第8話 青春ごっこ
校門をくぐった瞬間、空気が変わった。
(……めんどくさい)
ため息混じりに、髪を耳へかける。
呼吸。
視線。
筋肉の強張り。
勝手に感覚が周囲の変化を拾う。
警戒。
緊張。
恐怖。
何十人もの感情が、一斉にこちらへ向いていた。
そのまま素通りし、門の内壁にもたれ掛かる。
――何、この距離感。
私、何かした?
昨日は卒業式だった。
普通なら二度と来ない日だ。
……もしかして、
卒業したのに戻って来たから?
(ああ、だからか)
それなら仕方ないか、と空を見上げる。
生憎の曇り空。
裏山の方から飛んできた鳥が、
学園の屋根へと降り立った。
「ごめんノクス、待った?」
――王子様登場。
(……五分前まで隣を歩いていたくせに)
わざわざ校門の手前で別れ、
ここで待つよう指示した張本人である。
にもかかわらず、
待たせちゃってごめんね、みたいな顔で手を上げている。
「……何したいの」
「青春ごっこ」
意味が分からない。
でも、なんだか楽しそうだから……いっか。
「……あれ、アルシオス王子?」
「なんでここに……」
「え、制服……」
周囲がざわつく。
気づけばアルシオスを中心に、
小さな人だかりができていた。
頬を染めながら髪を整える女子生徒。
慌てて襟元を直し、
背筋を伸ばす男子生徒。
(……なんか違う)
――王子って、こういう感じなんだ。
「おはよう」
「お、おはようございます!」
アルシオスが軽く手を振る。
それだけで、
あちこちから小さな悲鳴が上がった。
断末魔じゃない。
なんか、可愛らしいやつ。
(なんで)
分からない。
挨拶しただけなのに。
(……顔に何かついてる?)
確認しようと一歩踏み出した時だった。
たまたま一人の生徒と目が合う。
途端にその笑顔が消えた。
(え、なに)
それが合図だったみたいに、
今度は一斉に視線がこちらへ向く。
「……ねえ、あれ」
アルシオスを見る時とは違う。
怯えたような目。
一人じゃない。
何人も。
視線を逸らしても、
また別の誰かと目が合う。
(……消すか)
嫌な感情ごと、
昨日の記憶を。
微かに聞こえたひそひそ話からすると、
原因はどうやら卒業式らしい。
(……助けたの、私なのに)
なんでそんな顔をするんだろう。
胸の奥が少しだけ重い。
術式が勝手に頭の中へ浮かび上がる。
指先を動かしかけた、その時。
「ストップ」
するりと指が絡め取られた。
アルシオスだ。
どうやら、
何をしようとしたか気づかれたらしい。
「なんで止めるの」
うっとうしい。
そう返すと、
絡んだ指に少しだけ力が入る。
「みんな気になってるんだよ。ノクスが可愛いから」
思わず足を止めた。
「私が?」
「ノクスは英雄だしね」
アルシオスが笑う。
「緊張して話しかけられないだけだよ」
「……ふーん」
そういうものなんだ?
英雄。
その言葉が少しだけむず痒い。
――でも。
「みんなが気になってるのは、アルの方だと思う」
アルシオスが肩を竦めた。
「これでも一応、王子だしね」
「それもあるけど」
周りの子たちも、
そんなことを言っていた気がする。
「かっこいいからじゃない?」
「え……」
今度はアルシオスが止まった。
ぱち、と瞬きを繰り返す。
周囲も静かにざわつく。
「僕、かっこいいの?」
だって、
さっきからみんなそう言ってるし。
「……たぶん?」
ほら。
誰も否定しない。
むしろ当然だろうと言いたげな顔ばかりだ。
なのにアルシオスだけが固まっている。
「……ノクス」
名前を呼ばれ顔を上げる。
すると――
……アルシオスの頬が、
うっすら赤い。
(……え?)
心音加速。
体温上昇。
明らかに異常。
「アル? 具合悪いなら保健室に――」
熱でもあるのかと、
背伸びをし、額に指先を伸ばした瞬間――
「大丈夫。教室に行こう」
そのまま手首を掴まれる。
気づけば人だかりを抜けていた。
王子様にしては歩くのが速い。
いつもなら、
半歩後ろから合わせてくれるのに。
(……本当に具合悪いのかも)
教室まではまだ少し遠い。
早く座らせた方がいい。
(――なら、最短距離)
「アル、こっち」
今度は逆に、
私がアルシオスの手を引く。
向かった先は校舎脇の壁。
コンクリートへ手をかざした。
「ノクス?」
次の瞬間。
閃光とほぼ同時に、轟音が響く。
「なんだ今の!?」
「テロリストか!?」
「お、おい! あれ……!」
コンクリートの壁に大穴が空いていた。
さらにその先。
一直線上にある校舎にも、
綺麗な穴が開通している。
「近道」
一直線。
開通したばかりの、
最短ルート。
ぱらぱらと瓦礫が落ちる。
ノクスは満足げに頷いた。
アルシオスが目元を和らげる。
「すごい。よく見つけたね」
完全に幼児を褒める声だった。
しかも少し誇らしげ。
ノクスも心なしか、
少し胸を張っている。
(( いやいやいやいや!! ))
周囲の心が綺麗に一致した。
「……行こ」
アルシオスの手を引き、
兵器が前進する。
「「「 来るなーーー!!! 」」」
悲鳴が響いた。
けれどノクスは気にしない。
瓦礫を踏み越え、
開通したばかりの通路へ足を踏み入れる。
腰を抜かした生徒が、
呆然と見上げた。
(あれ……よく見ると可愛――)
「ごめん、踏んじゃった」
一瞬だけ王子の声が聞こえた。
けれど。
その目は笑っていなかった。
((( ……こっわ )))
校舎を一つ突っ切り、
目的の棟へ辿り着く。
「あ、あった」
教室のプレートを見つける。
アルシオスの様子も落ち着いた。
今度は隣同士、肩を並べて歩く。
(……なんか、楽しい)
手を引いて走るなんて、
いつぶりだろう。
少なくとも戦場ではない。
そんなことを思いながら歩いていると、
ふと気づく。
(……転移使った方が早かったかも)
まあ、いっか。
扉の向こうには新しいクラスメイトたち。
何十人分もの心音が聞こえる。
でもなんだか様子がおかしい。
(緊張してるのかな?)
鼓動が速い。
落ち着かない感じ。
――あれ?
その中に一つだけ。
やけに大きな身振り手振り。
落ち着きなく動き回る気配。
「……この感じ」
身に覚えがあった。
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