3.
「いい話を持ってきたよ!」
「?」
母親が2枚の釣り書きをアーデルハイトの前に出したのは、前回結婚の話が出てから1ヶ月ほどしてからでした。
「1人はリス族だけどちょいと商売で成功してる63歳の人でね!もう子どもも皆家を出てったってことで、第三夫人を探してるらしいのさ!」
この国では、種族が多すぎることもあり、第四夫人まで許可されていました。同じ種族の者とでないと子を作れないのに、別の種族とも婚姻をする者が絶えなかったためです。
「第四夫人は男どもが花街で遊ぶ為に利用してるから埋まることはないだろうし、実質最後の嫁ってわけさ!悪い話じゃないだろ?」
アーデルハイトの母親は自分のことのように興奮していました。
(すごい人の最後のお嫁さん……かあ。それって幸せになれるのかな?)
アーデルハイトにはよく分かりませんでした。
ちなみに、第四夫人枠はその国では花街の店舗を利用する際の入場時に必要だった為、母親の言う通り、特定の人物で埋まることは殆どありません。
その国では婚姻相手以外との性的接触は違法だったため、入場時に婚姻届を書き、退出時に離婚届を書くのです。
国がどんなに性病の防止や、金銭を介する性的搾取を防止しようとしても、欲望が止められない者たちは法の隙間を掻い潜ります。
アーデルハイトは知りませんでしたが。
「2人目は蛇族の若いやつさ。ホルリッチ団の下っ端だし、子は作れないけど、夫が出世したらハイジはいくらでも金を使えるようになるからね!きっと幸せになれるだろう」
母親はホクホク顔で言いました。
(蛇族……。この間助けてくれた人も蛇族だったから、悪い人ではないのかも。でも、子どもは欲しいな……)
アーデルハイトはなんとなくそう思いました。
サンサーノが産まれたばかりの頃、家の中は本当に貧乏でした。でもアーデルハイトは毎日その可愛い成長ぶりを見ながら幸せな気持ちになっていたのです。
(サンサーノは今も可愛いけど)
アーデルハイトは思いました。
そのサンサーノといえば、最近ではちょっと反抗期なのか、テーブルの上に広げられた釣り書きには興味ないふりをしながらチラチラと視線だけを送っています。
(生意気だけど……。でもやっぱり、今も可愛いもの。そうすると、結婚は……やっぱりリス族の人とかなあ?)
「……この2人だけ?」
「ん?なんだいハイジ!私が苦労して見つけてきた候補に文句でもあるのかい!?」
「そういうわけじゃ……」
「こんな金持ちを見つけてこれる母親なんて、そうそういないよ!本当にあんたは親のありがたさを分かっちゃいない!感謝の気持ちが足りないねえ!」
「ごめんなさい……」
アーデルハイトは母親が不機嫌になるといつも反射的に謝っていました。こうすると、母親の機嫌は元に戻るのが早かったものですから。
「ま、3日後に返事することになってるから、それまでに考えといておくれよ」
アーデルハイトはその日の夜、サンサーノの隣で寝つこうとしましたが、なかなか眠れませんでした。
(お母さんはいないし、サンサーノは寝ちゃったし……。ちょっとだけ星空を見に行こうかな)
外に出たアーデルハイトは家の壁にもたれかかりながら、星空を見上げました。
(リス族と蛇族かあ……。蛇族の人は21歳だったな……。6歳も上かあ。でも、結構大人だし、それも悪くないかも……。リス族の人は最後のお嫁さん……他のお嫁さんがいい人だったらいいけど……分からないよね……)
一夫多妻を熱望する男は多くても、それによる妻同士の争いによる残虐な被害を考える者は何故かあまりいません。
彼らは自身の子を増やすことしか考えていませんから。
でも実際、一夫多妻となると女たちは夫の寵愛を争って様々な策略を巡らし、殺人や傷害、それに類似する様々な悪事を行い始めます。
