第3話 ヤタガラス炎上する
第三話 ヤタガラス炎上する
午前二時十三分。
都内某所。
古びた雑居ビルの前に、黒い車両が三台、音もなく停まった。
一台目のドアが開く。
黒い戦闘服。
防弾ベスト。
拳銃。
短機関銃。
暗視装置。
通信機。
完全武装したヤタガラスの隊員たちが、次々と夜の路地へ降り立つ。
最後に降りてきた九条ホオズキは、ビルを見上げた。
「ここ?」
黒崎がタブレットを確認する。
「ああ」
「吸血鬼のアジト?」
「可能性が高い」
「どれくらいいる?」
「不明」
ホオズキは嬉しそうに拳銃のスライドを引いた。
「じゃあ全員いる前提で行こう」
「なぜ増やす」
「心構え」
「お前の心構えは常に過剰なんだよ」
ビルの三階。
表向きはイベント企画会社。
だが第2話で判明した血液配送サービス《NIGHT SHIFT》の物流記録を洗った結果、複数の配送ルートがこの建物へ集中していた。
さらに深夜にもかかわらず、人間の出入りがほとんどない。
吸血鬼の拠点としては、かなり怪しい。
黒崎が無線を取った。
「全員、配置確認」
各班から短く応答が返る。
「突入」
先頭の隊員が扉の前へ。
破砕器具を構える。
三。
二。
一。
――ドンッ!
扉が吹き飛んだ。
「ヤタガラス! 動くな!」
隊員たちが一斉に突入する。
ホオズキも続く。
廊下。
無人。
第一室。
無人。
第二室。
無人。
給湯室。
無人。
会議室。
無人。
倉庫。
無人。
ホオズキは銃口を左右へ振った。
「……いない」
黒崎が奥の部屋を確認する。
「クリア」
「こっちもクリア」
「二階クリア」
「屋上クリア」
全館制圧。
所要時間、三分四十一秒。
結果。
誰もいなかった。
ホオズキはしばらく無言だった。
そして、ぽつりと言った。
「……帰った?」
「最初からいなかった可能性もある」
黒崎が答える。
室内にはデスクが数台。
棚。
冷蔵庫。
段ボール。
プリンター。
観葉植物。
それだけだった。
血液パックもない。
武器もない。
吸血鬼もいない。
違法な設備もない。
あるのは、ごく普通のイベント企画会社のオフィスだけ。
ホオズキが机の上の紙を一枚持ち上げる。
「領収書」
「置け」
「コンビニ」
「置け」
「唐揚げ弁当」
「置け」
「大盛り」
「だから置け」
ホオズキは紙を戻した。
「怪しい」
「何がだ」
「深夜に唐揚げ弁当大盛り」
「お前は何を捜査してるんだ」
その時。
情報班の隊員が声を上げた。
「黒崎さん」
「どうした」
「これ」
壁際の小さなホワイトボード。
そこには黒いペンで一言だけ書かれていた。
《本日の業務は終了しました》
沈黙。
ホオズキが首を傾げる。
「……煽られてる?」
「ただの業務連絡だ」
「でも腹立たない?」
「お前は今、何にでも腹を立てられる状態だ」
結局。
押収できたものはほとんどなかった。
ヤタガラスは午前三時過ぎ、拠点らしき建物から撤収した。
完全な空振りだった。
問題は。
その翌朝だった。
午前八時十二分。
ヤタガラス本部。
食堂。
ホオズキは朝食のトーストをかじりながら、スマートフォンを見ていた。
そして止まった。
「…………」
もう一度見る。
「…………」
スクロールする。
「…………」
黒崎がコーヒーを持って通りかかった。
「どうした」
ホオズキはスマートフォンを差し出した。
画面には動画が流れていた。
昨夜の雑居ビル。
黒い装備の男たち。
銃。
そして――
扉を破壊して突入するヤタガラス隊員。
動画タイトル。
《武装集団が若者を襲撃》
再生回数。
四十八万。
黒崎の眉間に皺が寄った。
「……は?」
ホオズキがもう一度画面を見る。
「撃っていい?」
