第4話 「――ノクス・リシェ。前へ」
軍服を纏い、胸には王族の勲章。
大好きなアルシオス・レダリウス第一王子。
――の、一番嫌いな姿。
光を弾く金髪。
冷えたサファイア色の瞳。
精悍な顔つきは、“王族”としての威厳を纏っている。
民衆、テロリスト、私。
それぞれの思惑を抱えたまま、誰もがモニターを見上げる。
――銃口は、今もこの国へ向けられたまま。
『地殻変動により被害を受けた貴国に対し、哀悼と見舞いを表する』
静かな声だった。
けれど、その一言だけで空気が張り詰める。
『……我が国にとっても、不測の事態であった。
対応の遅れについては、こちらにも非があったと認めよう』
そう言いながらも頭は下げない。
王は、民に頭を下げない。
まして、脅迫者になど。
『我が国はあの日、貴国へ魔術師を派遣していない』
ス、と目が細まる。
それだけで、会場の温度が下がった気がした。
『無論、攻撃命令も存在しない』
テロリストたちの顔色が変わる。
誰かが、唾を飲み込む音。
沈黙。
『それを踏まえた上で、本題に入る』
一瞬。
サファイアの瞳が、まっすぐこちらを射抜いた――気がした。
『“アンダー・リム”は、我が国の制御下にない』
場の空気が、ひと段階重くなる。
『既知の通り、“二つ名持ち”はアンノウンの意思にのみ従う。
――そこに、一国家の意思は介在しない』
切り捨てるような声。
どうやら、今回の答えはこれらしい。
神様に、テレパシーを送る。
……返事はない。
『これは世界の共通認識である』
誰も、反論しなかった。
(……そろそろ出番かな)
アルシオスの演説は続いていたが、
死にかけの少年を見下ろす。
脈が弱い。
血溜まりが靴先を濡らした。
「……さっきの話だけど」
静かにしゃがみ込み、
患部へ手を翳す。
細胞を活性化させ、裂けた肉を塞いでいく。
ゆっくり、筋繊維の一本まで丁寧に繋げていく。
神経が繋がる度、少年が呻いた。
「死者ゼロ、ってやつ」
少しずつ、指を丸める。
聞こえてるか分からないけど、一応。
「ただの命令だと思うよ、それ」
涙が滲む、呆気に取られたような顔。
患部は肉が塞がり、皮膚に皺が寄る。
あと少し。
この手を握れば、傷は消える。
私は、穏やかに告げた。
「だって、“アンダー・リム”は――兵器だもん」
けれど――
そのまま、パッと手のひらを開いた。
握り込んでいた治癒を解く。
途端、塞がりかけていた傷口が開いた。
絶叫したのを最後に、そのまま気を失う。
「優しいから見逃したわけじゃないんだよね」
意識はない。
聞こえているかも分からないけど――
静かに、理想を砕いてあげた。
「……兵器を庇った人間は、君で二人目」
さっきのことが少しだけ、……嬉しかった。
だから、本当のことを教えてあげた。
“アンダー・リム”は、善人じゃない。
彼が描いた夢物語は、ここで幕を閉じる。
ぎゅっと拳を握り、立ち上がる。
(……ふぁ、ねむ)
あくびを噛み殺した。
同時に、空気が軋んだ。
『選択肢は二つ』
アルシオスの声だけが、静かに響く。
モニターに視線を向けた。
『一つ。
貴君らを、我が軍が制圧する』
私は軍人じゃない。
つまり、出番なし。
(じゃあ、待つか)
ぼんやり、そう思った。
『二つ』
その瞳が、冷たく細められた。
『“アウター・リム”が応じれば、身柄を引き渡そう。ただし、いつになるかは分からない』
空気が、張り詰めた。
ちょうど、そのとき。
(……あ、神様)
テレパシー、受信。
一応この放送を見てるらしい。
『これは、特別案』
(あれ、まだあるの?)
二つじゃなかったっけ。
『卒業式の演出として、今回の出来事は余興で済ます』
ん?
なんでそこで卒業式?
『ノクス・リシェ――彼女に勝てば、今回の件は不問にしよう』
待って、どういう状況?
……私に勝てば?
え、それって――
(結局私がやる流れじゃん)
敵だけでなく、味方までパニック。
(……知ってたけどね)
会場がざわつく。
「今日卒業式ってことは、例のあいつだろ?」
「十年? 二十年? 留年してるやつ」
生徒たちは、互い顔を見合わせ、青ざめる。
「「「 無理に決まってんだろ!! 」」」
叫んだかと思うと、泣き出した。
野次のように言葉が飛び交い、なぜか私が悪者になっている。
「……正気か? 学生の命が掛かってるんだぞ」
そう、アルはね、たまにやばいの。
「罠かもしれん」
うん、しっかり罠。
「だが、うまくいけば“アンダー・リム”を誘き寄せられるかもしれない」
まあ、ここにいるけどね?
あちこち、ヒソヒソ、コソコソ。
――パンっ!
それを止めたのは、一発の空砲。
首謀者らしき男が、声を上げる。
「その話、本当だろうな」
『必要なら、誓書も書こう。勝敗は、そうだね……』
スクリーン越しに、目が合う。
あの笑い方は――
嫌な予感。
『誰かが悲鳴を挙げた時点で、僕の負けでどうかな』
「…………は?」
『もちろん、敵味方関係なく。その前に制圧できれば僕の勝ち』
静寂。
次の瞬間。
「「「 無理に決まってんだろ!!! 」」」
人質と犯人、声が揃った。
「――ノクス・リシェ。前へ」
空気が、止まる。
誰もが視線を彷徨わせ――
やがて、一点に集まった。
「……あの子?」
「嘘だろ」
「はーい」
視線が刺さる。
……って、こういう時に使うんだろうな。
武装集団の人に呼ばれ、スタジアムの中心へ。
「ふざけんな! 引っ込め!」
「死んだ……お経って詠唱破棄できるっけ」
人質って味方じゃないの?
なんか、敵はお前状態なんだけど?
すごい目で見られて、
すごい勢いで睨まれる。
「悪いことは言わない、今すぐ棄権しなさい」
なんなら、敵が味方状態。
「あ、大丈夫。私強いから」
軽く首を振る。
「それより、質問があります」
小さく息を吐く。
今度は、お行儀よく手を挙げた。
『何かな、ノクス』
名前を呼ばれただけで、つい嬉しくなる。
話すのは何日振りだろう。
モニター越しに、問いかける。
「救助と制圧、どちらを優先しますか」
静まり返る。
一応、優先順位はあった方がいいよね?
『両方』
「スタジアム、無くなるけど平気?」
『……じゃあ、時間かかる方から』
――狂ってる。
「了解」
その軽い声が、やけに大きく響いた。
胸元から、黒縁の眼鏡を取り出す。
下半分だけのフレーム。
それを見た瞬間、
何人かの顔色が変わった。
「おい、待て……」
「まさか――」
ノクスは数秒それを眺め、
「……んー」
そっと、しまった。
「今日はいらないか」
「――いらないのかよ!!」
誰かの悲鳴じみたツッコミが響く。
次の瞬間。
――空気が、沈んだ。
ノクスが、一歩前へ出る。
それだけで、
スタジアム全体が静まり返った。
誰も、呼吸をしていない。
違う。
できない。
「じゃあ――始めるね」
――その瞬間、スタジアムから“音”が消えた。
明日も18時10分に更新予定です!
感想、評価していただけると励みになります。
読んでくださり、本当にありがとうございます!




