ー【第4節】友情の証として渡された蒼い宝石、それは無自覚な少年を海の支配者の代理人へと変える契約の楔であり、運命の歯車が大きく動き出す瞬間
第4節:友情の証として渡された蒼い宝石、それは無自覚な少年を海の支配者の代理人へと変える契約の楔であり、運命の歯車が大きく動き出す瞬間
ひとしきり泣いた後、アピスは目元を拭って立ち上がった。
彼女の表情からは、先ほどまでの迷いが消え、どこか吹っ切れたような明るさが宿っていた。
彼女は自分の首元にかかっていた、深い蒼色をした宝石のペンダントを外す。それはまるで深海をそのまま結晶化したかのように、見る角度によって色を変える不思議な石だった。
「アルス、手を出して」
「ん? こうか?」
アルスが差し出した手のひらに、アピスはペンダントを乗せた。
宝石がアルスの肌に触れた瞬間、微かな魔力の脈動が走り、淡い光が瞬いたが、アルスはそれに気づかない。
「これは?」
「あげる。私の……一番大事なもの」
アピスは少し頬を染めながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「助けてくれたお礼と……これからもよろしくねっていう、友達の証。大事にしてね?」
「おお、すげえ綺麗な石だな! いいのか? 高そうだけど」
「うん、お金には代えられない価値があるわ。絶対に無くさないでね」
「わかった! ありがとな、アピス!」
アルスは嬉しそうにペンダントを首にかけ、宝石を太陽にかざして眺めている。
その無邪気な横顔を見つめながら、アピスは心の中で小さく舌を出した。
(ごめんね、アルス。それ、ただのプレゼントじゃないの)
その「蒼い宝石」の名は『海王の楔』。
それを持つ者は、ヴォル・アピスの伴侶……もとい、唯一無二の契約者として認められ、海に住まうあらゆる魔物や精霊に対して命令権を持つ「海の支配者の代理人」となる。
つまり、この瞬間、アルスは本人の知らぬ間に、海の神の全権代理人という重すぎる役職に就任してしまったのだ。
ついでに言えば、この石を持っている限り、アピスの居場所は常にアルスに把握されるし、逆もまた然り。生涯離れられない呪いにも等しい拘束具でもあった。
(まあ、いいわよね。これくらいしても)
神である自分の正体を知ってもなお、変わらず接してくれた彼なのだ。
もう逃がさない。この先どんな運命が待っていようと、彼を私のものとして縛り付けておく権利くらいはあるはずだ。
これは契約。神と人との、そして少年と少女の、切っても切れない縁の始まり。
「さあ、行こうアルス! お腹すいちゃった!」
「お、そうだな! 霧も晴れたし、次の島で美味いもんでも食おうぜ!」
何も知らないアルスは、元気よく舵を取る。
その胸元で、蒼い宝石が妖しく、しかし美しく輝いていた。
新たな海淵の王の誕生を、静かに祝福するかのように。
完




