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【第6章】【第1節】迫りくる死の霧と少女の葛藤、そしてアルスの叫びが世界の理を書き換える――封印されし神の力を呼び覚ますための、たった一つの鍵

第6章:海淵の聖牛神、覚醒


第1節:迫りくる死の霧と少女の葛藤、そしてアルスの叫びが世界の理を書き換える――封印されし神の力を呼び覚ますための、たった一つの鍵


視界を覆い尽くすのは、粘着質な絶望だった。

海上の空気を重く湿らせる灰色の霧。それは単なる気象現象ではない。生物の生気を啜り、魂を腐食させる「死の霧」の化身であり、形を持たぬ捕食者だった。


「はぁ、はぁ……ッ! しつこいですね、この霧!」


甲板の上、アルスは剣を振るい、迫りくる霧の触手を薙ぎ払っていた。だが、手応えはない。斬っても斬っても、霧は瞬時に再生し、嘲笑うかのように再び彼らを取り囲む。

アルスの背後で、少女アピスは震えていた。彼女の小さな手は、純白のワンピースの裾を強く握りしめている。


「アルス、もういい……逃げて。私を置いて逃げてよ!」


悲痛な叫びが、波音にかき消されそうになる。

アピスは知っていた。この霧が狙っているのは、自分の中に眠る膨大な魔力だということを。そして、自分が真の力を解放すれば、この程度の敵など一瞬で消し去れることも。

だが、それはできない。

あんな姿を見せたら、あんな禍々しくも恐ろしい神の姿を見せてしまえば、アルスはきっと私を拒絶する。化け物を見る目で、私を見るに違いない。

それが、死ぬことよりも怖かった。


「逃げる? なんで俺が友達を置いて逃げなきゃいけないんだよ」


アルスは振り返らず、当然のことのように言った。彼の背中は少しも揺らいでいない。

目前まで迫った霧が、巨大な顎(あぎと)のような形状へと変化し、二人を丸呑みにしようと襲い掛かる。


「だって、私は……私はただの人間じゃない! あなたの知ってるアピスじゃないの! 本当の姿を見たら、きっとあなたは後悔する!」


「だから何だッ!!」


アルスの咆哮が、轟音を立てる海風を切り裂いた。

彼は剣を構え直すこともせず、ただ真っ直ぐに霧を見据え、そして背後のアピスへと言葉を投げかける。


「神様だろうが、化け物だろうが、そんなの関係ない! 俺が知ってるのは、一緒に飯を食って、一緒に笑ったアピスだけだ! お前が何者でも関係ない! 俺は、お前を守るって決めたんだよ!」


「――ッ!?」


その言葉は、アピスの心臓を貫いた。

恐怖でも、拒絶でもない。あまりにも無鉄砲で、あまりにも純粋な受容。

思考が真っ白に染まる。

彼が許したのだ。彼が望んだのだ。私が、私であることを。


(何者でも、関係ない……?)


アピスの瞳の中で、揺らめいていた不安の光が消え、代わりに底知れぬ蒼い炎が灯る。

胸の奥底で、堅く閉ざされていた扉が、軋み音を上げて開かれていく。

世界が、震えた。


「……そう。あなたがそう言うなら、見せてあげる。私の、本当の姿を」


アピスが一歩前に出る。

その瞬間、彼女の足元から海水が噴き上がり、重力を無視して天へと昇り始めた。

小さな少女の輪郭が、蒼光の中に溶けていく。

大気が悲鳴を上げ、海面が渦を巻き、世界そのものが彼女の覚醒にひれ伏すように振動した。


「海よ、道を開け。我は帰還せり」


幼い少女の声は消え、代わりに天地を揺るがす厳かな神の声が響き渡った。

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