6.
ゴーシュウの家は本当に広大な敷地の中にありました。敷地というよりも、山林を丸ごと買い取って道や屋敷を建てている、という方が正解に近いかもしれません。
そこには確かに立派な屋敷が4軒も立ち並んでいました。
「アーデルハイト、母屋があの建物だよ」
「すごい……!」
そこには、アーデルハイトが今まで見たこともないほどの巨大建築物がありました。
(色んな街や村を通ってきたけど、こんなに大きい建物はなかったなあ……。お金持ちってすごい!)
でも、アーデルハイトはすぐさまこう思いました。
(掃除が大変そう……。使用人……っているのかなあ?もしかして私が掃除するのかな?)
「その周りは全部離れさ。アーデルハイトは西側の離れを使うことになるからね」
「はい!」
(わあ……!私も本当に家を貰えるんだ!)
この国では普通、夫人たちそれぞれの家は同じ敷地内にはありません。むしろ、顔を合わせなくて良いようにかなり離れていることが殆どでした。
勿論、アーデルハイトはそんなことも知りません。
母屋に入ると、何人もの使用人が整列していました。
(1、2……17?沢山いるのね……!しかも、色んな種族……!リス族だけいない……かな?)
「彼らがここの使用人だよ。なんでも頼むといい。皆20年以上働いているから、アーデルハイトよりこの家のことをよく知ってる」
「はーい。あの、えっと……よろしくね?」
アーデルハイトが首を傾げると、ゴーシュウは使用人に言い渡しました。
「まだ15の女の子だ。今まで充分な教育を受けていないようだから、少なくとも3年ほどはきちんと教育してやってくれ。リーシュウが娘を欲しがっていたからね」
「承知いたしました」
使用人は一様に頷き、ゴーシュウは満足気に、リーシュウは苦々しい顔で、キーリシアはにこにことそれを見てきました。
(すごい……!ゴーシュウさんは本当にすごい人なのね!)
アーデルハイトはそれから使用人たちに色々と世話をされて身体を磨かれ、化粧を再度施され、花嫁衣装を着直し、結婚式とやらを行いました。
でも、アーデルハイトはそれをあまり覚えていません。儀式で必要だとかいう"神の飲み水"とやらをゴーシュウに飲まされて以降、記憶がほとんどありませんから。
こうして、アーデルハイトはゴーシュウの第三夫人となったのでした。
「親父、また女のことで母さんと喧嘩したって?」
「ああ。今は実家に帰らない方がいいな。しかも15歳らしい」
「帰らねーよ。仕事と家のことで手一杯だっての。15かあ……。まー……、うちの国じゃギリギリ合法だけどさあ。俺の子より年下って分かってんのかなあ……」
「最近花街には行ってないらしいから、たぶん相当入れ上げてるな」
「つまり……ガチモンの美人か……」
「男としては羨ましいけど、あの年齢でまだそれだけ元気で、しかもそれが自分の親ってのがなあ……男の性を突きつけられたようで、物悲しさもあるな……」
「しかも、結婚したってことは生娘だろ?親父が調べ上げてないわけがない」
「だろうな。この国じゃ生娘以外は結婚がかなり厳しいからな」
「花街の女と遊ぶのはいいけど、嫁はなあ……」
「国も、女が生娘かどうか管理してくれりゃいいのにな。小さい頃に性被害に遭った女をあてがわれた知り合いもいるらしいぜ。結婚まで聞いてなかったらしくて、結婚してから騙されたって嘆いてたわ」
「うわあ……そりゃきつい」
「すぐ第二夫人を迎えて今は上手くやってるみたいだけどな。花街で売ってなくても、花街の女の娘とか貧民街に出入りしてるような女はきついな……大体違法な方法でろくでもない男と繋がってやがる」
「だよなあ……。俺らがわざわざ自力で調べ上げなきゃいけないとか、ほんとこの国は女に甘い」
「俺らは第四夫人との婚姻・離婚を繰り返すから、花街に行った記録すら国に取られてるってのにな」
「不公平だよなあ。ま、花街のやつらから税を取らなきゃいけないってのは分かるけどよ」
