ー【第4節】箱入り娘アピスの瞳が輝く。アルスが語る下水道とドワーフの物語、そして更けていく南の夜
第4節 箱入り娘アピスの瞳が輝く。アルスが語る下水道とドワーフの物語、そして更けていく南の夜
食後のデザート(発光する果実のシャーベット)を楽しみながら、会話は自然と俺の身の上話になった。
「へぇ~! アルス様って、錬金術師さんだったんですね! どうりで泳ぎ方が魔法みたいだと思いました!」
アピスが目をキラキラさせて身を乗り出す。
「ああ。今はフリーだけどな。以前は王都の宮廷にいたんだが、色々あって辞めたんだ」
「宮廷……王都……。あたし、この海域から出たことがないので、外の世界のお話、すごく興味あります!」
彼女はずっとこの限界海域で、宿を守りながら一人(と魔物たち)で暮らしてきたらしい。
俺はエールをちびちび飲みながら、故郷アッシュバーデンの話をした。
「俺の故郷は、王都の最下層にあるんだ。そこには巨大な『下水道』があってな。生活排水からポーションの廃液まで、あらゆるものが流れ込んでくる」
「げ、げすいどう? なんですかそれ! カッコいい名前!」
アピスが食いついた。反応する場所が独特だ。
「いや、カッコよくはないぞ。臭いし汚い。俺はそこで、汚泥を分解して肥料に変える錬金術の研究をしていたんだ」
「わぁっ! 錬金術さんを使って、汚いものを綺麗にするんですか? 魔法みたい! ……あ、魔法か。素敵ですねぇ、下水道!」
アピスはうっとりと手を組んだ。どうやら彼女の中で、下水道は「キラキラした魔法の地下迷宮」に変換されているらしい。
「あとは、アッシュバーデンの地下深くには『ドワーフ』の工房があってな。あいつらは頑固で、酒癖が悪くて、鉄を打つ音が朝まで鳴り止まないんだ」
「ドワーフさん! 本で読んだことあります! 髭がもじゃもじゃで、筋肉ムキムキの妖精さんですよね!?」
「妖精……まあ、間違ってはいないが、もっとむさ苦しいぞ。でも、彼らの作る道具は一級品だ。このナイフも、ドワーフの親方に頼んで打ってもらったんだ」
俺が腰のナイフを見せると、アピスは「はわわ……」と感嘆の声を漏らして見入った。
「外の世界には、そんなに面白いことがたくさんあるんですね……。いつか、あたしも行ってみたいなぁ」
彼女の瞳には、憧れと好奇心が満ち溢れていた。
この美しくも閉ざされた青い楽園で育った彼女にとって、俺が語る薄汚れた下水道や、煤けたドワーフの工房は、お伽話のように輝いて見えるのだろう。
「主よ、あまり変な知識を吹き込むな。この純粋培養な娘が下水道を見たら、ショックで寝込むぞ」
マリモが呆れたようにツッコミを入れる。
「ふふ、そうかもな。でも、いつか機会があったら案内するよ。アッシュバーデンも、今はだいぶ綺麗になったからな」
「本当ですか!? 約束ですよ、アルス様!」
アピスが小指を差し出してきた。俺は苦笑しながら、その小さな指に自分の指を絡ませた。
夜風が心地よく吹き抜ける。
波の音と、アピスの楽しげな笑い声。
王都を追われ、傷ついたと思っていた俺の心は、いつの間にかこの青い海と、不思議な少女との出会いによって、静かに満たされていた。
東方限界海域の夜は、優しく、そして賑やかに更けていった。




