第2話 血液、サブスク始めました
第2話 血液、サブスク始めました
午前九時四十二分。
PMCヤタガラス本社。
「血が消えてる」
久世冬馬が言った。
九条ホオズキは、コンビニで買ったサンドイッチを口に運ぶ手を止めた。
「誰の?」
「人間の」
「それは分かってる」
「ですよね」
冬馬は大型モニターに資料を表示した。
病院。
検査会社。
医療品の配送倉庫。
血液を扱ういくつかの施設。
地図上に赤い点が散らばる。
一件一件は小さい。
在庫数が合わない。
搬送されたはずの保冷ケースが一つ足りない。
廃棄予定だった血液製剤が見当たらない。
配送記録と受領記録の数量がわずかに違う。
そんな程度だった。
榊原宗一郎が腕を組む。
「横流しか?」
「普通ならそう考えます」
冬馬が答える。
「でも盗られてる場所がバラバラすぎるんですよ」
「総量は?」
御影紗夜が聞いた。
「大きくない。だから今まで誰も事件としてまとめてなかった」
篠宮レイナが椅子を回す。
「じゃあ、なんで冬馬が見つけたの?」
「黒崎さん」
冬馬が画面の端を指した。
警視庁から送られてきた資料。
昨夜、《GRAVE》で回収された物品の一つだった。
小型の保冷容器。
中に血液バッグが二つ。
病院名。
管理番号。
製造番号。
すべて正規品。
ただし。
その病院では盗難届が出ていなかった。
「在庫上では?」
ホオズキ。
「廃棄済み」
「でも現物があった」
「そういうこと」
神代蓮司がソファから顔を上げた。
「ジャックたち、病院から盗んで飲んでたってことか?」
「可能性はあります」
冬馬は別の資料を出した。
「ただ……ちょっと変なんですよね」
「何が?」
「保存状態が良すぎる」
温度管理。
梱包。
ラベル。
消費期限。
雑に盗んだ品には見えなかった。
レイナが眉を上げる。
「ちゃんとしてる泥棒?」
「嫌な褒め方だな」
蓮司が言った。
冬馬が頷く。
「しかも《GRAVE》にいた五人だけが使う量じゃない」
一条寺アカネが小さく首を傾げた。
「じゃあ、売ってるの?」
全員がアカネを見る。
アカネが困る。
「え、違う?」
ホオズキがサンドイッチを置いた。
「冬馬」
「調べます?」
「調べよう」
「ですよね」
真壁仁が壁にもたれたまま聞く。
「依頼ではないだろう」
「違う」
ホオズキは答えた。
「でも吸血鬼に血を配ってる奴がいるなら、昨日の連中と無関係とは思えない」
蓮司が紙コップを持ち上げる。
「血液専門の通販会社だったりして」
レイナが笑った。
「定期購入で十パーセントオフ」
「初回送料無料」
「友達紹介で一袋無料」
ホオズキが二人を見る。
「朝から楽しそうね」
「いや」
蓮司が言った。
「そんな馬鹿な話あるわけないだろって」
その時。
冬馬の指が止まった。
全員が見る。
「……何?」
ホオズキ。
冬馬はモニターを凝視していた。
「いや」
「何」
「ちょっと待って」
キーボード。
数秒。
さらに検索。
そして。
冬馬が顔を上げる。
「あるかもしれない」
「何が」
「定期購入」
沈黙。
蓮司が紙コップを置いた。
「マジで?」
*
きっかけは、一件の配送記録だった。
都内の医療系物流会社から出た保冷貨物。
配送途中で一度だけ記録が途切れている。
荷物そのものは最終的に届いている。
数量も合っている。
だが。
重量がわずかに違った。
普通なら。
誤差。
そこで終わる。
冬馬は終わらなかった。
周辺の防犯映像。
配送員の行動。
カーシェアの利用記録。
コインロッカー。
複数の小さな記録を繋いでいく。
一つ一つには意味がない。
だが。
線にすると。
流れが現れた。
「配送員から直接受け取ってるわけじゃない」
冬馬の声がイヤホンへ流れる。
「途中で何回も経路が切れてる」
午後八時十二分。
池袋。
ホオズキたちは繁華街の少し外れにいた。
対象は、一つの保冷バッグ。
「人間の配送員は?」
紗夜。
『多分、何も知らない』