「誰をだ」
「これ上げた奴」
「駄目だ」
「じゃあ撮った奴」
「駄目だ」
「拡散した奴」
「何万人撃つ気だ」
「弾足りるかな」
「そういう問題じゃない」
動画は三十七秒。
ヤタガラスの車両が到着。
武装した隊員が降車。
ドアを破壊。
建物へ突入。
そこで終了。
その前もない。
その後もない。
警察との事前調整も。
調査令状も。
NIGHT SHIFTとの関連も。
吸血鬼事件との関係も。
何もない。
ただ、
「夜中に謎の武装集団が民間施設へ突入した」
ようにしか見えない動画だった。
コメント欄は、すでに地獄だった。
《PMC怖すぎ》
《誰こいつら》
《日本でこれ許されるの?》
《警察仕事しろ》
《普通にテロじゃね?》
《女の人銃持ってるけど日本?》
《この女めっちゃ楽しそうに突入してない?》
ホオズキが止まった。
「最後のやつ誰」
「見るな」
「楽しそうじゃない」
「楽しそうだったぞ」
「仕事だから」
「扉蹴った時笑ってたぞ」
「仕事が好きなの」
「一番駄目な説明だ」
さらにスクロール。
《PMCってこんなの普通なの?》
《怖》
《民間軍事会社が国内で武装活動とか終わってる》
《ヤタガラスって会社らしい》
《前にもなんかやってなかった?》
《女の隊員の名前、九条ホオズキっていうらしい》
ホオズキの指が止まる。
黒崎も止まる。
「……なんで名前出てんの」
「俺が聞きたい」
さらに下。
《九条ホオズキ 危険人物》
《ヤタガラスの狂犬》
《銃刀法大丈夫なの?》
《過去に一般人を脅迫したって情報ある》
ホオズキが顔を上げた。
「してない」
「分かってる」
「たぶん」
「たぶんを付けるな」
食堂のテレビにも同じ動画が流れ始めた。
『――現在SNS上では、民間軍事会社とみられる武装集団が都内の建物へ突入する映像が――』
ホオズキ。
「テレビになった」
黒崎。
「最悪だ」
『――映像の詳細や撮影日時については現在確認が進められており――』
ホオズキ。
「有名人になった」
「喜ぶな」
午前九時。
緊急会議。
ヤタガラス本部の会議室は異様な空気に包まれていた。
情報班。
法務。
広報。
作戦部。
全員集合。
モニターには炎上状況がリアルタイムで表示されている。
関連投稿。
七万件。
動画。
千二百本以上。
まとめ記事。
三十八本。
ニュースサイト。
十二社。
黒崎が額を押さえた。
「なんで二時間でここまで増える」
情報担当者が答える。
「現在確認中です」
「元動画は?」
「匿名アカウントです」
「追えるか」
「投稿元だけなら。ただし問題はそこじゃありません」
画面が切り替わる。
別のSNSアカウント。
《ヤタガラス元社員です。あの会社は以前から民間人への威圧行為を行っています》
ホオズキ。
「誰?」
情報担当。
「偽アカウントです」
次。
《内部告発:ヤタガラス社内マニュアル》
添付画像。
それらしい社内文書。
《対象者が抵抗した場合、必要に応じて威圧射撃を許可する》
ホオズキ。
「こんなのある?」
黒崎。
「あるわけない」
「じゃあ作ろう」
「作るな」
次。
《独占入手。ヤタガラスと海外企業の秘密契約》
契約書の画像。
署名。
社印。
英語。
非常にそれっぽい。
法務担当が眼鏡を押し上げた。
「偽物です」
黒崎。
「分かるのか」
「弊社名が二箇所スペルミスしています」
ホオズキ。
「偽物じゃん」
法務担当。
「偽物です」
「みんな気づかないの?」
「気づきません」
「なんで?」
「画像だからです」
「画像って強いね」
「強くないです」
次。
動画。
音声波形。
再生。
『――黙れ。次に余計なことを喋ったら撃つ』
部屋が静まり返る。
声は。
