012:診療所 ~無限の混沌とは~
「診療所、開いてみないかい?」
師匠が管理しているらしい花々が咲き誇る命の楽園にて、回復魔法を覚えたボクはそう言われた。
いや覚えたっていっても所詮はまだ初歩も初歩のはずなんですが、それで診療所とな?
流石にそういう分野に乗り込むには色々と実力やら知識が足りないのでは……って、いやそっか、回復魔法にはそれだけの価値があるってこと?
でもそれなら。
「師匠がやればいいんしゃない? 今のボクよりずっと回復魔法の腕凄いじゃんか」
「……昔はしていたんだよ、若気の至りでね。けどそのとき使っていた場所がそのまま残ってるから、こころ君にはそこをそのまま使ってもらえるよ。設備とか色々揃ってるから、気に入るんじゃないかな?」
およ?
なんか秒速ではぐらかされました?
ていうか若気の至りって師匠何歳だよ。
師匠の実力で診療所を開くのに若気もなにもないと思うんだけど。
とは思いつつ、師匠はこれ以上突っ込んだ話を聞かれるのを嫌がっていそうなのでボクも本題を進めることにした。
というかもう目の前に出てるんだけどね。
〈クエスト:診療所で住人たちを治療しよう! 現在達成数:0〉
このゲームのクエストは強制じゃないから無視もできる。
ただ関わったNPCたちからのお願いをシステムがクエストっていう形式にして出してるだけだ。
これの受けるメリットは主に2つ。
まずそのクエストに関わる住人たちからの信頼が得られる。
完全没入型でNPCが普通の人間としか思えないこの世界じゃ個人的に結構重要だ。
もう1つはクエストを熟すことによって淑女ポイントっていう色んなことに使えるポイントが得られる。
大半のプレイヤーはこっちが主目的なんじゃないかな?
さて、ここまで解放された専用コンテンツのメニューガン読みしたことそのままなんですが、これを踏まえて受けるかどうか。
いやまぁ、受けるしかないよね?
だってそこを捻じ曲げたらボクもうこのゲームなにして過ごしたらいいかわかんないもん。
けど確認も大事だ。
「師匠。診療所でボクは回復魔法使えばいいんだよね? けど今のボクの実力へなちょこだよ? きっと大きな怪我とかは治せないんじゃないのかな」
「そうだね」
「……いやそうだね、じゃなくって?」
なんだこの師匠ここに籠り過ぎてコミュ力低下してんじゃないのか?
説明をよこせよぉ!
「こころ君。この世界はね、今の君が使える程度の回復魔法でも待ち望んでいる者たちが大勢いる。この世界の歴史は悪の侵略と魔法少女の防衛の歴史だよ。逆侵攻するにも悪の首領がどこにいるかもわからないから、いつも攻められるだけで守るに徹するしかない。その結果住人たちがどうなるかわかるかい?」
煌めく夜の世界で、師匠は微笑んでいた。
けどなんか、口元だけで目元も見えないはずなのに、その微笑みがやけに悲しそうに思える。
いや、そうだよね。
今の師匠の話から察するに、この世界の住人たちは……。
「侵略されるたび、怪我が増えていく……?」
「そうだね。もっと言うなら怪我で済めば運がいいほう、なんて結末も珍しくない」
それって死んじゃうってこと?
この世界の住人たちはボクら来訪者と違って不滅じゃない、復活なんてしないんだ。
だからこそこの世界に降り立ったとき、あのチュートリアルで悪の首領ヘルエルがボクの不滅を確認うんたらとやってきたわけで。
終わらない無限の侵略、混沌、その世界。
インフィニティ・カオス・ワールドかぁ。
これはボクらプレイヤーがゲーム云々で語るには重い話だね……。
というか運営はもっとこの世界の住人に希望を与えておけよ馬鹿野郎。
なんだ定期的に侵略を受けるしか選択肢のない世界って!
……いや、まぁ、プレイヤーであるボクら来訪者もこの世界の住人たちからしたら同じ運営側なんだろうけど。
はぁ~、唐突にシリアスさんが顔を出してきたな。
でもだからこそここではっきりと認識できてよかった、かな。
師匠の話をなんとか飲み込んだボクは顔を上げて師匠を見やる。
「やっぱり師匠が、ううん、師匠もボクと一緒に診療所やろうよ! ボクが診療所やるのは了解だけど、ボク程度の回復魔法じゃ治せない人もいっぱいいるんでしょ? 師匠はせっかく希望を見出して来てくれた患者さん相手にボクに帰ってくださいって言わせたいの? 軽く病むぞおら?」
「……ふぅん、それは確かに酷な話か。ならここは師匠らしく弟子の技能向上を助ける感じで力を貸すよ。診療所には行かないけどね。ここの命の花を使えばなんとかなるだろう」
「そこまで診療所が嫌なの……?」
ぐぅ、なんでここまでこの人は診療所を自分で再開したくないんだろ?
ボクに勧めてくるあたり住人たちのことが心配じゃないってわけでもなさそうなのに。
……今聞いてもはぐらかされるんだろうなぁ。
ボクは唇と尖らせてせめてもの不満を露わにする。
いや内心そこまで不満を抱いてるわけじゃないんだけど。
「はは。そう台無しな顔をするな弟子。君にとっていいこともあるんだよ?」
「おい今さらっと愛する弟子のことをディスらなかったか?」
「言ったろう? 診療所は昔僕が使っていた場所でもあるんだ。生活できるだけの広さも設備も備わっている。そこをそのまま君にあげようという話さ」
「おいスルーするな。秩序の女神といいなんか棘の刺し方が通り魔みたいな奴多くないか?」
「ハウス要らないの?」
「いる!」
くそっ、こっちの足元見てきやがって!
けどハウスって淑女ポイントでそのうち手に入る項目にあったけど、それが無料で手に入るのは素直に嬉しい。
どんなもんかは見てみないとわからないけど、現段階でマイハウスですよマイハウス!
と、によによした頬を抑えるボクを師匠が微笑んで見ていた。
こ、このっ……。
「かっ、勘違いしないでよねっ! ただボクは夢のマイハウスが嬉しいだけで、あんたの刺したディスを忘れたわけでも許したわけでもないんだからっ! ふんっ!」
「……そうか、それはすまなかった」
「……いえ、忘れてください」
「うむ、そうしよう」
気まずい沈黙が流れる。
なんでボクはあんなツンデレキャラを唐突に演じたんだ?
軽く死にたいんだが。
「さぁ、それじゃ実際に診療所を見に行くかい?」
「……そろそろ元の世界に帰らなきゃなので、また明日」
「そうかそうか、ではここで待っているよ。あぁ、それと1つ言っておくことがある」
「……? なぁに師匠?」
この流れならきっと大事なことだよね。
気を取り直して1日を終える前に姿勢を正して真っ直ぐ見つめるボク。
師匠はそんなボクににんまりと仮面の下で微笑んで。
「弟子になった今なら星を追いかける必要はないからね?」
「もうそれは忘れろぉ!」
忘れろキックを放つも軽く避けられたボクは羞恥を誤魔化すようにログアウトした。




