7.
「おいっ!おい!起きろ!」
「……?」
ある日の真夜中、急に離れにあるアーデルハイトの個室だけを狙って侵入してくる男がいるなんて、ゴーシュウは夢にも思わなかったでしょう。
ゴーシュウの敷地は広大で、門には警備の者もいましたし、離れにも使用人部屋がありました。
それに、ゴーシュウはどの屋敷にお気に入りの第三夫人を囲っているかなんて、誰にも話していませんでしたから。
「あなた……どなたですの?」
「だいぶ貴族みたいな感じに教育されたなあ。ハイジ」
「ん?あれ?マテオ?」
「おう!」
久々に会ったマテオは、リス族にしては随分と精悍な若者に育っていました。
「どうしましたの?こんな夜中に」
「ちょっと星空を見に行こうぜ!」
「ふふ、少しだけですわよ?」
「静かにだぞ?」
「勿論ですわ!私、歩き方はお淑やかにとリーシュウ様に教育されましたもの!」
「流石は金持ちの教育。ま、なんでもいいけどよ。ここからは口を開かないでくれよ?」
アーデルハイトはコクコクと頷きました。
マテオに手を引かれてそっと離れを出たアーデルハイトは、その満点の星空にほうっとため息をつきました。
今日は三日月で暗いおかげか、星がチカチカと瞬いている様子ですらハッキリと認識できます。
マテオに導かれた先は、林の中でした。
(そういえば、この屋敷に来てから林の中や草むらに入ったことはありませんでしたわね……。子どもに戻ったような気分になりますわ)
ですから、アーデルハイトがこう思ったのも当然のことだったでしょう。
(服が泥だらけになりそうですわ……!でも、後で洗えばよろしいですわよね!)
進んだ先にあったのは、随分と昔に見たことがある、この屋敷の塀でした。
(そういえば、ここに来てもう何年も外に出ていないですわね……。あの時は馬車からこの塀を見たのでしたわ)
「おい、ちょっと待ってろよ!」
マテオは振り向くと、ピューゥと口笛を吹きました。
すると、塀の上から木の梯子が降りてきたのです。
アーデルハイトが上を見ると、塀の上に誰かが立っていました。塀の上が家の屋根のようになっていたため、登りやすかったのかもしれません。
(どうやって登ったのかしら……?この梯子?)
アーデルハイトはそんな疑問を抱いている間に、マテオは梯子をガッシリと持ち、アーデルハイトの手で梯子を掴ませました。
「おい!気をつけろよ。ハイジはドジなんだからな!」
「だ、大丈夫ですわ!」
(ひぃぃぃ、怖いですわ……)
実際、登るのが怖かったアーデルハイトですが、久々に再開した幼馴染に格好悪いところを見せるわけにはいきません。
勇気を振り絞って梯子を登り、塀の上に辿り着くと、そこにいたのは蛇族の男でした。
「へー。やっぱ俺の目に狂いはなかったな。金持ちのじじいが囲い込むだけのことはある。おい、そこから気をつけて降りろよ」
「……?は、はい……」
アーデルハイトにはどこの誰か全く分かりませんでしたが、このまま塀の上にいるよりはマシです。アーデルハイトは少し震えながらゴーシュウの敷地とは反対側の林の中へ降りたのでした。
そして、その後すぐにマテオと蛇族の男が横に立ち、木の梯子を持って歩き始めました。
「上手くいったな」
「ああ、助かった」
「そんな別嬪さんなら、おまえじゃなくて俺が嫁にしてやってもいいんだぜ?」
「おいおい、どんな容姿になってようが恨みっこなしだって決めたじゃねえか」
「チェッ。執念深いおまえの勝ちだよ。どうせ俺だと子も作れねーしな。俺もゴーシュウみたいに、おまえの子でも嫁に貰ってやるよ」
「おまえになんかやるかよ!バーカ!」
「ここまで手伝ってやった仲間になんてこと言うんだ」
「ま、例を言うぜ。……おまえの手の鱗……悪かったな……」
「いいってことよ!おまえからはたんまり金を貰えたからな!幸せに暮らせよ!」
「ああ!」
(えっ?)
アーデルハイトは気付きました。
(マテオの……尻尾がありませんわ……)
リス族には絶対にあるふさふさでふわふわの尻尾が、マテオにはありません。
(小さい頃はあったのに……。事故?でしょうか?)
アーデルハイトはそう思いましたが、何故か気になりませんでした。
久々に会えた幼馴染との再会で、知らず知らずのうちに少し気分が高揚していたせいかもしれません。
それから5年後、深い森の中の小さい丸太小屋のような家の中で、若い貧乏なリス族の夫婦が暮らしていました。
「かか!見て見て!」
「まあ……!可愛らしいですわね!これはね、スミレというのですよ」
「すみれ!」
膨らんだお腹を優しく右手で撫でているリス族の女は、小さな幼子と和やかに紫色の花を見つめていました。
空は少し赤くなりつつあり、鴉が鳴いています。
(もう少しであの人も帰ってきますわね……。怪我をしていないといいですけれど……。今日の夕飯は何にしましょう)
尻尾のない木こりのマテオの身を案じながら、アーデルハイトは幼子の手を引きました。
2人に似た可愛らしい子が5人も産まれるなんて、アーデルハイトはまだ、その時は想像もしていなかったのです。