冬馬が答える。
『依頼された物を指定された場所へ運んでるだけ』
レイナが少し先を歩く若い男を見る。
私服。
イヤホン。
スマートフォン。
ごく普通のアルバイトにしか見えない。
男は駅前のロッカーへ小さな保冷バッグを入れた。
扉を閉める。
そのまま立ち去る。
五分。
十分。
誰も来ない。
蓮司が欠伸をした。
「吸血鬼って時間にルーズなのか?」
「知らない」
ホオズキ。
「三百年生きてたら十分くらい誤差になりそうだけど」
「ありそう」
十五分後。
別の男が現れた。
帽子。
マスク。
細身。
男はロッカーを開ける。
保冷バッグを回収。
歩き出す。
「来た」
ホオズキ。
追跡。
男は電車に乗らない。
大通りから一本外れる。
駐車場。
カーシェアの車。
そこへ荷物を積む。
運転席へ。
『予想通り』
冬馬。
「何が?」
『受取人と車の契約者が別人』
「なるほど」
ホオズキは駐車場へ入った。
男が気づく。
視線が合う。
一瞬。
次の瞬間。
走った。
「うわ」
蓮司。
「分かりやすい」
「追うよ」
男は速かった。
人間ではない。
駐車場の壁を蹴る。
二階へ。
さらに上。
レイナが笑う。
「当たり」
「嬉しそうね」
ホオズキも走る。
男は屋上へ飛び出した。
フェンス。
隣の建物まで、およそ四メートル。
迷わず跳ぶ。
その瞬間。
銃声。
フェンス脇のコンクリートが弾けた。
男が止まる。
ホオズキが拳銃を向けていた。
「次、脚」
男が振り返る。
牙。
「ヤタガラス……」
「有名になったね、私たち」
男が身構える。
その時。
別の声がした。
「おーい!」
全員が止まった。
階段。
重い足音。
ゆっくり。
巨大な男が屋上へ上がってくる。
黒いパンクジャケット。
太い腕。
分厚い胸板。
昨日。
《GRAVE》でホオズキたちとやり合った男。
ジャック。
「それ」
ジャックが保冷バッグを指差した。
「俺のだから持ってくなよ」
沈黙。
ホオズキが聞いた。
「……何が?」
「荷物」
「これ?」
「そう」
ジャックはポケットからスマートフォンを出した。
画面を確認する。
「今日二十一時受け取り。プレミアムコース」
ホオズキは数秒黙った。
「ちょっと待って」
「何だよ」
「注文したの?」
「した」
「血を?」
「そうだよ」
蓮司が後ろを向いた。
肩が震えている。
「お前笑ってんだろ」
ジャックが睨む。
「笑ってない」
「こっち向け」
「無理」
ホオズキは拳銃を下ろさない。
「誰から買ってるの」
「企業秘密」
「お店?」
「サービス」
「何の」
ジャックが当然のように答えた。
「血液供給」
レイナが口元を押さえる。
ホオズキの顔からも表情が消えた。
「本当にサブスクなの?」
「サブスクって言い方は好きじゃねえな」
「じゃあ何」
「会員制血液供給サービス」
蓮司がとうとう吹き出した。
「同じだろ!」
「違う!」
ジャックが怒鳴る。
ホオズキは信じられないものを見る目でジャックを見た。
「昨日あれだけ暴れてた人が?」
「昨日は仕事」
「今日は?」
「飯」
「……そう」
ジャックが受取人の男を見る。
「お前も逃げんな。余計怪しくなるだろ」
「す、すみません」
「謝る相手が違う」
ホオズキが言った。
ジャックは保冷バッグへ手を伸ばす。
ホオズキが銃口を動かす。
「触らない」
「金払ってんだぞ」
「知らない」
「高いんだぞ、プレミアム」
「知らないって」
ジャックが舌打ちする。
ホオズキはふと思った。
「……あれ?」
「何だ」
「これ、あなたたちの組織がやってるの?」
ジャックが黙った。
一秒。
二秒。
非常に分かりやすかった。
ホオズキの目が細くなる。
「そうなんだ」
「何も言ってねえ」
「顔が言った」
「言ってねえ」
「じゃあ」
ホオズキが首を傾げる。
「自分の組織なのに金払ってんの?」
沈黙。
蓮司が壁に手をついた。
レイナも下を向く。
ジャックの顔が険しくなる。
