならね」


ジャックは黙った。


ミレイユは冷たい人間ではない。


少なくとも、


本人はそう思っていない。


人間を嫌っているわけでもない。


むしろ、


よく理解していた。


人間は働く。


買う。


食べる。


眠る。


愛する。


喧嘩する。


嘘をつく。


SNSへ写真を載せる。


ポイントを貯める。


誕生日を祝う。


そして、


記録を残す。


現代では、


生きることそのものがログになる。


そのログを見れば、


人間は驚くほどよく分かる。


どこへ行くのか。


何を食べるのか。


誰を大切にしているのか。


何を恐れているのか。


何を信じるのか。


ヤタガラスも同じだった。


特別な存在ではない。


優秀ではある。


強い。


経験もある。


判断も速い。


だが、


社会の外側にいるわけではない。


コンビニへ行く。


車に乗る。


スマートフォンを使う。


電子決済をする。


監視カメラの下を歩く。


そして、


情報を見て判断する。


ミレイユは呟いた。


「狩る側って」


ジャックが顔を上げる。


「ん?」


「自分が見られることには、意外と慣れてないのね」


ジャックが笑う。


「そりゃそうだろ」


「なぜ?」


「狩る側だからだよ」


ミレイユは少し考えた。


そして、


ほんのわずかに笑った。


「なるほど」


---


翌朝。


ヤタガラス本部。


問題の菓子折りは、


最終的に厳重な検査を経て、


休憩室のテーブルへ置かれた。


貼り紙。


《検査済》


その下。


久世が追加。


《ナッツ不使用確認済》


さらにその下。


ホオズキ。


《一人二個まで》


黒崎。


《食うな》


さらにホオズキ。


《もったいない》


さらに黒崎。


《命令》


レンジが休憩室へ入ってきた。


貼り紙を見る。


箱を見る。


ホオズキを見る。


「食った?」


「まだ」


「偉いな」


「黒崎が見張ってる」


部屋の隅。


黒崎がコーヒーを飲んでいた。


「暇なの?」


「お前のせいだ」


久世が入ってくる。


「分析結果出ました」


全員が振り返る。


「箱、包装、カード、配送経路。全部普通です」


ホオズキ。


「本当に?」


「はい」


「罠は?」


「ありません」


「メッセージは?」


「誕生日おめでとうございます」


「知ってる」


久世は少しだけ笑った。


そして、


真面目な顔になる。


「ただ、一つ分かったことがあります」


「何」


「NIGHT SHIFTは、こちらを殺そうと思えば、もっと直接的な方法を取れます」


空気が静かになる。


「でも取っていない」


黒崎が続ける。


「つまり今やっていることには別の理由がある」


久世が頷く。


「少なくとも、単純な縄張り争いではありません」


ホオズキは椅子に座った。


テーブルの上には、


きれいな菓子箱。


その横には、


誕生日カード。


監視。


情報汚染。


炎上。


偽情報。


生活圏の把握。


全部つながっている。


しかし、


目的だけがまだ見えない。


ホオズキは天井を見た。


監視カメラがある。


本部内の、


自分たちのカメラだ。


それなのに、


妙に気になった。


「久世」


「はい」


「これ」


天井を指す。


「ウチのだよね?」


「ウチのです」


「絶対?」


「絶対です」


「ミレイユ見てない?」


「見てません」


「本当に?」


「九条さん」


「はい」


「もう寝てください」


「はい」


レンジが笑った。


黒崎がため息をつく。


ホオズキは立ち上がる。


そして休憩室を出る直前、


菓子箱から一個取った。


黒崎。


「おい」


「一個だけ!」


「戻せ」


「検査済み!」


「戻せ!」


「ナッツも入ってない!」


「お前アレルギーないだろ!」


「そこ!?」


休憩室に声が響く。


その様子を、


天井の監視カメラが黙って記録していた。


もちろん、


ヤタガラスのカメラである。


たぶん。


ホオズキは廊下から顔だけ戻した。


「久世!」


「見られてません!」


「まだ何も言ってない!」


「分かります!」


夜はログを残す。


狩る者も。


狩られる者も。


例外なく。


そして今、


ヤタガラスはようやく理解し始めていた。


今回の敵は、


彼らを殺そうとしているだけではない。


彼らを、


見ている。

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