「あいつらそれでもボロ儲けだぜ」
「遊女はまだいいけどよ、女衒から金を取れよ。あいつらこそボロ儲けだろ?」
「男娼もな」
「顔がいい男とやりたいんだろ、女も。遊女が沢山行ってるらしいぜ」
「稼いでる女もダメだな。すぐに男みたいなことをやり始めて花街に行きまくる女も多いからなあ……」
「でも、そういう女は婚姻歴がすげーことになってるからすぐ分かるだろ?ありゃ助かる。ま……そう考えると俺らも同じか。女がその気になりゃ婚姻歴を調べられるからな。国もよく考えたよなあ。婚姻した相手とでないと性交渉を認めないって法律」
「身綺麗なままでいたい女と遊びまくりたい女が分かれてる方が、こっちも選びやすいからな」
「そんな遊女と結婚する男までいるらしい」
「どうせ貧民街のやつらだろ?貧民街の男にやる女なんて、汚れでいいんだよ。汚れで」
「稼ぐ能力もないもんなあ?」
ヨンタとワイルは商人にしては珍しく、かなり仲の良い兄弟でした。リーシュウが手配した家庭教師が良かったのかもしれません。
アーデルハイトは10年ほど、殆どゴーシュウの周囲や親戚に直接お披露目されないまま、奥まった巨大屋敷の離れに隔離されるように囲われていました。
ゴーシュウは、想定より美しい容姿のアーデルハイトを外に見せるのが惜しくなったのかもしれません。
姿絵だけは常に持ち歩き見せびらかしていたようですが、アーデルハイトはそんなことは知りませんでしたから、真偽は分かりませんでした。
(この屋敷での掃除や洗濯、帳簿の付け方は覚えましたし、絵の描き方、弦楽器の奏で方……色々と学びましたわね……。本も沢山読めるようになりましたもの……。貴族との話し方も少しは覚えましたし、化粧だって上手になりましたから、サンサーノはもう私が街で歩いていても気付いてくださらないかもしれませんわね……)
リーシュウやキーリシア、そして屋敷の使用人は随分と手厚くアーデルハイトの面倒を見てくれました。
「歩き方がなっていませんよ!」
「はい!」
「我が家の第三夫人ともあろうものが、そんな間違えをしてどうするのです!帳簿の数字がおかしくなっていてよ!」
「すみません……」
「今日は窓を拭く日でしたわよね?」
「あっ!はい!すぐにいたします!」
アーデルハイトは、何故か並みいる使用人かのように働かされていましたが、リーシュウからするときっとこれが教育だったのでしょう。
むしろ、10年もすると、アーデルハイトは段々と屋敷の仕事に慣れすぎたのか、料理にまで興味を覚えるようになりました。
やたら適応力が高い人間はいるものです。
「私、料理もしてみたいですわ!」
「アーデルハイト様には危ないでしょう」
「少しだけよ!ダメかしら?私も、そうやってトントンと切ってみたいのですもの」
「切るのは少し難しいですから、混ぜるところぐらいであれば……やってみますか?」
「はーい!」
それは大鍋のスープでしたが、案外力仕事でした。
(掃除に似てる気がしますわ……。モップを使う時のような重さ……)
そんなこんなで、何故かアーデルハイトは屋敷で使用人としても働くことができる、立派な第三夫人となっていきました。
この国では第三夫人に教育もせず、だだ他の夫人たちに危害を加えられないよう囲い込む男の方が多かったため、これは明らかに異常事態でした。
そんな時、アーデルハイトはふと思い出しました。
(そういえば……私、目も潰されていないですわね……!リーシュウ様はいいお母様なのかもしれませんわ!……それとも、子ができないからかしら……?私、妊娠しにくい体質だったのかもしれませんわね……)
それは、アーデルハイトが妊娠しないよう、リーシュウが毎日の飲み物に気を配っていたためでしたが、賢いリーシュウは意図的にその項目を教育していませんでした。
家を追い出されて生きていける第三夫人がいるはずもなかったからです。