「規則なんだよ」
「社員割引ないの?」
「ある」
「あるんだ……」
「うるせえ!」
ジャックが吠えた。
ホオズキは笑った。
昨日のライブハウスで。
人間を片手で吹き飛ばし。
ヤタガラスと真正面からやり合った大型吸血鬼。
その男が。
血液の定期配送に金を払っている。
世界は。
思っていたより奇妙だった。
だが。
笑っていられたのは。
そこまでだった。
『代表』
冬馬の声。
「何?」
『そのバッグ、回収して』
ジャックの眉が動く。
「おい」
『ラベル見たい』
ホオズキがバッグを見る。
封印シール。
管理番号。
製造元。
そして。
小さな印字。
NIGHT SHIFT
ホオズキの視線が止まった。
ジャックも気づく。
「……あ」
「今、あって言ったね」
「言ってねえ」
「言った」
ジャックは受取人を見る。
「走れ」
「え?」
「走れ!」
男が走る。
同時にジャックが前へ出た。
ホオズキが構える。
だが。
ジャックは殴らない。
保冷バッグだけを掴む。
「泥棒!」
「俺のだ!」
「証拠品!」
「晩飯!」
巨大な腕。
ホオズキがバッグを掴む。
引っ張る。
「離して」
「お前が離せ!」
「大人でしょ!」
「飯取られたら大人も怒るわ!」
蓮司が腹を抱えている。
「手伝って!」
ホオズキ。
「いや無理」
「何が!」
「絵面が面白すぎる」
「あとで殺す!」
最終的に。
バッグの取っ手が切れた。
二人とも止まる。
ジャックの手に取っ手。
ホオズキの手に本体。
「あ」
ジャック。
ホオズキが走る。
「撤収!」
「待てえええ!」
夜の駐車場に。
大型吸血鬼の怒声が響いた。
*
午前零時十三分。
ヤタガラス本社。
保冷バッグの中身は。
血液バッグ四つ。
すべて人間の血液。
適切に保存されていた。
冬馬がデータを並べる。
「かなり大きい」
ホオズキが椅子に座る。
「何が」
「仕組み」
一つの会社が大量に盗んでいるわけではない。
一つの病院を狙っているわけでもない。
一つの倉庫から大量に持ち出しているわけでもない。
少量。
分散。
別経路。
そして集約。
利用者への配送も。
一つの拠点からではない。
「完全会員制」
冬馬。
「新規登録は紹介制っぽい。予約制。必要量を事前申告。受け渡し方法も毎回違う」
レイナが画面を見る。
「お金は?」
「これも一ヶ所に集めてない」
「徹底してる」
紗夜が呟く。
冬馬は頷いた。
「多分、意図的」
ホオズキが椅子を回した。
「目的は?」
榊原が答える。
「警察に見つからないこと」
「それもある」
冬馬。
「でも、もっと単純かもしれない」
画面。
昨夜の《GRAVE》。
吸血鬼。
牙。
血。
「人間を襲わなくて済む」
部屋が静かになる。
アカネが言った。
「買えるなら?」
「わざわざ人を襲う必要はない」
冬馬。
「少なくとも食事目的では」
蓮司が腕を組む。
「吸血鬼用のコンビニか」
レイナ。
「定期宅配」
紗夜。
「血液版」
ホオズキ。
「……サブスクじゃん」
全員が少し黙った。
冬馬が画面を切り替える。
登録利用者数。
正確な数字は分からない。
だが。
少なくない。
東京だけではない可能性もある。
ホオズキはモニターを見つめた。
これまで彼らが相手にしてきた吸血鬼とは違う。
暗闇。
地下。
秘密結社。
古い血統。
人間を餌として見る者たち。
そういう世界ではない。
スマートフォンで予約する。
金を払う。
指定された場所で受け取る。
必要なら。
翌月も頼む。
現代社会の中に。
吸血鬼向けの生活インフラが作られ始めていた。
「NIGHT SHIFT」
ホオズキが読む。
「夜勤」
蓮司。
「ジャックにぴったりですね」
「営業部長だもんね」
レイナ。
「プレミアム会員でもある」
「そこ重要?」
「かなり」
冬馬が笑う。
ホオズキは笑わなかった。
「これ」
全員を見る。
「善悪だけで切ると、面倒になるね」
榊原が頷く。
盗品。
違法。