完全にホオズキだった。
ホオズキ自身が目を見開いた。
「……私じゃん」
黒崎が見る。
「言ったか?」
「言ってない」
「本当に?」
「……似たようなことは」
「おい」
「これは言ってない!」
音声はAI生成だった。
抑揚。
息遣い。
声の癖。
かなり自然。
もう一度再生。
『次に余計なことを喋ったら撃つ』
ホオズキが腕を組む。
「でもちょっと声低すぎない?」
「そこじゃない」
「私もっと柔らかいよ」
「そこでもない」
ホオズキが喉を整える。
「『次に余計なこと喋ったら撃つ♡』」
「比較するな」
情報担当が続けた。
「問題はこれだけではありません」
次。
《ヤタガラス内部映像流出》
隊員らしき男が倉庫で武器を並べている動画。
「これもAI生成です」
次。
《ヤタガラス社員が暴露》
顔を隠した人物へのインタビュー。
「生成映像です」
次。
《九条ホオズキ学生時代の問題行動》
ホオズキ。
「待って」
黒崎。
「偽物だ」
「内容見てないじゃん」
「見る必要がない」
「ちょっと見せて」
「なぜ興味を持つ」
ホオズキが画面を見る。
《高校時代、教師を階段から――》
「偽物」
「即答だな」
「高校行ってない」
「そこなのか」
さらに。
《九条ホオズキ、元暴走族説》
「違う」
《元ヤクザ説》
「違う」
《元地下格闘家説》
「ちょっと惜しい」
「惜しくない」
《実年齢四十六歳説》
ホオズキの表情が消えた。
「これは許せない」
「何故そこだけ本気になる」
「名誉毀損」
「全部そうだ」
「これは特に」
「座れ」
「撃っていい?」
「だから誰をだ」
午前十一時。
ヤタガラス公式アカウントが声明を出した。
《現在SNS上で拡散されている映像・文書・音声の一部には、事実と異なる情報が含まれております。弊社は関係機関と連携し、確認を進めています》
三分後。
コメント。
《効いてて草》
《声明きたwww》
《答え合わせ》
《一部ってことは一部は本物なんだ》
《火消し乙》
ホオズキが画面を見る。
「どうしたら正解なの?」
広報担当。
「反応しないわけにもいきません」
「反応したら燃える」
「はい」
「反応しなくても燃える?」
「はい」
「じゃあどうするの?」
「現在検討しています」
ホオズキは黒崎を見る。
「銃って楽だったね」
「それは分かる」
「撃つか撃たないかだもん」
「撃つ前提で話すな」
同時刻。
別の場所。
NIGHT SHIFTの一室。
大型モニターにヤタガラスの炎上騒動が映っていた。
ジャックはソファに寝転がりながら爆笑していた。
「ハハハハハハハ!」
机を叩く。
「見ろこれ!」
隣の吸血鬼がスマートフォンを見る。
《九条ホオズキ実年齢46歳説》
「ぶはっ!」
「四十六!」
「絶対怒るぞこれ!」
「そこ!?」
ジャックは腹を抱えた。
「コメント欄やべえ!」
スクロールする。
《ヤタガラス、実は政府の秘密組織説》
「秘密組織!」
《地下に核ミサイルを保有》
「ねえよ!」
《九条ホオズキは三人いる》
「増えた!」
《ヤタガラスの正体は宇宙人》
「なんでだよ!」
ジャックは涙を流して笑っている。
「人間マジおもしれえ!」
部下が言った。
「これ、うちがやったんすか?」
ジャックの笑いが止まった。
「え?」
「ヤタガラス炎上作戦みたいな」
「知らん」
「部長なのに?」
「営業部長だぞ俺」
「一応幹部っすよね」
「営業部長だぞ俺」
「二回言った」
ジャックはスマートフォンを操作する。
「ミレイユじゃね?」
「聞きます?」
「いや」
ジャックは少し考えた。
「怒られそうだからやめとく」
「何に怒られるんすか」
「知らないことを聞いたことに」
「めんどくせえ上司だな」
