ー【第3節】神威の残滓が漂う静寂の中、少女の姿に戻ったアピスが抱く恐怖と、それを一瞬で払拭するアルスの変わらぬ態度が生む、温かな安らぎの時間
第3節:神威の残滓が漂う静寂の中、少女の姿に戻ったアピスが抱く恐怖と、それを一瞬で払拭するアルスの変わらぬ態度が生む、温かな安らぎの時間
戦いが終わり、ヴォル・アピスの体が再び蒼い光に包まれる。
巨躯は縮み、黄金の角は光の粒子となって霧散し、威圧的な神気は穏やかな魔力へと還元されていく。
光が晴れると、そこにはいつもの、華奢で小さな少女が立っていた。
アピスは、肩で息をしながら、恐る恐る自分の手を見つめた。
そして、ゆっくりと、ぎこちない動きで振り返る。
その瞳は不安に揺れていた。
(見てしまった。あんな姿を……あんな、化け物みたいな力を……)
アルスは無言だった。
彼は開いた口が塞がらないといった様子で、アピスを凝視している。
やはり、ダメだったのか。
アピスの胸が締め付けられる。神の力を使えば、敵は倒せる。でも、その代償として孤独になる。それは彼女が数千年の時の中で繰り返してきた、呪いのような宿命だった。
涙が、アピスの瞳に滲む。
「……ごめん、なさい。怖かった、でしょ? 私、本当はあんな……」
言い訳をしようとした唇が、震えて言葉を結べない。
アルスが、ツカツカと歩み寄ってくる。
アピスは身を竦めた。罵倒されるかもしれない。あるいは、恐怖のあまり突き飛ばされるかもしれない。
アルスの手が伸びてくる。
アピスはギュッと目を閉じた。
ポン。
頭の上に、温かい感触が乗った。
恐る恐る目を開けると、そこには満面の笑みを浮かべたアルスの顔があった。彼の大きな手が、アピスの頭を乱暴に、しかし優しく撫で回している。
「すっげぇぇぇぇッ!! なんだよ今の! めちゃくちゃカッコよかったぞアピス!」
「……え?」
「あのハンマー! ドゴォォンって! 海がパッカーンって割れて! お前、あんなすごい魔法使えたのかよ! 牛の角みたいなのも生えてて、なんかこう、強そうだった!」
アルスの瞳に、恐怖の色は微塵もなかった。あるのは、純粋な驚嘆と、子供のような興奮だけ。
アピスは呆気にとられた。
数千年生きてきて、神の姿を見た人間に、こんな反応をされたことなど一度もなかった。
崇められるか、恐れられるか、排除しようとされるか。そのどれかだったのに。
「こ、怖く……ないの?」
「は? なんで? 味方が強いとか最高じゃん。それに、姿が変わってもアピスはアピスだろ? 俺を助けてくれたんだ。ありがとな」
ニカッと笑う少年。
その笑顔は、太陽よりも眩しく、アピスの心の深淵にあった冷たい孤独を溶かしていく。
力が抜けた。張り詰めていた緊張の糸が切れ、アピスはその場にへたり込んだ。
「う……うぅ……っ、アルスの、ばかぁ……」
「えっ、なんで泣くんだよ!?」
安堵の涙が止まらない少女と、オロオロと慌てる少年。
その光景は、先ほどの神話的な戦いが嘘のような、ありふれた日常の一コマだった。