犯罪。
それは間違いない。
だが。
この仕組みによって。
人間を襲わずに済んでいる吸血鬼がいる。
それも。
おそらく事実だった。
「人を襲うよりマシ」
レイナ。
「でも盗んでいい理由にはならない」
紗夜。
「そういうこと」
ホオズキはモニターを見る。
NIGHT SHIFT。
「面倒なの出てきたなあ」
*
同じ頃。
都内某所。
ミレイユ・ヴァイスは画面を見ていた。
売上。
在庫。
予約。
配送。
不足。
破損。
キャンセル。
それらが淡々と数字で並んでいる。
NIGHT SHIFT。
それは。
思想団体ではない。
宗教でもない。
革命組織でもない。
少なくとも。
表向きは。
サービスだった。
吸血鬼が。
人間を襲わず。
人間社会を壊さず。
その中で生きていくための仕組み。
人間は社会を作る。
なら。
吸血鬼も。
社会の中で生きればいい。
道路を使う。
通信を使う。
決済を使う。
配送を使う。
血液すら。
流通させればいい。
人間社会を破壊する必要などない。
寄生先を殺す寄生生物は。
長生きできない。
ミレイユは。
そう考えていた。
画面の端。
エラー。
一件。
通常とは違う入庫記録。
ミレイユの指が止まる。
血液量。
多い。
供給元。
登録なし。
管理番号。
なし。
「……何これ」
別の記録を開く。
採血器具。
個人購入。
短期賃貸の部屋。
そして。
一人の会員ID。
ミレイユの表情が変わった。
椅子が動く。
「ジャック」
返事はない。
もう一度。
「ジャック」
奥のソファ。
巨大な身体が起き上がる。
「何だよ」
「これ」
画面を見る。
ジャックの顔から眠気が消える。
「……知らねえぞ」
「調べて」
「今から?」
ミレイユが見る。
ジャックが立った。
「はいはい」
「今」
「分かったよ」
数分。
情報が揃う。
登録会員の一人が。
NIGHT SHIFTの正規供給を待てず。
人間から直接血を抜いた。
金で雇った人間。
一度。
二度。
三度。
量が増えた。
最後は。
意識を失うまで。
ミレイユは。
画面を見たまま動かなかった。
ジャックが黙る。
やがて。
ミレイユが聞いた。
「誰が許可した?」
小さな声だった。
ジャックが答える。
「誰も」
「規約は」
「直接採血は禁止」
「理由は」
「人間に手を出させないため」
「もう一つ」
「……警察沙汰にしないため」
「もう一つ」
ジャックが黙る。
ミレイユは振り向いた。
「人間社会を壊さないため」
声は静かだった。
怒鳴ってはいない。
だが。
ジャックは何も言わなかった。
「一人が勝手をすると」
ミレイユは言う。
「人間は一人だけを見ない」
画面。
吸血鬼。
NIGHT SHIFT。
「吸血鬼全部を見る」
ジャックが腕を組む。
「分かってる」
「分かってないからやった」
ミレイユはキーボードを叩く。
会員資格。
停止。
取引。
停止。
配送。
停止。
関連するアクセス権。
すべて。
一つずつ。
消していく。
「切るのか」
「当然」
「客だぞ」
「だから?」
ジャックは肩を竦めた。
「いや」
そして。
少しだけ笑う。
「怖え営業だなと思って」
「あなたが営業部長でしょう」
「そうだった」
ミレイユは画面を見る。
「被害者は?」
「生きてる」
「病院へ」
「どうやって」
「匿名でいい」
「警察来るぞ」
「来ればいい」
ジャックが眉を上げた。
ミレイユは言った。
「死なせるよりマシ」
ジャックは数秒。
ミレイユを見る。
それから。
ポケットへ手を入れた。
「分かった」
出口へ向かう。
途中。
思い出したように振り返る。
「そういや俺の今日の分」
「何」
「ヤタガラスに取られた」
ミレイユが見る。
「……また?」
「またって何だ」
「昨日も仕事を失敗した」
「失敗じゃねえ」
「今日は荷物を失った」
「奪われたんだよ!」
「同じ」
「同じじゃねえ!」
ミレイユは画面を見る。
ジャックの契約。
PREMIUM