「俺じゃなくてミレイユな」
その時。
ジャックのスマートフォンに通知。
《NIGHT SHIFT BLOOD DELIVERY》
《プレミアムプラン今月分のお支払いが完了しました》
ジャックが画面を見る。
「……」
部下も見る。
「部長」
「なんだ」
「また払ってるんすか」
「払うよ」
「自分の会社なのに?」
「会社の商品を無料で使うな」
「いやでも」
「コンプライアンスだぞ」
「昨日ヤタガラス見て笑ってた人の発言とは思えない」
ジャックは胸を張った。
「俺はプレミアム会員だからな」
「営業部長なのに」
「営業部長だからだ」
「分かんねえ」
午後一時。
ヤタガラス。
情報班は炎上の発生経路を追っていた。
サーバーログ。
正常。
認証システム。
正常。
VPN。
正常。
社内端末。
異常なし。
マルウェア。
検出なし。
不正アクセス。
なし。
内部ネットワーク。
異常なし。
担当者が困惑した顔で言った。
「変なんです」
黒崎が腕を組む。
「何が」
「攻撃されてないんです」
「これだけやられてるのに?」
「はい」
モニターには膨大な偽情報。
だが。
ヤタガラスのシステムそのものには、一度も侵入された形跡がない。
情報担当が説明する。
「通常こういう情報工作なら、内部データを抜くとか、公式アカウントを乗っ取るとか、メールを偽装するとか、何らかの技術的攻撃が並行します」
「今回は?」
「ゼロです」
「NIGHT SHIFTのサーバーは?」
「こちらから確認できる範囲では、大規模なボットネット運用も確認できません」
「大量投稿してるんじゃないのか」
「それも違います」
画面に拡散経路が表示される。
最初に投稿した人間。
二十七人。
記者。
配信者。
インフルエンサー。
政治系アカウント。
暴露系アカウント。
地域情報アカウント。
犯罪情報を扱うアカウント。
それぞれ直接の繋がりはほとんどない。
しかし。
その二十七人が投稿した内容を起点に。
数万人。
数十万人。
そして一般ユーザーへ。
爆発的に広がっている。
黒崎が画面を見る。
「二十七人?」
「はい」
「それだけか?」
「最初は」
「じゃあ残りは?」
情報担当が答えた。
「人間です」
ホオズキが首を傾げる。
「吸血鬼じゃなくて?」
「普通の人です」
「誰かに命令されてる?」
「されてません」
「金?」
「受け取ってません」
「じゃあなんで広げるの」
情報担当は少しだけ言葉に詰まった。
「……面白いからです」
沈黙。
ホオズキ。
「面白いから」
「はい」
「私たちが炎上してるのが?」
「……はい」
「撃っていい?」
黒崎。
「人類を対象にするな」
同時刻。
NIGHT SHIFT。
静かな部屋。
ミレイユ・ヴァイスはコーヒーを飲みながら、複数のモニターを眺めていた。
ヤタガラス関連投稿。
ニュース。
反応。
拡散率。
検索数。
動画再生数。
感情分析。
すべてがリアルタイムで更新されていく。
部下が訊いた。
「追加投稿しますか?」
ミレイユは首を振った。
「必要ないよ」
「でも、まだ素材はあります」
「使わなくていい」
「ボットも?」
「いらない」
「偽アカウントは?」
「最小限でいい」
部下は少し戸惑う。
「じゃあ……このままで?」
「うん」
ミレイユはモニターを見る。
一人の配信者がヤタガラスの動画を取り上げる。
それを別のまとめアカウントが引用する。
別のユーザーが切り抜く。
コメントが付く。
反論が出る。
反論への反論。
検証動画。
検証動画への批判。
まとめ。
考察。
陰謀論。
パロディ。
ミーム。
誰かがホオズキの画像に、
《撃っていい?》
と文字を入れる。
数千リポスト。
