ー【第3節】天然娘のペースに巻き込まれるチェックイン。宿帳とオプションの謎
第3節 天然娘のペースに巻き込まれるチェックイン。宿帳とオプションの謎
「改めまして、アルス様と……えっと、マリモ様ですね! ご宿泊ということでよろしいでしょうか?」
アピスは何事もなかったかのように宿帳を取り出した。切り替えが早い。
「ああ、頼む。しばらくゆっくりしたくてな」
「はいはーい! ではこちらの用紙にご記入をお願いしますね。あ、種族欄は『人間』と『海藻……あ、いえ、古龍』で大丈夫です!」
彼女は訂正したが、まだマリモを食材として見ている節がある。マリモが低い唸り声を上げているが、俺は無視して羽ペンを走らせた。
「お部屋はどうされますか? 『朝日が眩しい絶叫クリフサイド』か、『波音が子守唄(物理)な激流オーシャンフロント』が空いてますよ!」
「……ネーミングが不穏なんだが、普通に静かな部屋はないのか?」
「でしたら特別室、『静寂の深淵スイート』はいかがでしょう? 古代の結界で守られているので、外の音は一切聞こえません! あ、たまに幽霊が出るという噂もありますけど、元気な幽霊さんたちなので寂しくないですよ!」
「幽霊は勘弁してくれ……」
結局、一番無難そうな『中庭に面した木漏れ日の間』を選ぶことにした。
「承知しました! お食事はどうされますか? 当宿自慢の『限界海鮮フルコース』か、裏メニューの『深海魔獣の闇鍋(当たり付き)』がありますが」
「海鮮フルコースで頼む。絶対にだ」
「ちぇっ、闇鍋楽しいのに……。あ、オプションで『アピスの添い寝』つけますか? 今ならキャンペーン中で、枕元で子守唄を歌うサービス付きです!」
「いらん! ……いや待て、それはどんな歌だ?」
マリモが興味本位で尋ねると、アピスはすぅっと息を吸い込んだ。
「♪ねーんねー んー こーろーりー よー(超音波)」
キィィィィィィィン!
「ぐああっ!?」
「耳が! 耳がァァッ!」
俺とマリモは同時に耳を押さえて悶絶した。歌というより、それはもはや音響兵器だった。ガラスのコップなら粉砕していただろう。
「あ、あれ? 調子悪いかな……」
アピスは首を傾げている。
「頼むから歌うな。そして添い寝も結構だ」
俺は涙目になりながら断った。
「むぅ、残念。アルス様の寝顔、可愛いのになぁ」
「見たこともないだろ!」
ツッコミが追いつかない。この宿、そしてこの看板娘、ペースが独特すぎる。
だが、不思議と不快感はなかった。むしろ、王都での張り詰めた神経が、この馬鹿馬鹿しいやり取りの中で解れていくのを感じる。
「それでは、お部屋へご案内しますね! 荷物はお持ちします!」
アピスは華奢な見た目に反して、俺たちの巨大なバックパックを軽々と持ち上げた。
「力持ちだな……」
「えへへ、これでもこの海域で育ちましたから! たまにクジラと綱引きして遊んでるんです」
笑顔で語られる衝撃の事実に、俺は戦慄した。
この少女、ただの看板娘ではない。魔力の質も、身体能力も、底が見えない。
「マリモ、あまり彼女を怒らせないほうがいいかもしれん」
「……うむ。あの腕力、侮れん。食われる前に距離を取ろう」
マリモも野生の勘で危険を察知したようだ。俺たちはこっそりとアイコンタクトを取り、アピスの背中について歩き出した。