月額料金。
利用量。
追加注文。
ミレイユの眉がわずかに動く。
「あなた、飲みすぎ」
「身体がでけえんだよ」
「追加料金」
「は?」
「再配送」
「社員だぞ!」
「営業部長」
「そうだよ!」
「社員割引は適用済み」
「そういう問題じゃねえ!」
ミレイユは無視した。
ジャックが頭を抱える。
「自分の会社なのに何で俺が毎月こんな払ってんだよ……」
「会社ではない」
「細けえな!」
「組織の会計と個人消費は別」
「お前ほんとそういうとこ嫌い!」
「知ってる」
扉が閉まる。
ミレイユは。
一人になった。
モニターには。
NIGHT SHIFTの利用状況。
そして。
別の画面。
昨夜の《GRAVE》。
今日。
保冷バッグを持って走る九条ホオズキ。
ジャックとバッグを引っ張り合っている。
ミレイユは映像を止めた。
少しだけ。
口元が緩んだ。
すぐに。
消える。
ヤタガラスは。
血液供給網に気づいた。
想定より早い。
だが。
問題はない。
隠すために作った仕組みではある。
同時に。
続けるために作った仕組みでもある。
完全に消すことはできない。
社会の中で生きる以上。
どこかに記録は残る。
金。
物。
移動。
通信。
配送。
購入。
消費。
生活とは。
記録の連続だ。
吸血鬼でも。
それは変わらない。
ミレイユは。
停止させた会員IDを見つめる。
「人間を食料に戻すつもりはない」
誰に聞かせるでもなく。
呟いた。
「面倒だから」
それが。
彼女なりの。
最も正直な理由だった。
*
翌朝。
都内。
小さな賃貸マンション。
一人の男性が救急搬送された。
重度の貧血。
腕には。
複数の採血痕。
命に別状はない。
通報者。
不明。
部屋に犯人はいない。
ただし。
床に。
一つだけ。
血液バッグが落ちていた。
ホオズキは手袋をしたまま。
それを見る。
NIGHT SHIFT。
同じ印字。
黒崎剛士が隣で顔をしかめる。
「昨日のと同じか」
「うん」
「じゃあ、その組織がやった?」
ホオズキは答えなかった。
床。
血液バッグ。
採血器具。
そして。
部屋。
妙だった。
昨日見た配送品は。
異様なほど管理されていた。
保存状態。
ラベル。
運搬。
全部。
几帳面だった。
これは。
違う。
雑だ。
「多分」
ホオズキが言った。
「勝手にやった奴がいる」
黒崎が見る。
「何で分かる」
「分からない」
「おい」
「でも」
ホオズキは立つ。
「会社の商品をちゃんと金払って買う営業部長がいるくらいだから」
「何の話だ」
「こっちの話」
黒崎が煙草を取り出す。
ホオズキが見る。
「ここ禁煙」
「まだ吸ってない」
「どうせ吸うでしょ」
「外で吸う」
「えらい」
「馬鹿にしてるだろ」
「ちょっと」
黒崎は溜息をついた。
ホオズキは窓の外を見る。
朝。
人。
車。
配送トラック。
通勤電車。
コンビニ。
病院。
スマートフォン。
人間社会。
その中に。
もう。
吸血鬼もいる。
牙を剥いて。
夜道で人間を襲う怪物だけではない。
金を払う。
予約する。
待つ。
受け取る。
腹が減ったら。
注文する。
そんな吸血鬼が。
いる。
「時代変わったなあ」
ホオズキが呟く。
黒崎が怪訝そうに見る。
「何が」
ホオズキは笑った。
「吸血鬼も」
少し考える。
「サブスクの時代みたい」
黒崎は。
数秒。
何も言わなかった。
「……帰って寝ろ」
「何で」
「疲れてる」
「本当だって」
「はいはい」
「本当にあるんだって!」
黒崎は部屋を出ていく。
ホオズキが追う。
その背後。
証拠品として残された血液バッグ。
小さなラベル。
NIGHT SHIFT
夜を生きる者たちは。
もう。
夜だけには住んでいなかった。
人間の社会。
人間の物流。
人間の経済。
その中へ。
静かに。
根を張り始めていた。
そして。
夜は。
今日も。
ログを残していた。
――第2話「血液、サブスク始めました」了