ミレイユが少しだけ笑った。
「ハッキングなんて効率悪いよ」
部下が見る。
「効率……ですか」
「システムに侵入したら痕跡が残る」
「はい」
「マルウェアを入れたら解析される」
「はい」
「ボットを大量運用したら、いずれパターンを見抜かれる」
ミレイユは画面を指した。
「でも人間は」
新しい投稿が増える。
《ヤタガラスについて調べてみた》
《例のPMC事件まとめ》
《友人から聞いた話》
《これマジ?》
《拡散希望》
数字が跳ねる。
「自分から拡散してくれる」
部下はモニターを見る。
「でも最初の情報は我々が」
「少しだけ」
ミレイユは答えた。
「拡散しそうな人に、拡散したくなるものを渡しただけ」
「二十七人」
「十分だったでしょ?」
「……はい」
「人間は情報を受け取るだけじゃない」
ミレイユは静かに言う。
「加工する」
「解釈する」
「怒る」
「笑う」
「盛る」
「そして誰かに教える」
画面には、もはやNIGHT SHIFTが一度も作っていない噂まで大量に並んでいた。
《ヤタガラス地下研究所説》
《吸血鬼兵器開発説》
《九条ホオズキ46歳説》
ミレイユの視線が最後の一つで止まる。
数秒。
「これは誰が作ったの?」
部下。
「一般ユーザーです」
「そう」
ミレイユはコーヒーを飲んだ。
「人間って怖いね」
午後三時。
ヤタガラス本部。
状況はさらに悪化していた。
ホオズキは机に突っ伏していた。
「もう嫌」
黒崎が資料を見る。
「珍しいな」
「何が」
「お前が敵を撃たずに疲れてる」
「見えないんだもん」
「情報戦だからな」
「殴れない」
「情報だからな」
「蹴れない」
「情報だからな」
「斬れない」
「情報だからな」
ホオズキが顔だけ上げる。
「つまんない」
「仕事は遊びじゃない」
「昨日まで言わなかったじゃん」
「昨日までは敵が実体だった」
スマートフォンが鳴る。
ホオズキが見る。
新着記事。
《ヤタガラス九条ホオズキ、SNS炎上に激怒か》
「なんで!?」
「何かしたか?」
「何もしてない!」
記事を開く。
《関係者によると、九条氏は今回の炎上について強い不快感を示しているという》
ホオズキが固まる。
「……合ってる」
「反応するな」
「でも合ってる」
「だから反応するな」
「誰が漏らしたの?」
「推測だ」
「当たってるじゃん」
「誰でも分かる」
次の記事。
《九条ホオズキ氏「撃っていい?」と発言か》
二人とも止まった。
ホオズキ。
「……誰」
黒崎。
「俺は何も言ってない」
「会議室にいたやつ全員並べて」
「やめろ」
「一人ずつ聞く」
「それをやったら記事が事実になる」
「じゃあどうすればいいの!」
「落ち着け」
ホオズキは椅子にもたれた。
「吸血鬼の方が楽だった……」
黒崎は否定しなかった。
夕方。
情報班がひとつの結論を出した。
「直接的なサイバー攻撃ではありません」
黒崎。
「じゃあ何だ」
「情報誘導です」
モニターに二十七人のアカウントが並ぶ。
「最初の起点だけが不自然です」
「この二十七人に、ほぼ同じ時間帯で別々の情報が届いている」
「誰から?」
「分かりません」
「NIGHT SHIFTか」
「証拠はありません」
黒崎は黙った。
担当者が続ける。
「その後の拡散は自然発生です」
ホオズキが訊く。
「自然発生?」
「はい」
「勝手に?」
「勝手に」
「誰も操作してない?」
「大部分は」
「じゃあこれ止めるには?」
担当者は黙った。
ホオズキ。
「……ねえ」
「……難しいです」
「銃より弱い?」
「銃は効きません」
「刀」
「もっと効きません」
ホオズキは天井を見た。
「文明嫌い」
黒崎がため息をつく。
「お前スマホ大好きだろ」