自身の魅力のみで富を掠め取れないのであれば、そうするしかないと考えるからです。
「ハイジ!こんな夜中にどうしたんだよ!」
「ひぃぃぃ」
「おい!怖がるな!俺だよ俺!マテオ!」
そんな時声をかけてきたのが隣の家のマテオでした。
「あ。なんだ、マテオかあ……」
「なんだとはなんだよ!まあいいけどさ」
「……」
「どうしたんだよ。もう夜だぞ?」
「マテオこそ」
「お、俺はほら、あとはもう寝るだけだからさ!」
「ふーん……。ねえ、マテオはさ、いつ結婚するの?」
「け、結婚!?いつってそりゃ……金が貯まって家を建てられるようになったらじゃねーの?」
「ふーん……」
「おまえだって内職してるだろ?破れた服を修繕したりさ……」
「うん。でもそれは家に入れるお金じゃ……?」
「バカだなおまえ!全部家に入れてるやつがいるわけないだろ!こっそり貯めて家を出て、どこか住み込みにでもなって、結婚のためにまた金を貯めるんだよ!」
「え……。でもお母さんは、稼いだお金は全部家に入れるものだって……」
「女は結婚すれば家を出られるからな。男はこうやってこっそり準備するんだよ!じゃないとずっと家に金を取られっぱなしだぜ?」
「そっかあ……。みんな、なんかズルして生きてるんだね……」
「ズルって……ま、そりゃそうかもなあ。でもバカ正直に生きてたらそのまま死んじまうぞ!」
「悪いことをした方がいいの?」
「いや、そういうわけじゃねえけどさ……。そんなんじゃ、やばいやつと結婚させられたらどうやって逃げるんだよ!知恵もないまま奴隷にさせられるだけだ!」
「奴隷……?奴隷は嫌だなあ……」
その国では奴隷たちは過酷な労働を強いられていました。掘立て小屋に集団で住まされ、食事もろくに与えられず、肉体労働を強いられていたのです。
勿論、賃金などはありません。
むしろ働きが悪い場合は鞭打ちされることもありました。
「おまえももうすぐ結婚……だろ?」
「え!なんで知ってるの!?」
「女は15か16で嫁に出されるからな。そこで運が良ければ色々教えてもらって、次の結婚に繋げるんだ。だから相手が歳取ってる方がいいぞ。若いやつと結婚させられたら、何も教えてもらえないまま一生そいつの奴隷になるしかない」
マテオの焦茶色の目は真剣にアーデルハイトを見つめました。
「俺も13だから、そろそろ本格的に働かなきゃいけない。ハイジはバカだから、年寄りと結婚しとけ。リス族以外の方がいいけど……そうも言ってられないだろうからな……」
「なんでリス族以外がいいの?」
「そりゃおまえ、第二夫人や第三夫人になんてなって子どもまで作ったらどうなるか分かるだろ?」
「ええ……?どうなるの?」
「意地悪されるぐらいならまだいいよ。中には毒殺されたり、子どもを殺されたり、目をつぶされたりさ、世の中やばい事件はいくらでもあるだろ?」
「えぇ……」
(ひぃぃぃ、そんなの聞いてないよお……)
アーデルハイトの家は貧乏で、そんな知識が手に入る手段もありませんでしたから、世の中の恐ろしい事件もアーデルハイトは知りませんでした。
「とにかく年寄りにしとけよ!そしたら、たぶん他よりは酷いことをされたりしないさ。それに、もし将来俺がちゃんと家を持てたら……」
マテオはその先を言いませんでした。マテオの焦茶色の髪は風に揺れ、月明かりの下では稲の穂のようです。
「わ、分かった。じゃあ……もう寝るね、ありがとう」
「ああ!風邪引くなよ!」
「そんなの分かってる!もう子どもじゃないんだから!」
「……そうだな」
マテオは微かに笑ったようでした。
その後、家の中に戻ったアーデルハイトはすぐに眠りにつくことができました。なんだか気持ちがスッキリして、安心したからかもしれません。
結婚相手について、アーデルハイトの心は、もう完全に決まっていました。




