【第4章】【第1節】夕暮れの焚き火を囲み、アピスが明かす孤独な運命。神殿から出られない少女
第4章 渚の問いかけ
第1節 夕暮れの焚き火を囲み、アピスが明かす孤独な運命。神殿から出られない少女
東方限界海域での数日間のバカンスは、瞬く間に過ぎ去っていった。
昼間はアピス・ブルーの海で泳ぎ、夜は満天の星空の下で語らう。
そんな夢のような時間も、終わりが近づいていた。
最後の夜。俺たちは浜辺で焚き火を囲んでいた。
パチパチと薪が爆ぜる音。揺らめく炎が、俺とマリモ、そしてアピスの顔を赤く照らしている。
マリモは相変わらず、串に刺した巨大な魚を頬張っていたが、アピスは珍しく静かだった。
彼女は膝を抱え、遠くの水平線をぼんやりと見つめている。その横顔には、昼間の無邪気な笑顔とは違う、どこか儚げな影が落ちていた。
「……アピス、どうした? 元気がないな」
俺が声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げ、小さく微笑んだ。
「あ、いえ……。明日にはアルス様たちが帰っちゃうんだなって思ったら、少し寂しくて」
「また来るさ。マリモも気に入ったみたいだしな」
「うむ! 魚は美味いし、サメとの鬼ごっこも悪くない。次はもっと速く泳いでやるわ!」
マリモの軽口に、アピスはふふっと笑った。だが、その瞳の奥には、拭いきれない寂しさが残っている。
「……ねえ、アルス様」
アピスがポツリと呟いた。
「外の世界って、本当に広くて、色んな人がいて、自由なんですね」
「ああ。王都はやかましいし、アッシュバーデンは薄暗いけどな。でも、どこへだって行ける」
「……いいなぁ。あたしも、行ってみたいです」
その言葉には、ただの憧れ以上の重みがあった。
俺は焚き火に薪をくべながら、以前から気になっていたことを尋ねた。
「アピスはずっと、この神殿に一人でいるのか?」
彼女は一瞬言葉に詰まり、そして寂しげに頷いた。
「はい。あたしは……この神殿から出られないんです」
「出られない? 結界か何かがあるのか?」
「うーん、そうですね。結界というか……『役目』みたいなものです」
アピスは自分の角に触れ、言葉を探すように続けた。
「この『潮騒の神殿』は、ただの遺跡じゃなくて……古代の封印を守るための場所なんです。そしてあたしは、その封印を管理するために作られた……存在なんです」
彼女の告白に、俺とマリモは顔を見合わせた。
天真爛漫な看板娘。その正体が、古代の封印を守る守護者のような存在だったとは。
「だから、あたしはずっとここから出られません。この海域の外に出ようとすると、身体が……消えちゃうんです」
アピスは悲しそうに笑った。
「サメさんやマンタさんと遊ぶのは楽しいけど、やっぱり……人間とお話するのは、特別に嬉しかったんです。アルス様の下水道のお話とか、ドワーフさんの頑固なお話とか……全部、あたしにとってはキラキラした冒険譚でした」
彼女の目から、一筋の雫がこぼれ落ちた。
俺は何も言えなかった。
ただの明るい看板娘だと思っていた彼女が抱えていた、あまりにも重く、孤独な運命。
この美しい楽園は、彼女にとっては永遠の檻でもあったのだ。