「今日から嫌い」
通知音。
ホオズキが即座にスマートフォンを見る。
黒崎。
「大好きじゃねえか」
午後七時。
炎上はピークを迎えていた。
そして奇妙な現象が起き始める。
最初は批判ばかりだった。
だが人間は飽きる。
やがて。
ネタにし始める。
ホオズキの突入映像に音楽をつけた動画。
《出勤する九条ホオズキ》
扉を破壊。
《月曜日の俺》
再生数百二十万。
別動画。
ホオズキが銃を構える。
字幕。
《Wi-Fiが繋がらない時》
三百万再生。
別画像。
《撃っていい?》
スタンプ化。
別動画。
黒崎がホオズキを止めている場面。
字幕。
《衝動買いする俺/止める理性》
ホオズキは無言で見ていた。
黒崎が横から覗く。
「……」
「……」
「人気者だな」
「殺す」
「誰をだ」
「インターネット」
「概念を殺すな」
その頃。
NIGHT SHIFTでは。
ジャックが床を叩きながら笑っていた。
「Wi-Fiが繋がらない時!」
「ハハハハハ!」
部下も笑う。
「これ最高っすね!」
ジャックがスマートフォンを操作する。
「保存しよ」
「本人に見つかったら殺されますよ」
「吸血鬼だから平気」
「そういう問題じゃないっす」
ジャックは動画を保存した。
そして。
うっかり。
《いいね》
を押した。
三秒。
ジャック。
「……」
部下。
「……」
ジャック。
「今の消せる?」
「いいねですか?」
「うん」
「消せますけど」
「通知行く?」
「たぶん」
ジャックは真顔になった。
「吸血鬼ってSNS向いてないな」
夜。
ミレイユは一人、モニターを閉じていた。
今日の目的は達成した。
ヤタガラスのシステムは壊していない。
人員も傷つけていない。
施設も破壊していない。
ただ。
彼らの「見え方」を変えた。
それだけ。
ミレイユは最後に一度だけSNSを見る。
トレンド。
一位。
《ヤタガラス》
二位。
《九条ホオズキ》
三位。
《撃っていい》
ミレイユは少し考えた。
そして。
小さく笑った。
「三位は予想外だな」
スマートフォンを伏せる。
「まあいいか」
夜の街では。
今も誰かが投稿している。
誰かが怒り。
誰かが笑い。
誰かが拡散し。
誰かが勝手に話を膨らませる。
NIGHT SHIFTは何も命令しない。
ただ。
最初の一滴を落としただけ。
波紋を広げたのは。
人間自身だった。
同じ頃。
ヤタガラス本部。
ホオズキが自室へ戻ろうとしていた。
廊下を歩く。
若い隊員二人が向こうから来る。
ホオズキを見る。
目を逸らす。
肩が震えている。
ホオズキが止まる。
「ねえ」
二人も止まる。
「何見た?」
「何も見てません」
「スマホ」
「持ってません」
ポケットから通知音。
ピコン。
沈黙。
ホオズキが微笑む。
「出して」
「九条さん」
「出して」
「本当に何も」
「撃っていい?」
二人が一斉に逃げた。
「待てぇぇぇぇ!!」
廊下の奥から黒崎の声。
「やめろ! また切り抜かれるぞ!」
「もう遅い!」
「何がだ!」
その十分後。
SNS。
新着投稿。
《【速報】ヤタガラス本部で九条ホオズキ氏が「撃っていい?」と発言》
ホオズキはスマートフォンを見た。
「…………」
黒崎が隣に立つ。
「今度は本物だな」
「…………」
「ホオズキ」
「…………」
「何する気だ」
ホオズキは静かにスマートフォンを置いた。
拳銃には触れなかった。
刀にも触れなかった。
ただ。
深く息を吸った。
そして叫んだ。
「インターネット嫌いぃぃぃぃぃぃ!!」
その声は本部中に響いた。
そして三分後。
《九条ホオズキ、インターネット嫌い発言》
がトレンド入りした。
夜は。
今日もログを残していた。




